第二十一話
「それじゃあ紡。また明日ね」
「ん?ああ…」
夜十時過ぎ。騒がしくも楽しかった夕食を終え、舞歌や静歌さんとの雑談で時間は瞬く間に過ぎた。
時計を見た静歌さんが、遅いから車で送っていくと、ありがたい申し出。ここから一時間以上も歩くのが嫌だった為、俺はその好意に甘えることにした。
そうやって静歌さんは車を用意してくれ、舞歌に家の前でそう見送られ。そこで俺は些細な違和感を感じた。
「なあ、舞歌」
「ん?なあに?」
「俺の自惚れかもしれないんだけどさ、舞歌なら一緒に行く、って言うと思ったんだけど?」
「あー、うん。本当は私もそうしたいんだけどさ」
苦笑いをしながらの言葉をそこで止めた舞歌は、俺の肩に手を置き呟いた。
「紡もすぐに理由わかるから。頑張って」
その言葉に、歩いて帰ればよかったと思ったのは、言うまでもない。
第二十一話
「ちょっ、あのっ!静歌さんっ!」
「ん?どうしたの?」
「どうしたもなにも!飛ばしすぎで、っ!?」
「あー。今しゃべると舌噛むよー」
舗装されていない山道を凄いスピードで走り抜ける青いスポーツカー。
カーブは全てドリフト走行をし、スピードを殺すことなく駆け抜けるその様は、まるで映画やゲームの中のワンシーンのようだった。
見ている分には興奮を覚えるであろうその走り。
しかし、助手席に座っている身分としては、生きた心地がしなかった。
「ちょ、静歌さん!そんなに急いでないから、もっとゆっくり…」
「大丈夫。この道走り慣れてるから」
「そういう問題じゃーーっ!?」
急激に加わるG。急速に変わったベクトルに、身体がシートにうまり、声にならない悲鳴をあげる。
目まぐるしく流れていった景色がもとの直線のそれに戻った時点で、今自分の乗っている車がヘアピンカーブをドリフトで曲がったことを理解した。
「ね?慣れてるでしょ?」
「あんたはあほかーーっ!!」
自慢げにハンドルを握る静歌さんに、俺は舞歌にいれるのと同様の突っ込みを入れるのであった。
・・・・・・・・・・・・
「ぶー。いいじゃないドリフトくらい」
「いいわけないでしょ。そういうのは一人の時にしてください」
「ぶー」
隣で膨れっ面をしている彼女を見てあらためて思う。この人は間違いなく舞歌の母親だと。
「…だいたい、なんでドリフトなんてできるんですか?こう言ったら失礼ですけど、運転は苦手そうに見えるんですけど」
彼女のそんな姿を眺め、自然ともれたため息をこぼし、俺は気になっていたことを彼女に尋ねた。
静歌さんと接しているうちに、彼女の印象は変わった。名前と見た目通り、静かでおっとりした人かと思ったが、実際はおちゃめで楽しい人だった。
しかし、それでも彼女がこんなに運転が上手い人(安全運転ではないけれど)には見えなかった。どちらかと言うと、バックや縦列駐車が苦手で、何度もやり直すようなタイプに見える。
「あー、うん。よく言われる」
苦笑いを浮かべ、静歌さんは言った。
「イメージに合わないって。でも、私はF1とかをよく見るくらい、車を見るのも運転するのも大好きなんだよ」
「…マジすか?」
驚く俺を見て、静歌さんはけらけらと笑う。
「やっぱり驚くよね。みんな同じ反応するよ」
「あ…いや…」
「いいのいいの。イメージと違うのは自覚してるから。それでね、こう、テレビとか見てるとね、ドリフトするシーンとかが出てくるのよ。それ見て、いいなぁ、やりたいな、って思ったのがきっかけかな。あとは同じ趣味の走り屋さんの人にやり方聞いて、たくさん練習して、今にいたるって感じ」
「…そうすか」
なんで知り合いに走り屋がいるのか、とか、どこでどうやって練習したのか、とか。そもそもそこまでしてなんでやりたいのか、とか、いろいろ気になったところがあったのだけど、もう流すことにした。
「うん。もうかれこれ十年以上この道走ってるんだ。だから、慣れてるから安心して…」
「ドリフトは禁止です」
「ぶー」
そうふて腐れる彼女の姿はとてもかわいらしくて。
とてもじゃないけれど、俺より年上の子供がいる女性には見えなかった。
どちらかといえば、最初彼女が言った通り、舞歌の姉のようにに見える。
舞歌も年月を重ねれば彼女のようになるのだろうか?
…きっとなるのだろう。この親子はこんなにも似ているのだから。
舞歌の未来の姿を想像してみる。
自然と頬が緩むのがわかった。
「どうしたの、紡君?顔、にやけてるけど?」
「あ、いえ。舞歌と静歌さんは似てるなって思って」
それに目ざとく気付いた静歌さんに、俺は表情を戻す事なく答える。
「あら、どうして?」
「だって、さっきの静歌さんの表情。あれ、絶対舞歌もしますもん」
「…そう?」
「ええ。それ以外にも似てるところたくさんありますよ。顔や雰囲気はもちろん、ちょっとした仕草まで。静歌さんを見てると、将来の舞歌が想像できますよ」
「………」
「きっと静歌さんそっくりになりますよ。ただ、静歌さんの方が落ち着いて…」
「…ねえ。紡君」
「ん、はい?」
一度口にしたら更に楽しくなって。テンションが上がった俺はめずらしく饒舌で。
そんな俺の言葉を止めた静歌さんの呼びかけ。
…この時の俺は気付いていなかった。静歌さんの顔から、笑顔が消えていることに…
「紡君さ…。舞歌のこと…好き?」