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風花  作者:
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第二十七話

第二十七話




「認めたくないんでしょ?そうやって意固地になることこそが、あんたが過去に恋愛で傷を負ったことを証明してるの」

「…どういうことだ?」



彼女が俺の内心を言い当てたことには驚いたが、それにああだこうだ言うのは、もうやめた。


彼女は俺以上に俺のことを知っているみたいだったから。



「さっきから言ってる通り、本質的にはあんたは舞歌のことが好きなんだよ。あんたの行動がそれを物語ってる。けど、あんたはそれを認めようとしない。いろいろな理由をつけて、舞歌のことを好きじゃないって自分に言い聞かせてる」

「…なんで、そんなことが言えるんだ?」

「だって、もし自分をごまかしていないなら、あんたはとっくに舞歌が好きだと認めて告白してるはずだもの。あんたの今までの行動からするとね」

「………」

「話し、進めるわよ」

「…ああ」



促されるがままに俺は頷く。


彼女の言葉を否定することは簡単だった。彼女の言う通り“認めなければ”いいのだ。


けど、俺はそうしなかった。

そうせず、彼女の言葉に耳をかたむける。



…心当たりがあったからだ。

彼女の言葉の内容に。



「本心では好きでその感情に伴い行動しているのに、いざ好きかと聞かれると、わからない、恋愛感情は持ってない、そう答える。好きなのにそれを認めようとしない無意識での矛盾。なんでそんなことをするのだろう、って考えていくと自ずとたどり着くんだよ。もしかしたら紡は、過去に恋愛でなにかあったのかもしれない、って答えに」

「………」



俺自身が気づいていなかった、無意識で行っていた行動。

しかし言われてみると、いくつもの心当たりがあった。



俺は今日まで何度も自問自答を繰り返し、その度に、舞歌に恋愛感情を持っていない、舞歌のことは友達としか思っていない、そう繰り返してきた。


まるで自分自身に言い聞かせるかのように。



認めようとしなかった。


好きかもしれないけど、でも、と理由をつけて考えないようにしていた。



一緒にいると楽しい。手を繋ぐと嬉しい。



冷静に、客観的に考えれば、この感情の意味するところは一つしかない。



つまり俺は…



「ねえ、紡」



思考の海にさ迷いかけていた俺を真希が連れ戻す。



「あんたさ、過去に恋愛でなにかあったでしょ?」

「……ああ」



今度は素直に頷く。今更もう、隠しても意味がないと悟ったからだ。



「それで傷ついたんでしょ?人を遠ざけようと思うくらいに」

「……ああ」



彼女の言葉の続きを、俺は待つ。

きっと自分では、でも、と、また理由をつけて逃げてしまいそうだったから。



「傷ついて悲しくて、もう傷つきたくなくて、それで認めたくなかったんだよね。舞歌が好きだって」

「………ああ」



ストレート過ぎるその言葉。しかし、その言葉で俺は、やっと認められた。



俺は、いつからか、舞歌のことが好きだった。


確信はないのだけれど、きっとあの日、舞歌が俺のことを庇ってくれた日から、俺は舞歌に惹かれ始めていたんだと思う。


初めはただの興味本意。


けど、一緒にいる時間が増えれば増えるほど、それに比例して気持ちは大きくなっていった。



けど、傷つくのが怖くて、同じ思いをもうしたくなくて、なんだかんだと理由をつけてはそのことを認めないようにしてきた。


無意識のうちに、好きだという気持ちを押さえ込めて、隠して、今まで気づかないふりをしてきた。



そうして生まれた矛盾。


好きなのに、それを認めようとせず隠そうとする、無意識での矛盾。



思うにそれは、自己防衛の一種だったんだと思う。



今俺は、自分の気持ちに気づいた。だから、その無意識でも自己防衛も、もう必要がなくなる。



けど…



「…確かに、舞歌のことは好きだよ。それは認める。けど、だからって、付き合うことは考えられない」



舞歌のことは好きだ。一緒にいたいとも思う。


けど、やはり、これ以上踏み込むのはどうしてもためらってしまう。


あんな思い、二度としたくないから…



「舞歌のことを疑うわけじゃない。けど、信じきることも、できないんだ…」



無意識での自己防衛の必要はなくなる。

けど、そのかわり、意識しての自己防衛は、まだ、必要だった…



「…そっか」



そう頷く真希の目は、優しく、そして悲しそうだった。



「紡の気持ち、わからないわけじゃない。誰だって傷つくのは怖いから」

「…悪い」

「謝る必要なんかないよ。それは仕方のないことだと思う。けど」



そこで言葉を切り、真希は再び俺を見つめる。

あの、真剣な瞳で。



「今のあんたに、舞歌のことは言えない」

「っ…!ちょっと待て!」


とうてい納得できるものではなかった。

舞歌のことを話すことを条件に、俺は真希の質問に答えた。

それなのにこれでは、ルール違反もいいところだ。



「それは卑怯…」

「あんたのためなんだ」

「…どういう意味だ?」



彼女の、相変わらず人の言葉を遮る話し方と、その言葉の内容に、俺は少しだけ冷静になる。


思えば、彼女は約束事を曲げるような人間ではない。


そういう彼女の人となりは、今までの会話で充分過ぎるほどわかっていた。

そんな彼女が土壇場で意見を変えるなど、なにか理由があるはずだった。



「今のあんたに言っても、困るだけなんだよ。あんたが」

「…すまない。わかるように説明してくれ」



彼女の言葉は抽象的すぎて、理解できなかった。


しょうがない、そう言われるかと思っていたのだが、真希はあっさりと説明を口にしてくれた。



「私はあんたの心の傷を軽んじてた。舞歌のことを好きだって認めさせれば簡単に立ち直れる、そう思ってた」

「…だから、先に舞歌のことが好きだって認めさせたのか?」

「うん。認めさせるまでは私の思惑通りだった。けど、あんたの傷をあまくみてた」



あっさり頷く彼女。

誘導されていたことはあまり気分がいいものではないが、そのおかげで胸のつっかえが一つ取れたのだから、まあ、いいとしよう。



「舞歌のことを聞いたら、あんたは選ぶことになる。それでも舞歌のことが好きで、舞歌と共に生きるか、ことの重さに堪えられず、舞歌から離れるか。もしくは私や静歌さんのように、なにかをすることもできず、かといって離れることもできず、知りながらもただ見守ることしかできない、辛い日々を送るか。あんたはこの三択を選ぶことになる」

「………」



言葉を返せなかった。


意味が、理解できなかった。


なんでそんな極端な三択を選ばなくてはいけないのだろうか?


“それでも”舞歌のことが好きで?


ことの重さに堪えられない?


知りながらも見守ることしかできない辛い日々?


それはいったいどういう意味なのだろうか?


それではまるで…



「……っ!」



一つの可能性に至った時、彼女の言葉の意味がわかった気がした。


確かにそう考えれば彼女の言葉の意味はわかる。

けど、それこそ“認めたくなかった”



「真希…」

「紡。焦らなくていい。今その三択を迫られても、傷が癒えていないあんたに、本当に自分が望むものを選ぶことはできないでしょ?」

「………」



無言こそが答え。

真希もそれがわかったようで、続きを口にした。



「あんたが落ち着いて、きちんと自分の意志で選択できるようになった時、その時はきちんと全部話してあげるから。だから、もう少し考えてみて。まだ時間はあるんだから」



わかった、そう返事をするのが精一杯だった。



それ以来、俺達の間に会話はなく、時間だけが過ぎていく。



いろいろなことを考えさせられ、いろいろな情報を、中途半端に教えられ混乱する頭。


真希が言った言葉が、まだ時間はある、という言葉だけが、繰り返し、繰り返し流れていた……

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