第十一話
第十一話
「…舞歌。一つだけ言っておく」
「ん?なに?」
「お前やり過ぎだ…」
幼稚なやり取りを終え、俺は舞歌に、結局、秘密基地に連行されることになった。
時間にも余裕があり、また、舞歌の秘密基地というものにも興味があった為、そのことに問題はない。
問題があるのは、舞歌の性格にだった。
「カモフラージュどころじゃねぇだろ。これ…」
カモフラージュというものは、対象となるものを、その周りの風景に溶け込ませるなどして、人の目をごまかすことをいう。決して、“一体化”させることをいうのではない。
舞歌がした“カモフラージュ”は、確かに周りの風景に溶け込んでいる。が、しかし、溶け込み過ぎて、どこが階段でどこが山道か全く区別が付かなくなっていた。
視覚ではもちろん、靴の裏から伝わってくる“感覚”でさえも。
舞歌に、そこ階段じゃないよ、と注意され、指示されたコースに戻った時に、どちらも全く同じ感覚だったのには驚いた。
「ふふん。まあね。頑張ったから」
胸を張り誇らしそうに笑う舞歌に、ため息がこぼれる。
「お前な…。もっと有効に時間使えよな…」
それは、俺の素直な感想だった。この後、また幼稚なやり取りが返されるとわかっていても、言わずにはいられなかった。
「…紡君。時間は限られているんだよ」
「……え?」
それは、予想した、どの言葉とも、どの口調とも違っていた。
立ち止まり、振り返った舞歌。その瞳には、今まで見たことがない、痛みと、諦めが浮かんでいるように、俺は感じた。
「人の時間は無限じゃない。有限なんだよ。私はそのことをよく知っている。だから私は、振り返った時に悔いの残らないように、その時その時に自分のしたいことをしているんだ。したいことに時間を使っている。私はこの場所に手を加えたかった。だからその為に費やした時間は無駄じゃないよ」
「………」
それは、何かを知り、葛藤し、諦め、そして、それを受け入れた人にしか出来ない語り。出来ない表情。
…俺は、それによく似た表情を知っていた。
俺の親父は、医師を職業にしている。
俺の引越しも、都会の病院からこの村の診療所に移る親父――地方にとばされた訳ではなく、自分から申し出たらしい。親父は勤めていた病院の中でも優秀な分類に区別されていた為、医院長に猛反対されたらしいけど――にくっついてきたからになる。
まあ、それはともかく。
俺が幼い頃。母親が死んでからは家に俺しかいなくなる時があった。それは小学校の授業が終わったあとであったり、予定のない休日であったり。
そんな俺を不憫に思ったのか、親父は俺を、よく自分の職場へと連れて行った。
もっとも親父は忙しく俺の相手が出来ない為、手の空いている看護師や、入院患者達とよく話していたのだけど。
人見知りはしない性格だった為、すぐにいろいろな人達と打ち解け、病院は俺の遊び場の一つとなった。
いろいろな人といろいろな会話をした。それは、当時の俺にはいまいち理解できなかった看護師達の愚痴であったり、入院患者が暇つぶしにする世間話であったり。
そんな時に知り合った一人の入院患者。二十代後半の綺麗な女性で、俺と本当に楽しそうに話しをしてくれたんだ。他の大人達とは違い、対等な、一人の人間として扱ってくれた。
その時見た彼女の瞳と、同じ瞳を舞歌はしていた。
…死の宣告をされ、余命少なかった彼女と同じ瞳を。
まさか舞歌も?そんな不吉な予感が頭をよぎった。
「…舞歌…お前…」
「なんてね」
「……へ?」
不安にかられ、舞歌の名前を呼んだ俺に、舞歌は悪戯な笑顔を浮かべ舌を出す。
「昨日見たドラマの台詞を少しアレンジして言ってみたんだ。どう?格好良かった?」
「お前な…」
おどける彼女に、頭が痛くなった。
左手で頭を支えながら、ため息を付く。
「そういう思わせぶりな台詞はやめとけ。本気で心配するから」
「…心配、してくれたんだ。今」
「当たり前だ」
「…そっか。ありがとう。ごめんね…」
そう言って微笑む舞歌。その表情は、嬉しさと悲しさが入り混じった、複雑な表情だった。
だから不安になった。やはり、と思ってしまった。
「まい…」
「さてさて。じゃあ先に進もうか」
俺が真意を聞く前に、彼女はいつものおちゃらけた声と表情でそう切り出す。
その変化があまりにも激しくて。今までの会話が、舞歌の浮かべていた表情が、夢じゃなかったのかと思えるくらいで。
「さ、行くよ紡君」
「あ、おい!?」
俺の手を引き、再び歩き始める舞歌。
話しを逸らされているのはわかった。わかってはいたのだけど、俺はそれ以上聞くことが出来なかった。
聞いて、もし舞歌がそうだったら、どう答えたらいいかわからないから。
聞いて、今の関係が壊れるようなことになったら怖いから。
……それを追求したいのか、舞歌の深いところを知りたいのかどうか、今の俺には、わからなかったから…