第十五話
第十五話
「どうしたの?舞歌がここに来るなんてめずらしいじゃない?」
肩より少し下までのびた茶髪にウェーブをかけて、強気そうな印象を与える顔立ちの女の子。舞歌に真希と呼ばれた彼女が、親しそうに舞歌に話し掛ける。
「うん。今日は天気も良かったから、紡と一緒にここで食べようと思ったんだ」
対する舞歌も嬉しそうに答えて。その行為だけで、二人がただの顔見知りではないことが伺えた。
「紡?ああ、あんたが噂の」
視線を俺に移し、納得したように頷く彼女。彼女の言葉に苦笑いを浮かべながら挨拶を口に――
「東京から来た手の早い転校生」
「なんだその不名誉な称号は!?」
――する前に突っ込みをいれていた。
彼女が口にした“噂”は、“舞歌と俺が付き合ってる”というたぐいのものだと俺は思っていた。だから彼女の口から出た言葉に思わず突っ込みをいれてしまったのだ。
「知らないの?有名よ?あんたのこの噂」
「……マジか?」
彼女は頷き、その内容を口にする。
「いわく。東京から来た転校生は、転校初日に舞歌に目を付け、その口の上手さであっさりと仲良くなった。いわく。東京から来た転校生は、転校初日に舞歌とキスをした。いわく。東京から来た転校生は、舞歌の弱みを握り自分の味方をさせている。いわく…」
「もう結構です…」
「そう?まだ半分も言ってないけど?」
「………」
彼女の言葉、というよりその内容に頭痛を覚えた。
噂というのはたいてい尾ビレが付くものではあるが、こうも都合よくねじ曲げられるものなのだろうか?
「ま、いくら口が上手かろうと、それが舞歌に通じるわけないから私は信じてないけどね。舞歌、こう見えて人気あるから。おおかた、嫉妬した男子が流したものでしょうね」
「…なるほど」
その理由には納得ができた。
確かに舞歌の容姿と性格なら、好意を抱く男子がいたとしても、なんら不自然ではない。
大変不名誉で間違いなのだが、彼等からしたら、俺は噂通り手の早い男でしかないのだろう。
「さて、紹介が遅れたわね。三年の“小林真希”よ。一応舞歌の親友やってるわ。よろしくね」
「あ、草部紡…です」
気さくに話しかけてくる小林さんに、俺は今更ながらの敬語でこたえた。
この学校には学年にクラスが一つしかない。つまり、知らない生徒は下級生か上級生になる。
途中までは下級生の可能性もあったため敬語を使ってはいなかったが、上級生だとはっきりしたので、改めて敬語を使ったんだ。
「別に今更敬語なんか使わなくていいわよ。舞歌にはタメ語で話してるんでしょ?」
「そうですけど…どういう意味ですか?舞歌にタメ語で話すのが、あなたにどう繋がるんですか?」
彼女の言葉に違和感を覚え聞き返す。そうすると、逆に彼女が怪訝そうな表情を浮かべ、舞歌に顔を向けた。
「…どういうこと?あんた…言ってないの?」
「……アハハ…」
彼女の問いに、舞歌は苦笑いを浮かべて。それに対し小林さんも複雑な表情を浮かべる。
そんな二人のやり取りが気になって、俺は口をはさんだ。
「どういう意味ですか?言ってないって、何を?」
「………」
俺の問いに、二人は同じように口を閉ざす。
急に、不安が襲った。具体的に、何が、というわけではない。
ただ、舞歌が俺に何かを、しかも重要なことを隠しているかもしれないという可能性に、急に怖くなった。
「なあ!いったい何を言ってないんだよ!?」
そんな不安からか、自然と声が荒くなる。
らしくなく、俯く舞歌。そんな舞歌を見詰める小林さん。そして、そんな二人の態度にいらつく俺。
いらついて。焦燥感にかられて。
俺は再び声をあげた。
「なあ!こたえろよ!」
「…あんたは聞く資格があるの?」
「…何?」
舞歌を見詰めていた小林さんが、舞歌から視線を外し、俺に鋭い眼差しを向ける。
「誰しも、人には言えないことをその胸に秘めているものよ。隠し事をしていないなんて言うのは、ただの偽善者」
「それは…」
「舞歌の心の奥底を見れるくらい、あんたは舞歌に全てをさらけ出しているの?」
「………」
こたえることができなかった。
彼女の言っていることに、微塵の間違いもなかったから。
俺は、舞歌に、俺の全てを見せたつもりはない。
そして、今は…見せるつもりもない。
全てを見せていないのに、見せるつもりもないのに、相手の隠し事だけを知りたいなんて虫が良すぎる。
だから俺はこたえられない。それ以上聞くことができない。
「なんで聞きたいのかは、私にはわからないし、あまり興味もない。それはあんたと舞歌との問題だからね。だけど、自分のことを棚にあげて声を荒げるあんたの今の行為は、ムカつくよ」
「…すまなかった」
「ん。いいよ」
「……は?」
彼女の指摘に素直に頭を下げる。しかし、直後に頭の上から聞こえた言葉に、俺は疑問符を浮かべながら、ゆっくりと顔を上げた。
「どうしたの?アホ面して?」
「……ずいぶんとあっさり許すんだな」
「別に、あんたと喧嘩したかった訳じゃないもん。ムカついたから怒って、謝ったから許した。ただそれだけ」
さばさばと言い切る彼女を見て、俺は納得した。類は友を呼ぶということわざは、あながち嘘ではないらしい。
「…あんたの性格、好きだぜ」
「ありがと」
彼女はニヤリと笑うと、舞歌に視線を移す。
「舞歌。あんたがこいつのこと気に入ってる理由、少しわかったわ」
「…そっか」
短い言葉を交わし、二人は小さく微笑む。
その言葉に、微笑みに、どんな意味があったのかは俺にはわからない。
けど、確かにその行為には意味があったんだ。
その証拠に――
「それじゃあ舞歌、紡。私は教室に戻るから」
「いきなり呼び捨てかよ」
「いいでしょ、別に。あんたも真希、って呼び捨てでいいから」
「…さんをつけたら?」
「ひっぱたく」
「……またな、真希」
「ほいよ」
――彼女、真希は楽しそうな笑顔でそこから足早に立ち去り――
「まったく、舞歌の親友だけあって、あの奔放さはそっくりだな」
「紡だって類友だよ」
「……頼むから訂正しろ」
「アハハ!…ねぇ、紡」
「ん?」
「……聞きたい?」
「…ああ。お前が話してくれるなら」
「……あのね…」
――舞歌が、そう切り出してくれたのだから。
「私ね…留年、してるんだ。一年」