第二十三話
「あ、紡!おっはよ」
「……ああ」
「むー。朝はきちんと挨拶しないと!」
「…おはよう」
「紡?どうしたの?なんか元気ないけど?」
「…なんでもない」
「なんでもない、って顔じゃないよ?顔色悪いし」
「…寝不足なんだ。わるいけどほっといてくれ」
「あ、うん…。わかった」
それが登校した時の会話だった。
いつものように朝から幼稚なやり取りを大声で交わすことも、舞歌の顔を見ることもなく、俺は静かに席につく。
そんないつもの俺らしくない反応に、舞歌はもちろん、クラスメート達からも怪訝な視線が集まるが、俺はそれを全て黙殺した。
俺は昨夜、一睡もすることができなかった。
頭の中を静歌さんの言葉と舞歌の顔がぐるぐると周り続け。
なんで?どうして?
そんな疑問から開放されることなく、気がついたら朝だった。
「…ねえ、紡」
「…ん?何?」
横からかかる舞歌の言葉に、俺はそちらに顔を向けずに返事をする。
「…昨日、お母さん何か言ったの?」
「………」
答えられるはずがなかった。
舞歌が俺のことを好きだと打ち明けられ、だから付き合わないと矛盾を告げられた。そう彼女に答えてどうなるというのだろうか?
舞歌は否定するだろうか、それとも黙り込むだろうか。
否定されても俺はそれを信じることができないだろうし、黙り込めば静歌さんが言ったことが正しいと証明されるが、ではなぜ?と疑問が深まるだけだ。
だから俺は答えない。肯定しない。
「…何も言われてないよ」
そう嘘をついた。
「…じゃあ、なんでさっきから目を合わせてくれないの?何もないならなんでそんな態度をとるの?」
「…眠いんだよ。寝不足だって言っただろ」
「紡…!」
「うるさいな!なんでもないって言ってるだろ!?」
寝不足と出ない答えへの苛立ちから、俺は舞歌に怒鳴った。
しん、とする教室内。
誰もがこちらを見ながら、物音一つさせず。
舞歌を睨み付ける俺。
舞歌は、悲しみと諦めと怒りが入り交じった、そんな複雑な表情を浮かべていた。
第二十三話
今日、俺達のクラスにいつもの喧騒はなかった。
だけど静まりかえっている訳ではない。
ところどころから囁き合う声がしている。俺達の方に視線を向けながら。
そう。原因は俺達、というより俺にあった。
朝のあのやり取り以降も、俺は話しかけてくる舞歌に険悪な態度をとり続けていたんだ。
怒鳴ることはなかったけど、会話は素っ気なく、顔を見なかった。
そんないつもとは全く違う俺の態度をクラスメートが気にならないはずがない。
けど、近寄るな、と拒絶のオーラを出している俺に、直接問いかける猛者はいなかった。かといって舞歌に聞けるわけもなく。
結局彼等は、こちらを伺いながら様々な憶測を並べる行為を選んだんだ。
懸命に“いつも通り”を装い話しかけてくる舞歌。
“いつも通り”を演じることなく素っ気ない態度を取る俺。
そんな俺達を遠巻きに眺め憶測を語るクラスメート。
俺達全員で作り上げた、いびつながらも整った世界。
この世界は今日一日だけではなく、翌週になっても続くことになる。
・・・・・・・・・・・・
「紡。お昼ご飯一緒に…」
「悪い。俺一人で食べるから」
「えーまたー!?ノリが悪いよ!紡!」
「悪いな。じゃあ」
「あ、ちょっと!紡!」
背中にかかる声を無視し、俺は教室を後にする。
この一週間、俺は舞歌と食事を共にすることはなかった。
そもそも俺は、舞歌と共に行動することを拒み続けていた。
朝も。授業間の休み時間も。昼休みも。放課後も。
話しかけてくる舞歌を適当にあしらい、一人でいることを望んでいた。
それは、この学校に転校してきた当時に俺がしようとしていた態度そのものだった。
舞歌がいなければ、俺はあの時、今のような行動をしていたことだろう。
舞歌がいたからそうならなかった。けど、舞歌のことが原因でこうなっている。
これはもう、ある種の皮肉でしかなかった。
舞歌は、もしかしたら、俺がなぜこういう態度をとっているのか、わかっているのかもしれない。
それだけの洞察力を彼女は持っているのだから。
けど、もしそうだとしたなら、わかりながらも、今まで通り話しかけてくるのだとしたら、俺はやはり彼女のことがわからなかった。
知っているのなら、俺のことをほっておけばいいのだ。
今俺に構うのは逆効果でしかないし、俺と接しようとすればするほど、傷つくことになるのだから。
俺は、舞歌を傷つけたいわけじゃない。
けど、今の俺は舞歌を傷つけることしかできない。
変わらない笑顔を俺に向けてくる舞歌。
その笑顔を壊したくなかったはずなのに、今俺は、それを自ら壊してしまっている。
「…何をやっているんだろうな。俺は」
自然と浮かぶ、自分自身に対しての嘲笑。
出ない答えと、それ故に生じる矛盾を抱えたまま、俺は今日も屋上の扉を開く。
今は十二月。この寒空の下、好んで屋外で食事をするような生徒はいない。
実際、この一週間俺以外に人影はなかった。
だから俺はここに来ていた。
一人になりたかったから。
だけど…
「あら。紡じゃない」
…どこの世界にも、変わり者は必ずいるんだ。