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風花  作者:
110/112

風花SideStory16



「……お前、本当にいい性格してるよな……」

「ありがとう。褒め言葉として受け取っておくわ」

「……」



 政樹の呆れた視線を、私は司さんのベッドに腰をおろしたまま平然と受け止める。



 着替え終わったあと、私は“武器”を手に司さんの部屋へと向かった。

 ノックをし、着替え終わっていたことを確認した私は、返事も待たずに中へ。


 いきなり包丁を手に現れた私に混乱する政樹を床に正座させ、私は優雅にベッドへ腰を下ろし、今にいたるのだ。


 開き直った私は、前と同じ、いや、前以上にふてぶてしい。



「で?」

「……で、とは?」

「あらあら。水浴び過ぎて脳みそ流れた?」

「……」

「睨む時間も勿体ないわ。さっさと説明して」

「……はぁ」



 苛立たしそうに頭をかく政樹を見て、楽しくなる。

 溜まったストレスを発散しているのだ。イラついてくれないと面白くない。


 政樹は大きなため息をついたあと、口を開いた。



「お前のことだ。そういう態度をとるってことは、だいたい想像出来てるんだろ?」

「そうね。けど全てじゃないし、詳細も知らないわ。だから全部話して」

「ああ。じゃあ……」

「舞歌と紡が私の気持ちに気づいていることは本当なのね?」

「…………ああ」



 話し出そうとした瞬間を狙い、わざと質問をぶつける。

 理由は二つ。

 政樹が話すより私が質問した方が早いと思ったのが一つ。もう一つは、ただの嫌がらせだ。


 嫌そうな顔をする政樹に極上の笑顔を向け、続きを促す。



「二人とも真希の気持ちを知ってる。知った上で、今までと変わらないやり取りをしていたそうだ」

「理由は、私のため、ね」

「ああ。真希が隠そうとしていることにも気がついていたから、だから気づかないふりをしていたんだと」

「……私の仮面もまだまだね」



 自嘲の笑みを浮かべた私に、政樹は「違うよ」と言った。



「二人とも真希のことが本当に大切だから些細な変化も見逃さなかったんだよ」

「……そういうことにしておきましょう」



 肩をすくめ、小さい笑顔を浮かべる。

 言い方が違うだけで事実は一緒なのだが、そう言われて悪い気はしなかった。


 しかし、あることに気がつく。



「……ねえ政樹。舞歌達は私の気持ちを知っていたのよね?」

「あ?だからそう言ってるだろ?」

「知った上で、私の前で態度を変えなかったのよね?」

「ああ。そう聞いたけど?」

「つまり……私の気持ちを知った上で、私の前であんなにいちゃついていた、と?」

「……あ」



 私の言わんとすることに気づいた政樹が小さく声をあげた。


 私のために態度を変えなかったことには感謝している。そのおかげで今日まで変わらない毎日を過ごせてこれたのだから。


 しかし、態度を変えない=いちゃつく、ではない。


 むしろ私のことを考えるのなら、出来るだけ控えるべきではないのだろうか?


 舞歌と一緒にいる紡が好きだ。

 紡と一緒にいる舞歌が好きだ。

 二人で幸せそうにしている様を見ていると、私も少しは幸せになる。



 だが、しかし。ものには限度というものがあるのではないだろうか?


 舞歌はともかく、紡は一般人だ。その辺の配慮は出来るはず。それを舞歌に伝えれば、少しはいちゃつく頻度も減るだろう。


 なのにそれをしないということは……。



「……あのバカップルが……」

「はは、は……」



 つまり、私に対する配慮よりも、自分達のいちゃつく願望の方が強いということだ。


 先程までのいい気分は「さようなら」と去って行き、代わりにやってくる苛立ち。

 明日覚えてろよ、と胸に誓い、ひとまずこのことは頭の片隅に追いやる。

 考えてもストレスが溜まるだけだから。



 髪をかきあげ、足を組み替えながら、私は政樹に問う。スカート、ではもちろんない。私は自分を安売りするつもりは一切ない。



「で?あんたも舞歌達も私になにをさせたいの?ぐちゃぐちゃの泥沼が希望?」

「そんなことするつもりもないくせによく言うよ」



 言い切った政樹に肩をすくめてみせる。

 あのヘタレがよくもまあ成長したものだ。

 政樹は言う。



「紡も舞歌も、お前に好きに生きてほしいんだとよ。無理に自分を殺して、苦しみながら生きてほしくない。そう言ってた」

「……その結果が泥沼だったとしても?」

「だから、お前はそれを望んでねーだろうが」



 半眼でそう言った政樹に、私はもう一度肩をすくめた。



「泥沼にはならない。例え真希が紡に想いを伝えたとしても」

「……でしょうね」



 知りながら態度も関係も一切変えなかった舞歌達。

 そんな二人に今更私が想いを伝えたところで、一波乱はあるかもしれないが泥沼になるようなことはないだろう。……私が態度を変えない限りは。


 二人が私の想いを知っていると政樹から聞かされた時はかなり取り乱したが、今はもう落ち着いた。

 頭もいつも通り動いている。


 その頭で思うのは、望むのは、政樹の言う通り、泥沼なんかではない。



「紡も舞歌も、真希のことを本当に大切に思ってる。生涯の友にしたいって。だから……」

「みなまで言わなくていいわ。あの二人が考えそうなことくらい、わかってるつもりよ」



 目をつぶり、手首から先を上下に二、三回振り政樹の言葉を遮る。


 そう。二人のことは誰よりもわかっていた。二人が考えそうなことくらい、簡単に見当がつく。


 ……なのに、私はそれが出来なくなっていた。


 理由は、私が紡に惚れてしまったから。

 舞歌と紡から、離れてしまうことに恐怖を覚えたから。



 だから目が曇っていた。思考に靄がかかっていた。


 ありもしない幻想に怯え、身動きが出来なくなっていた。


 ――恋は人を盲目にする。全くその通りだ。



 開いた目で天井を見上げる。目にかかっていた雲も消え去り、視界がとてもクリアだ。



「……私、終わらせるわ」



 自然と出た言葉。天井を見ていた目を政樹に向け、続ける。



「自棄になったからじゃない。舞歌と紡とこれからもずっと一緒にいたいから終わらせるの」

「……無理に終わらせなくてもいいんじゃないか?二人は……」



 言いかけた政樹の言葉を遮り、私は言う。



「確かにあの二人は優しいから、私の気持ちを受け入れてくれるでしょうね。 ……だから終わらせるの。そんなことをさせてしまう自分が許せないから」

「真希……」



 心配そうな声を出した政樹に、私は笑顔を向ける。この数ヶ月で一番いい笑顔なのが自分でもわかった。



「アホ面してるんじゃないわよ。ようやくこの胸のもやもやを吐き出す方法を見つけて、私はスッキリしてるの。それに」

「……それに?」



 言葉を止めた私の思惑通りに続きを促した政樹。そんな彼に、私はもう一度笑顔を向ける。ただし、先程のそれとは違い、とても悪戯な笑顔。



「今日まで私の前でいちゃついてたバカップルに明日から仕返ししてやれると思うと、楽しくてしかたないわ!」



 私の言葉にア然と口を開いていた政樹だったが、やがて苦笑いを浮かべる。

 頬をぽりぽりとかきながら、彼は言う。



「なんつーか、真希らしいな」

「でしょ?」



 そうして笑いあう私達。

 私はちょっとしたことが楽しくてしかたなかった。


 理由は、多分、すっきりしたから。それに…



「まさ――」



 政樹に声をかけようとしたところで、私は息をのむ。


 笑っていたはずの彼が、重力に引っ張られるようにして後ろに倒れていったからだ。



「政樹っ!?」



 寝室に響くバタンという音と私の声。

 政樹からの返事は、なかった……。

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