第十三話(前半)
それは、週明けの月曜日のことだった。
朝、いつものように起き、いつものように朝食と昼食の準備をした。
いつもと同じ時間に家を出て、いつもと同じ時間に学校に着いた。
そしていつもと同じように教室に入って…
「議長!被告人が到着しました!」
「よし!直ちに確保しなさい!」
「……は?」
いつもとは違い、やけに殺気立ち、やけに団結したクラスメートに拘束されたんだ…
第十三話
「さて。被告人草部紡。何か言いたいことは?」
「とりあえず俺を解放しやがれ」
自分でも驚くくらいにドスの効いた声を、目の前に立つ女子生徒へと向ける。
教室に入った俺は、クラスでもがたいのいい男子生徒数人に両腕を押さえ付けられ、意味のわからないまま、教壇の横の床に無理矢理正座させられた。
そして彼等が議長と呼ぶ、このクラスの委員長“佐藤梢”に、そう訳のわからないことを言われたんだ。
「ふむ。自分の立場がわかっていないみたいだね、ワトソン君」
「ああ。俺にはお前の、そのハッピーな頭の中は一生わかりそうにもないよ」
ホームズかぶれの彼女に、俺はわかりやすい毒を吐く。
彼女は俺の想像通り、頬をひくつかせた。
――彼女、佐藤梢は、舞歌と同じく自由人に分類すことが出来る。
しかし舞歌とは違い、目立ちたがり屋で(舞歌の場合は、意識しないで目立っている)委員長にも自ら立候補したらしい。それに思ったことは全て顔に出るタイプの為、舞歌とは違って、とても扱い安かった。
「ず、ずいぶんと好き勝手言ってくれるわね…」
「いいから早く俺を解放するか、用件を言え。俺がキレる前に」
俺の言葉にびびり、顔をひくつかせていた彼女であったが、みんなの前にいるという見栄と自尊心のためか、虚勢を張り、声を出した。
「あんた、土曜日どこにいた?」
その言葉で、彼女が、彼女達が、なぜこういう行動に出たのかを理解した。
なるほど。こういう田舎だと、色恋沙汰が一番身近で一番楽しい話題なのだろう。
当事者としてはいい迷惑だが。
状況が理解できた俺は、目の前のアホをひとまず放置し、もう一人の“当事者”の姿を探す。
「………」
当事者、舞歌はあっさりと見付かった。ただ、彼女の姿を見付けた時、俺は衝撃を受けた。
舞歌は自分の席で、普段は見せることのない苦笑いを浮かべていたのだから。
理由は…語るまでもないだろう。
「隠そうとしても無駄よ!すでに証拠はあがって…」
「舞歌と一緒に、総合店にいた」
「…る……最後まで言わせてよ…」
「時間の無駄だ」
落ち着いて考えてみれば、当然の結果だった。
娯楽施設の少ないこの地域で、しかも休日ともなれば、あの総合店にこの学校の生徒がいてもおかしくない。
その中で、俺達がいた時間に居合わせ、あの広さの店内で俺達を見掛けた生徒がいても、おかしくはなかった。どんなに低い確率であったとしても、0ではないのだから。
「…あんた、本当に好き勝手言ってくれるわね…」
「お前がそこまで騒ぐってことは、写真かなにかの証拠があるからだろ?なら隠しても無駄だ」
「潔いんだがなんだか…。で?」
「舞歌に案内をしてもらった。以上」
「んな訳ないでしょ!!」
騒ぐ佐藤に冷たい視線を送る。が、今回、佐藤は怯まなかった。
「ふふふ。そんな怖い顔しても無駄なんだから。こっちには、こういう写真があるんだもの!」
そう高らかに叫び、右手を高らかに掲げる。
そこにあったもので、舞歌の苦笑いの本当の意味を悟った。
「ずいぶん仲良さそうに手なんか繋いじゃって。都会の人は本当に手を出すのが早いわね」
平均よりも小さい胸を張り…張りすぎ反り返っている馬鹿を無視し、俺は舞歌に目をやった。
舞歌もどうやら俺を見ていたらしく、すんなりと視線が絡まる。
数秒のアイコンタクトののち、先に視線を反らせたのは、舞歌の方だった。
気まずそうに俯き、先程の苦笑いを浮かべる。
…どうやら俺は誤解していたらしい。舞歌が苦笑いを浮かべていたのは、佐藤一派に追求されたからではなく、俺に迷惑をかけたと思ったからだ。
もしも、追求されて苦笑いを浮かべていたのなら、俺と目があった時、視線を反らさず、呆れたような苦笑いを浮かべていたはずだ。
そうせず俯いたということは、そのことに罪悪感を感じたからだろう。
そんな、彼女らしくない行動に、なぜか無性に腹が立った。あのくらいのことで俺が迷惑していると思った彼女に、非情に苛立ちを覚えた。
そんな顔は、舞歌に似合わないと本気で思った。
「まあ、お前みたいなチンチクリンには手を出さないけどな」
「なっ…!?」
だから、彼女のその表情を、いつもの笑顔に変えたくなったんだ。どんな手を使っても。
「舞歌とは付き合ってる訳じゃない。でも、俺は舞歌と手を繋ぐのは嫌じゃなかった。恥ずかしい気持ちはあったけど、舞歌の嬉しそうな笑顔を見てたら、それもほとんど気にならなかった」
「………」
俺の言葉に、教室内の誰もが騒ぐのをやめ、静まり返っていた。
チンチクリンこと、佐藤から視線を舞歌に移すと、大変楽しいことに、舞歌は豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をしていた。
「手を繋ぎたがったのは舞歌だけど、それを受け入れたのは俺だ。多分、舞歌じゃなかったら受け入れなかった。そこに恋愛感情があるのかどうかなんてわからない。けど、チンチクリンよりも好感度は高いな」
「……だ、誰がチンチクリンよっ!!?」
俺の、最初の『チンチクリン』でフリーズしていた佐藤が、二度目の『チンチクリン』て意識を取り戻す。
いまだに座らされている俺の胸倉を掴み、声を荒げた。
「私のどこを見たらそんな感想が言えるのかしら!?」
「いや、一目瞭然だから。平均以下」
「〜〜っ!!」
身長。体重。スリーサイズ。この三種の神器が、見た目で全て平均以下だとわかるのが、彼女、佐藤梢の特徴だ。彼女の名前を知らなくても、全体的に小さい女の子、で聞けば、この学校内では誰もが彼女のことを指すだろう。
本人はそれをかなりのコンプレックスにしているみたいだが。
「ぶっとばーす!!」
「あー!委員長!ストーップッ!!」
「安心しろ。一ノ瀬。チンチクリンだから頭を押さえれば手も足も届かない」
「うきーーっ!!」
「あー落ち着きなって!!草部もそれ以上挑発しないでくれ!」
俺と佐藤の間に入ってきたのは“一ノ瀬智也”このクラスの副委員長で、佐藤のストッパー役の苦労人だ。
佐藤のストッパーが出来るくらい大人でいいやつなのだが、俺はいまだに心を許しきれてはいなかった。
「一ノ瀬。これは挑発している訳じゃねーよ。朝っぱらから溜まったストレスを発散しているだけだ」
「気持ちはわかるけど、抑えてよ!」
佐藤関係では、いろいろと話してはいるけど。
「気持ちがわかるなら、もう少し早く仲介に入れよな」
「それは…ごめん…」
苦笑いを浮かべながら視線を反らす一ノ瀬。どうやらこいつも、興味があったらしい。
気持ちはわからないでもないが、当事者としては、やはり腹立たしかった。
「もういい。とりあえずもうすぐ授業が始まるから俺は席に行く」
これ以上言い合いをしていてもいらいらするだけなので、俺はそこで話しを打ち切り、いまだに俺を押さえている男子に手を離させ、服の乱れを直し席に向かった。
いまだに騒ぐ佐藤。それをなだめる一ノ瀬。転校初日と同じようにざわつきながら俺に視線を向けるクラスメート。
それらを、その全てを無視して、俺は、ようやくたどり着いた自分の席で、大きく息をはいた。
苛立った頭を、少しでも落ち着ける為だ。
今回は長いので、二部に別れています。