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風花  作者:
31/112

第二十八話



「紡?どうしたの?さっきから私の顔ばかり見て。なにかついてる?」

「あ…いや…。なんでもない…」

「…?変な紡」



それは、真希と会話をした翌日の舞歌とのやり取りだった。



真希と話しをしてから、ずっと頭を離れない一つの可能性。


その可能性が信じられなくて、信じたくなくて、気がつけば舞歌の姿を探し、目で追っていた。



勘の鋭い彼女がそれに気づかないわけもなく。


朝から幾度となく、どうしたの、と聞かれ続けた。



不信に思わないわけはない。

もしかしたら舞歌は、俺がなにか知ったことを気づいているのかもしれない。


けど、それでも舞歌は深く聞いてくることはなく、同じやり取りを何度も何度も繰り返し。



なにも聞かれず、なにも聞かず、時間だけが過ぎ去っていき…



「紡。放課後だよ。帰らないの?」

「え…?」



舞歌に言われて、初めて気づいた。教室内を優しい茜色が包んでいることに。






第二十八話






「なにも予定がないなら、途中まで一緒に帰ろうよ」

「あ…その…」

「ごめんね、舞歌。草部は僕との先約があるんだよ」



舞歌の誘いにどう答えようか悩んでいた時だった。

一之瀬が会話に加わってきたのは。



「そうなの?紡?」

「あ…ああ」



はっきり言って一之瀬と約束した覚えなどない。と言うか今日は舞歌以外と話しをした覚えがない。


つまり一之瀬が言っている約束というのは口からのでまかせだ。


しかし、俺はそのでまかせに乗ることにした。


今は、舞歌と二人にはなりたくなかったから…



「ふーん…。そうなんだ」



俺の顔を見、一之瀬の顔を見る舞歌は、きっとこれが嘘だと気づいている。


そうでなければ、真意を探るような眼差しで俺達を見るはずがない。


けど…



「それじゃあしかたないね」



舞歌はなにも言わず、聞かなかった。いつものように。



「紡。智也くん。また明日ね」

「うん。また明日」

「ああ…。またな」



手を振り出ていく舞歌を俺達は見送る。


その姿が扉から消えた時点で、俺はやっと一息つくことができた。



「悪いな、一之瀬。助かった」

「気にしなくていいよ。草部に用事があるのは本当だから」

「…舞歌とのことか?」

「それ以外になにかあると思う?」



呆れ眼の一之瀬に、俺は苦笑いを浮かべながら、ないなと答える。



「なにがあったのか、って聞いたところで君は答えてくれないよね?」

「…悪いな」




話せる内容ではない。話したところで俺と同じように混乱するだけだから。



「別に構わないよ。それは舞歌と草部の問題だから。けど、クラスメートとして、いつまで二人が今のような関係を続けるのかは知りたいんだけど」

「…やっぱり、嫌か?」

「すごくね」



即答する一之瀬の言葉に口元が歪む。


それはそうだろう。ほぼ一日を過ごすことになる教室内。その一角から、常にぎすぎすした空気が流れてくることを誰が望むだろうか?



「…悪いな一之瀬。嫌な思いをさせて。これからはなるべく教室で過ごさないように――」

「そうじゃない!」



どん、と俺の机を両手で叩き、そう叫んだ一之瀬の行動に俺は目を丸くする。

普段から落ち着きのある彼が、激昂したことに驚いた。



「僕が、いや、“僕達”が言いたいことはそんなことじゃないんだ!」

「え…?」



“僕達”


その単語を聞いて初めて気がつく。

教室内に数多くの、いや、“舞歌を除いた全員”が、いまだに残っていたことに。



「みんな…なんで…?」

「残ってもらったんだよ。今日の草部となら、少し話しができると思って」

「…今日の、俺なら…?」

「自分でわかってないの!?昨日までとは全然違うじゃない!」

「違うって…。いまいち意味がわからないんだけど?」



いつの間にか一之瀬の隣に現れた、佐藤の要領の得ない言葉にそう返すと、佐藤は頭をかきむしった。



「あんたバカでしょ!?」

「…黙れチンチクリン」

「ぶっとばーすっ!!」

「あー!委員長落ち着いて!」



佐藤の言葉がカンに障ったのでその場でストレスを発散すると、案の定、いつか見た光景が繰り返された。



そういえばあの時からか。舞歌が俺のことを紡と呼び捨てにしだしたのは。



「離せ智也!こいつを一度殴らないと、私の気が収まらないわ!」

「落ち着いてよ委員長!今は話しをするのが先だよ!」

「うーーっ!」



そんなことを思い出しているうちに、向こうも落ち着いたみたいだ。

いまだに佐藤は唸っているが、再び殴りかかろうとしてこなかった。



「はぁ…まったく…」

「お疲れ。一之瀬」



ため息をついた一之瀬にねぎらいの言葉をかけると睨まれた。

案の定。



「草部。どうして君はそうやって委員長を怒らせるんだい?」



一之瀬はそこまでしか口にしなかったが、表情が、僕の身にもなってよ、と、ものがたっていた。



「いや、俺も、今はそんなつもりはなかった」

「じゃあなんで…」

「ただでさえストレスが溜まってるところに、なんの説明もなく馬鹿呼ばわりされて腹が立ったからだ」

「あー…」



怒りの表情から一転、一之瀬は複雑な表情を浮かべ、うなだれた。


自分の意見も主張したいが、俺の言い分も理解できる。そういうことなのだろう。



「その…」

「もういい。ストレスは一応発散したから。それで?今日の俺なら話しができる、ってどういう意味だ?」



言葉に詰まる一之瀬を促し、先を求める。

一之瀬の横からなにか言いたそうな視線を感じたが、黙殺した。



「あ、うん。今までの草部、わかりやすく言うなら、草部が舞歌を怒鳴ったあの日からの草部は、近づくな、話しかけるな、そんなオーラを出していたんだよ。それが今日はなかった。だから、話しをするなら今しかないって思ったんだ」

「…なるほどな」



一之瀬の言葉に苦笑いが浮かぶ。

意識はしていなかったけど、自覚はあったから。



「確かに…そうだったかもな…。わるかっ…」

「“かも”じゃなくてそうなのよ!本当どこまで馬鹿なのよ!」

「黙れミジンコ以下」

「みっ…!?」



人の謝罪を遮り、馬鹿呼ばわりした佐藤に再度苛立ちをぶつける。


予想もしていなかった侮辱の言葉に口をぱくぱくさせていた佐藤だが、次第に顔が真っ赤に染まる。



「ぶっころーすっ!!」

「草部ーっ!」



怒り狂う佐藤。


そんな佐藤を押さえ付けながら非難の視線を送ってくる一之瀬。


俺はその視線を受け流し、そっぽを向いて。



引き金を引いた俺が言うのもなんなんだか、どうやら話し合いにはもう少し時間がかかるらしい。



「しゃーーーっ!!」

「落ち着いて!委員長ーっ!」

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