風花SideStory17
「……で?あのバカはどうしてるんだ?」
「司さんのベッドで唸ってるわ。ま、九度五分もあれば当たり前よね」
――昨日、倒れた政樹に動揺し、私は彼に駆け寄った。
頭の中はパニックで、どうしたらいいかわからなくて。
救急車を呼ぶとか、紡に連絡するとか。
いろいろな選択肢が浮かんでは消えて。
どうするべきか考えがまとまらないまま政樹の近くに膝をつき、彼の様子を伺ったところで……
「どれだけお約束なのよ。あんたは」
とりあえず、一発頭を叩いた。
「雨の中数時間立ちっぱなしだったんだって?」
「そう。馬鹿よね。なんで傘を買うっていう選択肢がなかったのかしら」
呆れた表情の知子に、私も同様の顔で答える。
ほんとバカね、という知子の言葉に、私は大きく頷いた。
そんな私達の態度を見て政樹に同情したのか、舞歌がベッドの中から(といっても上半身は起こしているのだけど)言う。
「そ、それだけ真希のことを心配してたんじゃ……」
「頼んでない。それに風邪をひかれた方が迷惑」
「あはは……」
ばっさりと切り去った私に、舞歌は苦笑いを浮かべていた。
舞歌の病室(リッチにも個室だった)に来てから、私達は政樹のことばかり話していた。
あの馬鹿はどうして馬鹿で、どれほどの馬鹿なのか、といった内容ばかり。
事情を知らない知子は別にして、私達三人は意図的に件の話を避けていた。
舞歌達は、私が言わなければ自分達からは言わないつもりなのだろう。
本当に白々しい。黙っているのが優しさ、とでも思っているのだろうか?
……だとしたらそれは思い上がりだ。少なくとも私はちっとも嬉しくない。それに、昨日知ってしまったバカップルの実体へのストレスもある。
舞歌の手術の時間も迫ってきているし、手術後すぐに“怒らせて”舞歌の体に負担をかけるのもよろしくない。
いろいろなことにケリをつけるには、今をおいてなかった。
舞歌のベッドのすぐ横の椅子に座っている紡に視線を向け、言う。
「ねえ。紡」
「ん?なに?」
「好きよ」
『……は?』
重なった舞歌と紡の声。よそう通りの反応に、思わず口の端があがる。
「ま、ま、ま、真希っ!な、なにを言ってるの!?」
面白いくらいにどもる舞歌。彼女のそんな表情を見ていると、自然とストレスが消えていく。
改めて確信した。私はドSだ。
体の前で腕を組み、舞歌に向かい言う。
「あら。今更なに言ってるの?あんた達、私の気持ち知ってたんでしょ?」
「それは……」
顔を見合わせる舞歌と紡。私の予想通り、彼女達は私のこの行動が予想外だったらしい。
二人が戸惑っている間に、私は次のアクションを起こす。
体を預けていた舞歌のベッドの足元の方の壁から、ゆっくりと紡へと向かい歩き出す。
「最初はね、すごくヘタレでうじうじした奴だと思ってた。こんな奴絶対好きにならないと思ってた」
いくら個室とはいえ、病室は狭い。すぐに紡の前へとたどり着く。戸惑った表情の紡を見下ろしながら、私は続ける。
「私の気持ちが変わったのは、あの日。覚えてる?学校の屋上であなたに舞歌のことを全て打ち明け泣いたあの日。ヘタレだったあなたが、逞しい男の顔をするようになったあの日から、私はあなたに惹かれていったの」
「真希……」
“あなた”と、普段使わない呼び方に、紡が緊張するのがわかる。視界の端に引っかかる舞歌も、目を見開き、口をパクパクとさせている。
いい気味だ、と私は内心でほくそ笑んだ。
「紡。あなたが好き。あなたの強い心が、強い瞳が、大好き」
頬を赤らめ、紡のあごに手を添え上を向かせ、言葉と共にゆっくりと顔を近づける。
目は閉じていないので、紡の赤くなっていく顔がよく見える。
十センチあった距離が五センチになり、一センチになり、そして……
「ダメーっ!」
残り数ミリのところで舞歌の絶叫が響いた。
紡を突き飛ばすように抱き着き(実際に突き飛ばされ、紡は舞歌と共に椅子から転げ落ちたのだけど)大粒の涙を浮かべた瞳で私を睨む。
「ダメ!いくら真希でも紡はダメ!紡は私の彼氏なの!」
あまりに真剣な舞歌の言動に、私は笑いを堪えるのが必死だった。
歯をぎりっと噛み締め、彼女達にばれないように背中をつねる。
そうやってなんとか不機嫌な表情を作ることに成功した私は、舞歌に鋭い視線を向けながら言う。
「なんで?あんた達、私の気持ちを受け入れてくれるんじゃなかったの?」
「受け入れるよ!真希は私達の大切な親友だもん!離れるのなんかヤダもん!でも、それとこれは別だよ!紡は私の大切な彼氏なんだもん!」
紡の首に腕を回し、強く抱きしめる舞歌。昨日まではストレスの元凶でしかなかった光景も、今では笑いの種でしかない。
種明かしにはまだ早いので(と、いうより私がもう少し二人で遊びたい)私は背中をつねる力を強くし、再度笑いを堪える。
「駄目って言っても仕方ないじゃない。私も紡のことが好きなんだから。それに、恋愛は自由よ。私が誰を好きになってもいいじゃない」
「それはそうだけど……でも、紡はダメなのっ!」
今にも涙を流しそうな舞歌を見て、私はわざとらしいため息をつく。もちろん演出の一つだ。
「支離滅裂ね。まるで小学生と話しているみたい。悪いけど、私、紡を諦めるつもりなんてないから。舞歌の彼氏だろうと関係ないわ。絶対に奪い去ってみせるから」
「ヤダーっ!ヤダ……ヤダよー……」
ついに涙を流し、紡にしがみつく舞歌。そんな舞歌の頭を紡はゆっくりと撫でて。私をちらりと見てはまた舞歌に視線を戻し。私を責めるべきかどうか、判断出来ずにいるようだ。
私の親友としての態度は正解だけど、舞歌の彼氏としての態度は間違いね。
そんなことを思いながら、そろそろネタ明かしをしようかと考えていると、入口の近くの壁に背を預けながら今まで黙ってことの成り行きを見ていた知子が口を開いた。
「真希。からかうの、そろそろやめてあげたら?舞歌本気で泣いてるわよ?」
「……は?」
「……から、かう?」
彼女の言葉に、紡は口を開き、舞歌は紡で涙を拭きながら、顔を知子へと向けた。
今まで浮かべていた鋭い視線を引っ込め、私は笑顔を知子に向け、言う。
「あら。よく私がからかっているってわかったわね」
知子から視線を私に移し、パクパクと口を開ける二人に、笑うのを我慢することが出来ない。
今までの反動もあり、私はお腹を抱えて笑った。
爆笑している私に知子は言う。
「昨日一日政樹をからかっている時に気づいたのよ。あんた、誰かをからかう時、右の眉があがるの。それに、私の位置からだと、あんたが背中をつねっているのがよく見えたし」
私にそんな癖があったのか。知らなかった。笑いながら知子の観察眼に感心していると、私はとあることに気がつく。
笑うのをなんとか堪え、目に溜まった涙を拭いながら知子に問う。
「あんた、“いつから”気づいていたの?」
私が舞歌達をからかっていたのは、もちろん最初からだ。知子の言う私の癖が出ていたとするなら、それは多分最初からだろう。もしも彼女が最初から気づいていたのだとするなら……。
知子は私の問いに、にやりと笑った。
「そんなの、もちろん最初からに決まってるじゃない」
やっぱり彼女は私の悪友だ。
「知子……おまっ……」
「いやー楽しかったわ。舞歌も紡も本気になっちゃって。真希じゃないけど、笑いを堪えるのに苦労したわ」
紡の言葉に知子は楽しそうに言う。言われた張本人は。今度こそ絶句していた。