第十四話
第十四話
「ねぇ、紡」
「あ?」
「今日は屋上でご飯食べるから」
「……提案じゃないんだな…」
「もち。紡に拒否権はありません」
「…はぁ」
あの日、舞歌と出掛けたのを目撃され、朝一で吊し上げられた日から数日後の朝。
俺は席につくなりそう言ってきた舞歌に、ため息をこぼした。
「…いや、かな?」
「嫌だったら断ってる」
「だよね」
「わかってるなら聞くなよ…」
「エヘヘ」
あの日から、俺達の関係は少しだけ変わった。
舞歌は俺のことを呼び捨てで呼ぶようになり、時々、少し甘えたような言動をするようになった。
それは、先程のように答えがわかっているのに俺に答えを求めたり、二人の時に手を繋ぐことを求めたり。
今までの自由さに加え、俺に何かを求めることが多くなった。
俺は――これは俺自身では気付かず、佐藤や一之瀬に言われたことなのだが――どうも表情が柔らかくなったらしい。
今までは、どこか警戒したような、踏み込ませないような雰囲気をまとっていて表情もそれにともなっていたらしいのだけど、今ではその雰囲気も柔らかくなり表情も優しくなったらしい。
…舞歌と話している時限定で。
言われてから気付いたのだが、確かに、舞歌といる時は自然体でいるような気がする。佐藤や一之瀬達と接するときはまだ一線を引いた付き合いをしているのだが、それが舞歌にはないみたいだ。
俺にしか見せない表情をする舞歌。
舞歌にしか優しい表情を見せない俺。
そんな俺達が噂になったのは、ある意味当然の結果といえる。
ここ数日で、
「二人って付き合ってるの?」と聞かれた回数は二桁に及ぶ。もちろん事実はそうではないので、二人とも否定はしているのだけど、周りから見ると付き合っているようにしか思えないらしい。
舞歌はどういう気持ちなのかはしらないけれど、俺は、舞歌に恋愛感情を持ってはいなかった。もちろん一番仲がいいし、一緒にいたいとも思う。
だけどあいつが、元カノの存在が、それ以上のことを考えることにストップをかけていた。
またあんな風に裏切られたら?
また俺一人の恋愛ごっこになってしまったら?
そういう恐怖が俺を蝕んでいた。
もちろん、舞歌のことが信じられない訳ではない。でも、信じ切ることも出来なかったんだ。今の俺には…
・・・・・・・・・・・・
「とうちゃ〜く」
「へぇ。こうなってるんだな、屋上って」
――昼休み。朝の舞歌の宣言通り、俺は屋上へと連れてこられた。
軋む木造の階段を上がり、たどり着いた屋上へと繋がる扉の前。
その扉を、期待感を隠しながら開く(実際に扉を開いたのは舞歌だけど)と、そこには空の世界が広がっていた。
決して高くはない校舎。俺のいた東京の方が、もっと空に近い場所はあった。しかしどんな場所にでも、同じような高さの建物があったり、空と俺とを遮る何かがあった。
それが、ここにはなかった。
決して高い建物の屋上にいるのではない。しかし、視界を遮るものが何一つ存在しないこの場所は、まさしく空の世界だった。
「こうなってる、って、だいたいどこも同じようなものなんじゃないの?」
「俺がいた学校は立入禁止だったんだよ。危ないから、って。だから屋上に来るのは、今日が初めてなんだ」
「…マジ?」
驚く舞歌に俺は頷いてみせる。実際、冷静ぶってはいるが、内心はかなり興奮してる。
「そっか。じゃあ今日が紡の屋上デビューだね」
「そんなたいしたもんじゃないだろ」
「もー相変わらずノリが悪いなぁ。…それとも、やっぱり、嫌だったかな…?」
「…嫌だったらここまできてねーよ」
「だよね」
「だからわかってるなら聞くなって…」
エヘヘ、と笑う舞歌にため息をつく。もちろん、本心から呆れてはいない。
これは、ある種のポーズだった。
こういうやり取りが楽しい。それを隠す為のポーズ。
舞歌にはばれている、照れ隠しのポーズ。
「で?どこで食べるんだ?」
「うん。こっち」
ニヤニヤしている舞歌を促すと、舞歌は俺の手を引いて俺達が今出て来た出入口から、右の方へと歩き出す。
「こっち、って…。なんでそんな狭いところに行くんだよ?」
屋上の形は長方形。その長方形を上から見て、ちょうど右下の部分に出入口がある。
舞歌が連れていこうとしているのは、屋上の敷地と、出入口とのほんのわずかな隙間。おそらく、人が一人通れるくらいの本当にわずかなスペース。
不満だった。せっかくの屋上、しかも初めて来た屋上なのだから、もっと広い場所で食べたかった。
「実はね、あそこの隙間にはベンチが置いてあるの。本当ぎりぎりのスペースなんだけど。それに、この時間はすごく日当たりがいいんだ。だから、隠れた穴場なんだよ」
「…なるほど」
つまりはそこも、あの秘密基地同様、舞歌のお気に入りの場所なのだろう。
口には出さなかったけど、嬉しかった。舞歌が、自分のテリトリーを俺に紹介してくれるのが。
「うん。だから、ここでゆっくり、って…真希?」
そうして舞歌に手を引かれて入ったそのスペースには、先客がいた。
舞歌が言っていた日当たりのいいベンチに座り、一心に目の前の風景を眺めていた女子生徒。真希、と呼ばれた彼女は舞歌の呼びかけに、ゆっくりとこちらに顔を向けた。
「…舞歌?めずらしわね。あんたがここにくるなんて」