第二十六話
第二十六話
鋭く息をのんだ俺は、自分の体温が急激に下がるのを感じた。
肌が粟立ち、喉から水分が逃げ出して行く。
なぜ?どうして?
そんな疑問が頭を埋め尽くす。
なんで彼女がそれを知っている?
どうして彼女はそれに気づいた?
彼女に向ける驚愕と疑問の視線。
それに気づいた彼女は、ゆっくりと口を開く。
「その反応ってことは、やっぱりそうなんだね」
「やっぱり、って…まさか…」
「誤解しないで。かまをかけたわけじゃないわ。想像通りだった、ってこと」
疑念の視線を向けた俺に、真希はそう返す。
確かに彼女は、かまをかけたり嘘をつくような人物ではない。
だけど…
「…じゃあ、なんでわかったんだ…?」
その疑問が残った。
真希にはもちろん、舞歌にすら言ったことがなかった、言うつもりもなかった、俺の傷痕。
それをなんで真希が…?
「そんなの簡単。さっきも言ったけど、あんたがしてる、無意識の矛盾の意味をよく考えれば誰だってわかるわよ」
「…どういう意味だ?」
「ねえ、紡」
再び俺の言葉を無視し、俺の名を呼ぶ。
どうやら彼女は、話しの効率性と自分の話しを優先するらしい。
彼女らしいと言ってしまえばそれまでだが、実に迷惑な話し方だ。
「…なに?」
質問や、話しのこしを折られていい気分のする人間はいないだろう。いるとしたら、よほどの聖人君子だ。
あいにく、俺は多々に分類される一般人。
だから彼女のこの話し方に多少ならずともムカついていた。
「あんたさ、舞歌のこと好き?」
「……は?」
そんな、苛立ちを隠さない俺の声に臆した様子もなく真希はそう聞き。
前触れのないその内容に、俺の苛立ちはあっさりと吹き飛んだ。
「だから、舞歌のこと好き?」
「…いきなりなんでそんなこと…」
「いいから答えて」
上から目線の口調に苛立ち、彼女を睨みつけるも、彼女は動じることなく俺の視線を受け止める。
しばしの睨み合い(睨んでいるのは俺だけだけど)ののち、先に折れたのは俺の方だった。
「…わからないんだよ」
彼女から視線を外し、ため息を一つこぼしながら、俺はゆっくりと口を開く。
「確かにさ、舞歌のことは友達としては好きだよ。でも、異性としてどうか、って聞かれてもわからないんだよ」
確かに一緒にいると楽しいし、手を繋ぐと嬉しい。
でも、だからといってそれイコール好き、と簡単に結び付けることはできない。結び付けて後悔もしたくない。
そうして冷静に考えてみると、やはりわからないんだ。好きか、どうか。
「…なるほどね。正直に答えてくれてありがとう」
黙って聞いていた真希は、目をつむり、ため息交じりの声を出す。
俺の答えが気に入らないのは明確だが、それは仕方なかった。
「わる…」
「けどね」
謝ろうと、そうしようとした俺の言葉を彼女は遮る。
そして、彼女の方に顔を向けた俺の目を見ながら、続きを口にする。
「それは嘘だよ」
「…は?」
彼女の発言に驚き、声をあげる。
しかし彼女は、それを気にした様子もなく続けた。
「あんたが舞歌のことを異性として見ていないなんてありえないのよ」
「ちょ、ちょっと待て!」
あまりに勝手な物言いに俺は制止をかける。
彼女は俺の言葉を聞いていなかったのだろうか?
「いきなりなにを言い出すんだよ!?俺は嘘なんか…」
「ついてるの。無意識に」
頭に血液が集まる。彼女のこの、意味不明な言葉と、人の言葉を遮る喋り方に、我慢ができなくなった。
「いい加減にしろよ!なにを根拠にそんな…」
「根拠ならいくらでもあるわ」
「え…?」
平然と俺の言葉を遮る彼女には再び怒りを覚えたが、しかし、それ以上に彼女の言葉が気になった。
「今の紡じゃ気がつかないだろうから、きちんと説明してあげると」
俺の怒りを上手く抑え自分の主張を続ける彼女には議論家としての才能がある、とそんなことをほうけた頭で考えていた。
「あんたさ、今日まで何人に、舞歌と付き合ってるのかを聞かれた?」
「それは…。けど、それは関係ないだろ?」
確かにそう聞かれた回数は二桁に及ぶ。しかし、それは彼等がそう見ているだけであって俺が舞歌のことを異性として見ていることには繋がらない。
そう主張した俺を、真希は鼻で笑い飛ばした。
「なに寝ぼけたこと言ってるのよ。一人や二人ならまだ勘違いだって言えるかもしれないけど、十人以上がそう言うってことは、十人以上の人があんたらをそういう関係にあるって思ったってこと。逆に言えば、そう思われる行動をしているってことよ。あんたら二人が」
「俺達、が…?」
彼女の言葉に俺は戸惑う。
以前一之瀬に、舞歌と一緒にいるときの俺の表情は優しいと言われたことがある。
しかし、俺は、舞歌と一緒にいることが楽しかったから素の自分で接していただけであって、特別異性として見ていたつもりはなかった。
「気づいてないんでしょ?」
戸惑い顔の俺に、真希は冷めた表情を浮かべる。
「私から見れば、あんたが舞歌を異性として見ているのは、好きな女として見ているのは、一目瞭然なのよ」
「好きな女って…決めつけるなよ。俺は…」
「ほら出た。その認めようとしないことこそが、無意識の矛盾」
「…なに?」
顔をしかめる俺。真希は、いい、と話しを続けた。
「さっきも言ったけど、たいていの人達は、あんたが舞歌のことを好きだと思っている。それは、舞歌もあんたも、そう思われても仕方ない行動をしているから。友達以上の行動をしているから」
「友達以上の行動って…。そんなの…」
「手を繋いだり、あんなに一緒にいないと思うよ。ただの友達なら」
「………」
黙るしかなかった。正論だから、なにも言い返せなかった。
「舞歌は、まあいい。あんたのことを好きと認めているんだから。じゃああんたは?紡は、どうなの?」
「俺は…」
「得に好きでもないけど、求められたから受け入れただけ?あんたは求められればキスもできる軽い男?」
「違う!俺は…」
「わかってるわよ。そんな軽い男、舞歌が好きになるわけないもの」
わかっているなら言わなければいいのに。
その突っ込みを、俺は飲み込む。
彼女は言葉ではふざけているが、目は真剣だったからだ。
「つまりあんたは、舞歌とそういうことをしたいからしている。その感情の意味、言わなくてもわかるわよね」
「………」
疑問形ではない、言い切った彼女の言葉に俺は頷くことも否定することもできなかった。
彼女の言葉の意味はわかる。
けど、それをどうしても認めたくない自分がいた。