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風花  作者:
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風花SideStory14



 しとしとと、静かに雨が空から流れる。


 夏の夕立のような、バケツをひっくり返したような豪雨ではない。けど、霧雨のような弱い雨でもない。

 傘をさすことを無視出来るレベルの雨では、決してない。


 ……この雨は、いつから降っていたのだろう?

 二時間前?一時間前?三十分前?それとも、降り出したばかり?


 『降っている』という事象しか知らない私は、それを知ることは出来ない。……けど、一つだけ、はっきりとわかっていることがある。


 政樹は、あの馬鹿は、二時間前からずっと、あそこで私が出てくるのを待っていたということ。


 整髪料は流れ、セットしていた髪はぺしゃんこになり、服は水を吸い色を変え。


 冬の雨が余計に体感気温を下げているというのに、あの馬鹿は傘もささずに、ああしてずっと立っていたのだ!



「……政樹!」



 エントランスから飛び出した私を、容赦なく雨が襲う。

 髪も服も、あっという間にビショビショに濡れる。髪は顔に貼りつき、服は水を吸って重くなり、とても走りづらい。

 しかし今の私は、そんなことを気にしないくらいに苛立っていた。


 一直線に政樹のもとに走り、彼の前にたどり着くやいなや、私は彼の胸倉を掴み上げる。



「あんたなにしてるの!?こんなに濡れて、馬鹿じゃないの!?」



 帰っていると思っていた。逆ギレして、言いたいことを言って、私は逃げたのだ。普通なら怒って帰る。私ならそうしてる。


 自分の行動を反省し、政樹に謝ろうと思っていたけど、それはあくまで明日の話だ。

 二時間前のこと、と割り切れるほど私は大人ではなかった。

 それに、こんな雨の中立ち続けていた彼の呆れた行動が、腹に据えかねたのだ。



「……お前が俺の話を聞かずに逃げるからだろ」

「……あぁ?」



 苦笑いを浮かべながら言った政樹の言葉に、彼を睨みつける瞳と口調が自然と鋭くなる。


 そんな私を見て、政樹がまた、笑顔を浮かべた。まるで、幼子に向けるような、優しい笑顔。



「人の話は、きちんと最後まで聞くもんだぜ?」

「……あんた、そんなことが言いたくて今までここにいたの?」



 もしそうだとするなら、こいつは底無しの馬鹿だ。


 だが、政樹は小さく首を横に振う。



「最初はさ、本当に立ち尽くしてたんだ。やっちゃった、って。俺が解決してやろう、なんてでしゃばって真希を怒らせた、って自己嫌悪しながら立ち尽くしてた」



 口元に小さい笑顔を浮かべながら政樹は語る。


 私はここにきて、彼の態度の違いに気がついた。


 おどおどしていないのだ。

 二時間前の彼は、自分に自信を持ててはいなかった。

 もし自信を持っていれば、“ああいう”切り出しかたはしなかっただろう。


 しかし、今彼は、私に胸倉を掴まれて睨まれているというのに、全く動揺をしていない。それどころか、私に堂々と意見を言っている。


 二時間前までの彼ではなかった。



「十分くらい立ち尽くしてかな?さすがにこのまま突っ立っていても、なにも変わらないことに気がついた。真希が出てきてもう一度話が出来ればよかったんだけど、そんな保証、どこにもなかったからね。だから帰ることにしたんだ。帰って、明日真希に謝る段取りを考えよう、そう思った時だった。紡から電話があったのは」

「――っ!」



 彼の言葉で、私は自分の愚かさを悟った。


 私が紡の家への道案内人として政樹を連れていったことを、紡は知っている。

 そんな彼に、部屋の場所を電話で聞けば、私達の間になにかあったと容易に想像出来るだろう。


 気になった紡が政樹に連絡をする。彼の性格からすれば、当然の行動だ。


 ……なぜ、そんな単純なことに気づかなかったのだろう?

 気が動転していたにしろ、致命的な判断ミスだ。



「真希。お前さ、紡と舞歌の間に割って入ることなんて出来ないって、割って入ろうとしたところで二人が真希を受け入れることなんてないし、お前達の間にわだかまりが残こるだけ、そう言ったよな?」

「……そうよ。それがどうしたの?」



 動揺を悟られないように、不機嫌な仮面を被り、政樹を睨みつける。

 ……動じない政樹に苛立つ。私の絶対零度の視線を受けながら笑みを浮かべている政樹が、とても、とても腹立たしい。



「……なにがおかしいのよ?」

「真希の思い違いが、かな」

「思い違い?」



 眉を寄せた私に、政樹は変わらない苦笑いを浮かべながら言う。



「知ってるよ。紡も、舞歌も。……二人とも知ってるんだ。真希の気持ちを」

「――っ!?」



 思考が、止まる。言葉を失う。


 耳に入る雨の音。目の前で小さく苦笑いを浮かべている政樹。


 疑問と混乱が不協和音を鳴らす私の世界で、その二つだけがはっきりとした形を作っていた。


 苦笑いを浮かべたまま、政樹が口を開く。



「考えてみれば当然のことなんだよな。俺が気づいたことを、あの二人が見逃すはずなんてない」

「……」



 政樹の言葉を疑う余地はなかった。彼の態度の違いを考慮すればなにかあったことは明白だし、それがこのことだとすればすんなり納得出来る。それくらい、今のほうけた私の頭でも、わかる。


 ……わからないのは、今後私はどうしたらいいのか、ってこと。


 紡と舞歌に知られた。いや、二人が知っていたということを、私が知ってしまった。これが問題だった。


 紡も舞歌も、今日まで私の気持ちを知りながら、気づかないふりをしてきた。だからあの二人は、これからも変わらなく私と接するだろう。

 けど、私は……。


 それを知ってもなお、以前と変わらない態度をとり続けるなんて、私は、出来ない……。


 それはつまり……二人から距離を置かなくてはいけないということ。


 ……絶望が押し寄せる。目の前が、真っ暗になる。



 知られれば(想像とは違う結果だったけど)こうなることは、想像出来ていた。

 だから隠してきたのに……。だから自分の感情を殺してきたのに……。



 これから私はどうしたらいい?色を失った世界で、どうやって生きていけばいいの……?



 茫然自失に陥る。


 頭の中は真っ白になる。体が小さく振るえるのは、雨のせいだけじゃない。


 政樹の胸倉を掴んでいる手からも力が抜け、下に落ちる、途中で、政樹が私の手を受け止めた。


 焦点の合わない虚ろな瞳の私を見て、政樹は苦笑いを浮かべながら言う。



「だからさ、話は最後まで聞くもんだぜ。真希」

「……え?」

「それに、きちんと頭使ってるか?少し考えればわかることだぞ?俺が真希を待っていた理由。それに、真希の気持ちを知りながら黙っていた、紡達の想いも」

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