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風花  作者:
107/112

風花SideStory13



 私と舞歌の出会いは保育園の時。そうはいっても、出会った時の記憶があるわけではない。彼女と仲良くなるような要因もきっかけも、本当になかったからだ。

 家が近かったわけでもないし、親同士が仲がよかったわけでもない。

 取り立てて仲良くなるようなことをした覚えも、された覚えもない。

 それなのに、気がつくと舞歌は私の側にいた。私と一緒に行動をしていた。

 もしかしたらあの子は、無意識に“保護者”もしくは“突っ込み役”を探していたのかもしれない。もちろんそれは、私の想像でしかないのだけれど。


 理由はどうあれ、そうして私達は多くの時間を共に過ごすことになった。

 正反対の性格の私達。だけど、不思議と馬は合った。もちろん喧嘩をしたことは何度もあるけど、それが原因で離れることは一度もなかった。


 保育園から共に過ごした舞歌のことを、私はあの子の母、静歌さん並に知っている自信がある。


 それに、紡のことも。


 付き合いこそ政樹には負けるが、紡が変わる様を直に見ていた私は“今”の紡のことを政樹以上に理解している自信を持っている。


 だから許せなかった。二人のことを“知ったような”口を聞く、政樹のことが。



 はっきりとした害意を瞳に宿し、私は政樹を睨みつけ言い放つ。



「あんたになにがわかるっていうの!?」



 突然あげた私の大声に、道行く人達が私達に視線を向けてくるが、今の私はそんなもの構いもしなかった。

 今日までいろいろと溜まったストレスで低くなっていた私の沸点は、政樹の言葉であっさりと限界を超えてしまった。簡単にいうと、キレてしまったのだ。



「二人なら私の気持ちを受け入れてくれる?なに言ってるの?そんなことあるわけないでしょ!?二人はお互いのことを、本当に想い合ってる!その二人の間に割って入ることなんて出来ないの!割って入ろうとしたところで、二人が私を受け入れることなんてないし、私達の間にわだかまりが残こるだけよ!」

「真希、違っ……」

「だから私はこの想いを忘れるしかないの!なにも知らないくせにわかったような口聞かないで!」

「ま、真希!?」



 政樹を一度睨みつけてから、私は踵を返し、マンションのエントランスへと走った。

 私の行動に驚く政樹を置き去りにし、全力で走る。


 オートロックの鍵の使い方など全く知らなかったけれど、運よく中から出て来る人がいたので、その人とすれ違い様に閉まりかけていた自動ドアの間に体をねじこみ、これまた運よく開いていたエレベーターに駆け込んで適当な階のボタンを押し、ドアが閉まるのを確認したところで、私は壁に体を預けた。



「……なにやってるのよ、私……」



 髪をかき上げ、息を整えながら私はぼやく。


 私の今の行動は、とても情けなかった。とても惨めだった。


 私が政樹にしてしまったことは、考えるまでもなく最悪なことだ。

 苛立ちと不満を、理由をつけて正当化させ、第三者にぶつける。

 おそろしく子供じみた八つ当たり。

 本当に最低で、どうしようもない馬鹿な行動。


 普段の私なら絶対にしない、というのはあまりにお粗末な言い訳だろう。



「……惨めね」



 後先を考えない、あまりにも惨めすぎる自分の言動に、思わず浮かぶ苦笑い。


 好きな男に告白出来ない苛立ちを、その親友にぶつけるなんて本当に愚かだ。

 私はいったいなにをしているのだろうか?



 自分自身が本当に情けない。

 自分自身に本当に苛立つ。


 舌打ちをし、大きなため息をつく。

 とりあえず、頭を冷やさなくてはいけないと思った。

 政樹にきちんと謝らなくてはいけないが、今は、多分出来ない。きっとまたキレてしまうだろう。

 だから謝るのはシャワーでも浴びて頭を冷やしてから――



「……あ」



 考えの途中で、私はある、重大なことに気がついた。



「……紡の部屋の番号、聞き忘れた……」



 踏んだり蹴ったり。泣きっ面に蜂。

 いろいろなことわざが頭をよぎったが、一番しっくりきたのは、自業自得。




 どうするか、散々悩んだあげくに私が取った行動は、『紡に電話して聞く』という、なんとも間抜けなものだった……。







「……ん……」



 ゆっくりと意識が浮上していく。

 けだる体はそのままに、私はゆっくりと重いまぶたを開く。


 もやのかかった視界がはっきりするのと共に、私の目に入る知らない白い天井。



「……あ、そっか。私あのまま寝ちゃったんだ」



 『どこ、ここ?』という疑問を持ったのは一瞬だった。寝起きが悪くない私は、覚醒してすぐに前後関係を思い出す。



 紡の家に入った私は、部屋を観察することもせず、真っ先にバスルームを目指した。頭を冷やす。その行動を実践するためにだ。


 二度ほど関係のない部屋のドアを開けてしまったが、ものの数分でたどり着いたバスルーム。白くて広い浴槽にお湯をはらないのは残念だなー、などと考えながら私はシャワーの蛇口を開いた。


 ――頭を“冷やす”といっても、言葉通り、冷水を頭から浴びたわけでは、もちろんない。舞歌ならお約束で言葉通りの行動をしたかもしれないが、私はそれほど愚かではない。

 年末のこの時期、頭から冷水を浴びればどうなるか。答えは火を見るより明らかだ。


 数分間、適温に調節したシャワーに打たれ続け気分を一新させた私は、湯冷めしないように素早くパジャマに着替える。そうして、先ほど間違えて開けてしまったドアの一つ、中にベッドが置いてあった部屋へと私は足を踏み入れた。


 紡はこの家が残ってることを知らなかったはず。だから荷物が残してあるこの部屋は、おそらく司さんの部屋だろう。


 本来ならば遠慮しなくてはいけないのだろうけど、事前に司さんから「使っていい」と言われていたので、私はなんのためらいもなくベットに横になる。


 ……おそろしく柔らかい低反発のマットレスに衝撃を受けた。私が普段使っている敷布団とは天と地ほどの差だ。


 深夜の通販テレビで、低反発のマットレスが五万円で販売されているのを何度か見たことがある。あの時はたかが寝具に五万も出すなんて勿体ないと思っていたが、その認識は大きく覆された。たかが寝具、されど寝具だ。

 自分の形に変わってくれるマットレスがこれほど心地いいものだとは、思いもしなかった。


 そうやってマットレスの柔らかさを堪能しながら、いつしか私は寝むってしまったようだ。自分で思っていた以上に疲れが溜まっていたらしい。……体力面ではなく、精神面で。



 パジャマのポケットから携帯電話を取り出し、時間を確認する。 時刻は七時前。どうやら二時間ほど寝ていたらしい。


 このままもう一眠りしようかと思っていると、空腹を伝えるベルが鳴る。

 どうやら睡眠欲の次は食欲らしい。


 その欲求を無視し、眠りにつくという選択肢もあることにはあった。けど、お腹空いたと意識した途端、空腹がさらに強まったように思えて。


 しばしの逡巡ののち、私は夕飯を求め、街に出ることにした。二度目の催促のコールが鳴ったから。


 パジャマから私服に着替え、財布と携帯電話だけを持ち、私は草部家をあとにした。



 外食かコンビニか。どちらにしようか悩みながらエレベーターに乗り込む。

 この付近のことを私はほとんど知らない。

 コンビニがどこにあるのかも知らなければ、飲食店だって昼に舞歌達といったところしか知らない。だからと言って、わざわざ代官山のカフェまで行きたいとも思わなかった。


 下手な飲食店に入って、まずいものを食べなくてはいけないのは嫌。かといって、有名なレストランに行って高額を取られるのも嫌。

 つまり残された選択肢は一つだけ。



「……ま、適当に歩いてればコンビニの一つや二つ見つかるわよね」



 そう結論づけ、一階について口を開けたエレベーターからおり、エントランスから出た私は、その場で足を止めた。……いや、止まってしまった、というのが正確だろう。



 いつの間にか降っていた雨に立ち往生をくらったのではない。



 二時間前……。



 ……二時間前と全く同じ場所に立っている、天音政樹の姿を、見つけたから……。

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