第十話
第十話
「ここ、か?」
「うん。ここ」
バイクを停め、背中越しの会話。どうやらここが目的地らしい、のだが…
「何もないな…」
一応バイクのエンジンを切り、停車の意思を示す。
舞歌の条件というのは、なんてことはなかった。舞歌をある場所へと連れて行くこと。それだけだった。
あの後特に用事もなく、まだ5時前ということもあり、俺はそれを引き受けた。
舞歌に指示されたてたどり着いたのは、何の変哲もないただの道。
ガードレールは無く、左は山と道との境界線。右は荒れ地と道との境界線。
周りに民家も何もない、ただの田舎道の途中だった。
「本当にここか?」
「そうだよ。ここ。紡君、降りていい?」
「ん?ああ」
舞歌に促され、俺はバイクを両足でしっかり固定してから、舞歌に再度合図を出す。
舞歌が降りたのを確認してから、俺もバイクを降り、スタンドを立てバイクを固定させてからヘルメットを脱いだ。
「ここに何があるんだ?ただの道だぞ?」
「いいから。紡君。こっちに来て」
先にヘルメットを脱いでいた舞歌に手を引かれて、俺は慌てた。
「おい!待てよ!どこに連れてくんだよ!?」
「いいから!着いて来てよ」
「着いてこいって…。だってバイクはどうするんだよ?」
そう。それが不安だったんだ。いくらこんな田舎道とはいえ、バイクをこんな所に放置するのが俺は不安だった。
「大丈夫だって。この付近に民家は私の家しかないから。この道を私以外が歩いていたり、車が通ってるのを、私はここ三年近く見たことないから」
「あ…そう…」
どうやら俺が案内されたのは、この田舎においても、一際寂れた場所らしい。
「だから紡君。こっちに来て」
「あ、いや!だからどこに連れてくんだよ!?」
「私の秘密基地」
「……は?」
予想外の言葉にフリーズする俺。
そんな俺を見て、楽しそうに笑う舞歌。
「だから、秘密基地。私しか知らない特別な場所」
そう繰り返す舞歌の言葉で、俺の脳は少しずつ活動を再開し始める。
周りを見渡して、舞歌の顔を見て。そして、もう一度周りを見渡してから、俺は舞歌に尋ねた。
「…秘密基地って、こんな場所にあるのか?」
左にあるのは傾斜のきつい山。右にあるのは誰も手入れをしていない、好き勝手、様々な植物が生えている荒れ地。
両方とも、そのようなものを作れるような環境ではないと思う。
「ここじゃないよ。ここから、少し行った所。ここは入り口なの」
そう言って、山のある部分を指差す。
しかしそこは他の部分となんら変わらない風貌をしていた。
「…どこだよ?」
俺が聞き返すと、舞歌は実に満足そうな笑顔を浮かべる。
「やった。カモフラージュは完璧みたいね」
「カモフラージュって…」
もう一度その部分を見る。
しかし、やはり周りとどこも違う所などなかった。
「ニヒヒ。わかんないでしょ?そこには、石で出来た階段があるんだよ」
「……は?」
その台詞は衝撃的だった。思わず固まってしまうくらいに。
にこやかに笑う舞歌の顔を見て、それからゆっくりと錆び付いた首を回し、もう一度その場所を見る。
しかし、結果は同じだった。
そこにあるのは周りとなんら変わらない、雑草達の楽園。
石の階段どころか、小石の一つも転がっていない。
ここに、本当に石の階段があるのだろうか?
「元々ね、ここは、この上にある公園への入り口だったんだ」
俺の疑問に答えるように、舞歌はゆっくりと話し出す。
「昔はね、ここも賑わってて、もっと綺麗だったんだ。だけど、次第に周りから家がなくなっていって…。ついに数年前。この辺一帯には私の家しかなくなっちゃったんだ」
「………」
そう語る舞歌の表情は、どこか寂しそうだった。
ニュース等で、田舎の過疎化が問題に上がったことがある。それを見た時、俺は特に何も感じなかった。せいぜい、田舎は大変だな、と思ったくらいだ。
けど、舞歌は違う。実際にそれを体験した人の一人だ。
周りから少しずつ民家がなくなり、知り合いが減っていく。その中には、友達や、それ以上の関係の人もいたのかもしれない。そんな人達がいなくなり、そして一人残される。
それはとても悲しく、辛いことだと思う。
俺はそれを想像することしか出来ない。だけど、舞歌が寂しそうな表情をするのも、当然のことだと思った。
「それで、公園を利用する人も私だけになっちゃって。せっかくだから、入り口を隠して私物化してみたんだ」
「…それで、秘密基地、か」
それはとても悲しい事実。
故意にこの場所を隠して“秘密”にしたのではない。この場所を知る者が舞歌以外にいなくなって、“秘密”になったのだ。
「大変だったんだよ?ここまで一体化させるの」
「…そっか」
そんな寂しい体験をしたはずなのに、今、舞歌は笑って言っている。実に、楽しそうに。
言葉に迷った。なんて声を掛けたらいいか、よくわからなかった。
そうやって笑っている彼女に、それを想像することしか出来ない俺が同情するのは、間違いなような気がして。
かといって、頑張ったんだな、と労ることを舞歌は望んでいないと思う。その為に俺をここに連れて来たなら、俺を中に連れて行こうとはせずに、真っ先にこの入り口のことを話したはずだから。
だから迷った。なんて声をかけたらいいかわからなかった。
「階段の上に砂撒いて、その上に雑草植えて。毎日水あげて、崩れないように新しい砂で固定し続けて。ここまでするのに一ヶ月はかかったよ」
「お前アホだろ」
…わからなかったはずなのに、嬉々としてそう説明した舞歌に、俺はあっさりと突っ込みを入れていた。
「アホは酷いよ!失礼だよ!こういう田舎だとね、ガーデニングも立派な趣味なんだよ!」
怒って声を荒げる舞歌に、俺は冷ややかな視線を送る。
「ガーデニングって言うのか?これ?」
「当たり前だよ!雑草ガーデニング。一定時期世話したら、あとはほっとけば育つんだから、すごくお手軽だよ」
「お前やっぱりアホな子だろ?」
「ひっどーーい!!」
先程までの、微妙に湿っぽい空気はどこへやら。
ここでも俺達は幼稚な、いつもの口喧嘩を始める。
けど、これでよかったのかもしれない。
舞歌は同情してほしい訳でも労ってほしい訳でもない。
ただ、俺の疑問に答えただけなんだ。
それを聞いた俺が、勝手に言葉につまり、変な空気を作っていただけ。
舞歌はあんな空気を作りたくて俺に言った訳じゃないし、俺だって、あんな空気はごめんだ。
だから、いつもの、心地良いこの雰囲気が作れて、良かったんだ。きっと。
「紡君の馬鹿!アホって言う方がアホなんだからね!」
「小学生か、お前は!!それに、少なくともお前よりはアホじゃないと思う。確実に」
「むきーーっ!!」
……きっと…