第十八話
十一月半ば。実りの秋はそのバトンを次の季節へと渡たした。
目を楽しませ続けていた紅葉も散り、見渡す山々はとても淋しい表情を浮かべ。太陽と会っていられる時間も短くなり始めている。
冬が、訪れ始めていた。
冬。都会でも寒かったものが、こちらだと余計に寒くなるのだろう。雪国ではないが雪も降るのかもしれない。
そうなったら、寒いのがわかっていても俺は寒いと口にしてしまうのだろう。
わかっていても、口にしてしまうこと。
そういうことは多々あるものだ。
夏になれば、暑いとわかっていても暑いと言ってしまうし、面倒事を押し付けられれば、面倒臭いとわかっていても面倒臭いと言ってしまう。
そして――
「と言う訳で、紡は今日は私の家で晩御飯を食べることになったから」
「お前は朝から何訳のわからない事を言い出しやがる」
――彼女の言動が訳がわからないと知っていても、俺は訳がわからないと言ってしまうのだ。
第十八話
あれから、やはり俺達の関係は変わらなかった。
いつも通りに騒ぎ、いつも通りに笑い。
白々しいながらも、それなりに楽しい毎日を送っていた。
そんな中迎えた金曜日。いつもより少し遅い時間に学校に着き、自分の席につくなり舞歌にそう言われた。そう。なんの前触れも前会話もなく、いきなり『と言う訳』を第一声に。
「訳わからない、ってそこまで私複雑なこと言った?」
「いや。内容は至極簡潔にまとまってた」
「じゃあ…」
「俺がわからないのは、お前のそのおめでたい頭の中だ」
「…紡、ひどいっす…」
俺の毒舌に、体育座りで泣きまねを始める舞歌。
そんな彼女の姿に、今度は何事かと目を輝かせるクラスメート達。
ため息がこぼれた。
「あのな舞歌。俺は昨日寝付きが悪くて寝不足なんだ。だから今日はいつもの突っ込みはできないぞ」
「あ、そうなんだ」
俺の言葉にあっさりと泣きまねをやめる彼女の姿に、再度ため息がこぼれたのは言うまでもない。
「…で?どういう理由でそうなった?」
立ち上がり俺の横にくる舞歌。しかし彼女はいっこうに話しを始める気配がなかったため、しかたなく、痛む頭を押さえながら俺は促した。
「うん。紡に会いたいんだって」
「…誰が?」
「お母さんが」
「……は?」
・・・・・・・・・・・・
「なんかね、昨日急に言い出したんだよ」
舞歌のお気に入りの屋上の、あのベンチに座り昼食をとりながら、俺は朝の続きを聞く。
――あのあと、すぐに担任が教室に姿を表し、追求することが出来なかった。
その後もなにかと邪魔が入り、今に至までうやむやになっていたんだ。
「紡に会いたいから、明日連れていらっしゃい、って」
「それは…ずいぶん急だな」
「うん。私もびっくりした」
そう言いながら、口にエビフライを運ぶ。美味しかったのか、顔をほころばせる舞歌からは、びっくりしたような感じは見てとれなかった。
「多分ね、私がいつも紡のことお母さんに話してるから、会いたくなったんじゃないかな?」
「会いたいって…。それなら別に夕食を食べなくても…」
「いいじゃない。どうせたいしたもの食べてないんでしょ?」
「ほっとけ」
舞歌の言ったことは事実だったが、それを素直に認めたくはなかった。
「アハハ。ごめんごめん。あとね、もう一つ理由をあげると、多分お母さん寂しいんじゃないかな?」
「寂しい?」
「うん。いつも私と二人だから。きっと賑やかな食卓に憧れてるんだよ」
「………」
聞けなかった。彼女の言葉を要約すると、舞歌の家庭には父親がいないということになる。
単身赴任、という可能性もあるのだが、舞歌が見せた一瞬の悲しみが、それを否定する。
彼女は吹っ切れているのかもしれないけど、聞けなかった。
「…一応、予定はないけど、行かなきゃ駄目なのか?」
別に、舞歌の家に行くのが嫌な訳ではない。むしろ、誘われて嬉しいとさえ思っている。
しかし、素直に頷くことはできなかった。
最近の俺の頭の中には、ある疑問が同道巡りになっている。
それが、舞歌との関係を変えたいのか、ということ。
あの日、初めて屋上に訪れ舞歌の過去の断片を知ったあの日。
あの日は、まだそんな考えはなかったんだ。ただ、舞歌との関係が壊れるのが怖かっただけ。
しかし最近、それが微妙に変わり始めている、ような気がする。
あくまで“気がする”レベルのことなのだが、俺はもしかしたら、舞歌との今の関係を変えたいのかもしれない。
具体的にいうなら、舞歌とより近い関係になりたいと思っているのかもしれないのだ。俺は。
誤解されてはこまるのだが、やましい下心があるわけではない。
そうではなくて、俺は知りたくなり始めているんだ。舞歌の過去を。
なぜそう思うのかわからないし、本当に知りたいのかもわからない。
けど、気になるんだ。
これがどういう感情からきているのかが、いまいち自分ではわからない。ただの好奇心からかもしれないし、もしかしたら、ということもある。
自覚症状がないだけに出せない答え。そして回る疑問。
そんな不確かな感情を持ったまま、もしかしたら新たな楔を、新たな進展を迎えるかもしれない、場所へ行くのは気が引けたんだ。
だから俺は頷けなかった。
しかし――
「ダメ。これは強制イベントだって、昨日の時点で決めたから。私とお母さんで」
「…決めるなよ、頼むから」
もれた呟きとため息は舞歌に届いたはずなのに、彼女はあっさりと受け流し。
彼女からは逃げられないと知っている俺は、諦めと頭痛を抱えながら、一気にコーヒーを飲み干した。
食後に飲むコーヒーは、いつもとは違い、苦かった。