第十三話(後半)
「…紡君。なんで…」
そうしている俺に、怖ず怖ずと言葉をかける舞歌。
その似合わない言動に、吐き出したはずのストレスが、再び舞い戻ってくる。
「あのなあ舞歌」
いまだに不思議そうな表情をしている舞歌を見ながら、俺は苛立ちを隠さず、無愛想に言った。
「さっきの言葉に嘘はない。お前がどういう気持ちで手を繋ごうとしたのかは知らない。けど、俺はそれを受け入れた。嫌じゃなかった。恋愛感情うんぬんは別にして、俺はお前のことを気に入ってるんだ。それに、散々人を振り回しておいて、こんなつまらないことで迷惑かけたとか思うな。似合わないんだよ、お前にそんな顔は」
不機嫌な俺の視線の先にいるのは、先程よりも、さらにキョトンとした表情の舞歌。
人の心をあっさりと見抜く彼女だが、今回は、俺が言うまで、俺の内心を見抜くことが出来なかったようだ。
俺はそうは思っていないのに、先程吊し上げられたことを、自分のせいだと思い込んでしまっていたんだ。
だから俯いたり、キョトンとした表情を見せる。
それが、俺は嫌だった。理由は今でもよくわからないけど、舞歌のそんな愁容な表情は見ていたくなかったんだ。
だから言ってやったんだ。
お前が気にする必要なんかない、って。
俺の言葉を聞き、かなりおもしろい表情をしていた舞歌。
その表情が、俺の言葉の意味を理解していくとともに、とても嬉しそうな笑顔に変わって。
そこで終われば可愛いのに、最終的には、いつもの悪戯な笑顔を浮かべたんだ。
「ふぅん。紡君って、そんなに舞歌ちゃんのこと、大好きなんだぁ」
「……は!?」
そうして口にした声は、明らかにクラス中に聞こえるように意識して出した大きな声。その内容と声の大きさに、俺は驚愕の声をあげた。
「俺はお前を気に入ってる?似合わないんだよ、お前にそんな顔は?」
「―っ!?」
そんな俺の反応を楽しむように、舞歌は意図的に俺の言葉を繰り返す。自分で言った言葉ではあるのだが、それを他人の口から繰り返されると、とても恥ずかしかった。
「いゃん。紡ったら〜。舞歌ちゃんてれちゃ〜う」
「お、お前っ!」
「きゃ〜っ!紡が怒ったぁ〜」
楽しそうに悪戯な笑顔を浮かべている舞歌に怒鳴る俺。
いつもの俺達のポジションに戻り、そうして始まるいつものやり取り。
もうチャイムが鳴ったというのに、クラス中の連中が見ているというのに俺達は幼稚なやり取りをやめないで。
このあとやってくる担任に怒られて呆れられるのも、クラスメート達に誤解されるのも、よくわかっている。
わかっていてもなお、俺は、それをやめなかった。楽しかったから。そのやり取りが。
「ねぇ」
「あ?」
「ありがとうね。紡」
「……ああ」
見ていたかったから。舞歌の、笑顔を。
好きだったから。舞歌との、この、時間が。