第十七話(後半)
教室を出て、一階の職員室の横にあるこの学校唯一、しかも紙パックのものしか販売してない時代に取り残された自販機へ走る。
走りながら、俺は一之瀬との会話を思い返していた。
人と必要以上に関わらないようになったこと。
休学中に変わった性格のこと。
これらが何を意味するのか、今の俺にはまだわからない。もちろん、舞歌も語らないだろう。
新たに打ち込まれた楔。しかし、まだ俺達の関係は変わらないだろう。
今回のことも、俺は舞歌に聞くことができず、舞歌も俺に語ることはないだろうから。
俺達の関係は変わらない。
まだ、今は……
・・・・・・・・・・・・
「おー。速い速い」
教室を脱兎の如く飛び出していった紡の姿に、舞歌は楽しそうな笑顔を浮かべる。いや、楽しそう、ではなく、実際に楽しんでいるのだろう。
「…あのさ、舞歌。どこから…」
「智也君」
少し青ざめた一之瀬の言葉を遮り、舞歌は彼の名前を呼ぶ。
そして視線を――紡が何度か目撃した、あの大人びいた視線を一之瀬に向けた。
「あんまりさ、人のことをあれこれ言うのは感心しないな」
「―っ!?」
一之瀬は戦慄を覚えた。
それはそうだろう。確かに彼は紡に話す前に周りを見渡した。そして近くにクラスメートが、もちろん舞歌がいないことを確認した。そして話している最中も周りには気を配っていたのだ。
いくら不意をつかれたとはいえ、少なくとも直前までは舞歌はいなかった。
なのに、彼女は一之瀬が紡に自分のことを話したことを知っていたのだ。
全身に鳥肌がたち、立ちすくむ一之瀬を一瞥したのち、舞歌は上を仰ぎ見る。
「……そろそろ、潮時、かな…」
それはこの場にいない紡へ向けた言葉か、それともただの独白か。
悲しさの入り交じった笑顔で呟いた言葉に、返事を返す者はいなかった。