風花SideStory12
「へー、いいとこ住んでんじゃない」
渋谷駅から徒歩数分。109から反対側の閑静、とは決して言えないが、駅前よりも静かな場所に紡の家は建っていた。
いや、紡の家と称するのは間違いか。なぜならそこに建っていたのは、十数階建ての高層マンションなのだから。
全面タイル張りの外観や、小洒落たエントランスから、おそらくデザイナーズマンションなのだと判断出来る。賃貸だとしたら、そうとうな値段の家賃を払うことになるのだろう。
外装だけ見た限りだと、下手なホテルに泊まるのよりもいい一夜を過ごせること間違いなかった。内装が伴ってなければなんの意味もないのだけれど。
まあ、紡の私服を見る限りセンスは悪くないので、それなりに期待はしている。
そんな風に外観の感想に一句切つけた私は、政樹の方に顔を向け、風になびく髪を押さえながら言う。
「政樹、ありがとう。ここまでくればあとはわかるから」
「え……?」
私の言葉に政樹は戸惑いの表情。そんな彼の反応に、私は疑問を抱いた。
「なに?どうしたの?」
私の問いに、政樹は視線を右往左往させながら口を開く。その様はかなり挙動不振だ。
私はそんな彼から、さりげなく一歩離れ、彼の言葉を待った。
「え、いや……。ほ、ほら!こんなにでかいと中で迷うだろ?だから部屋の前まで案内しようかなー、なんて……」
「階と部屋の番号さえ教えてもらえれば大丈夫よ。子供じゃないんだから」
「それは……そうだけど……」
視線をあちこちにさ迷わせ、言葉を探している政樹。
そんな彼の姿に、私は冷めた視線を送る。優柔不断な態度が私は嫌いなのだ。
「言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。男でしょ?」
「……」
私の褐が効いたのか、政樹はゆっくりと視線を私の目に定め、大きく深呼吸をし、言う。
「……あのさ、真希。お前、紡のこと……好きなのか?」
「――っ!」
今度はこっちが言葉に詰まる番だった。
頭の中に最大級の混乱が訪れる。
なぜ?どうして?
真っ白になった頭の中に、そんな言葉だけが駆け巡り、まともに思考ができない。
息をすることを忘れているのか、息苦しささえ感じてくる。
「……やっぱり、そうなんだな」
政樹のその言葉に、私は少しだけ冷静さを取り戻す。彼の言葉から、カマをかけられたと思ったからだ。
今ならごまかせる。そう思った私は、呆れた表情を作り、冷めた視線を政樹へと向ける。
胸の高鳴りはまだ納まっていないが、その表情は上手く作れた自信があった。
「なにを言い出すかと思えば。あんた阿呆なんじゃない?」
「……気にしだしたのは、紡と舞歌のことを見る真希の目を見た時。一瞬だけだけど、寂しそうな、切なそうな、そんな目を見た時」
「……」
今度こそ言葉を返せなくなる。
彼の言葉から、彼がカマをかけていたわけではないことがわかったから。
……けど、それでも私はそれを否定しなくてはいけない。悟られるわけにはいかないから。
……でも、言葉が出てこないの。頭の回転が鈍い。言い訳が出て、こない。
「一回だけだったら気のせいだったかもしれない。けど、真希は何度もそういう目で二人を、紡を見ていた」
私が言葉を探している間にも、政樹はどんどん逃げ道を塞いでいく。
自信がないような態度のくせに、彼の舌が止まることはなかった。
「俺は最初、その目の意味がわからなかった。大切な親友を取られて、それで寂しいのかなって、そう思ってた。それが間違いだって気づいたのは、紡と舞歌を見送る真希の目を見た時。『寂しい』って感情と一緒に『安堵』の感情を見た時だった。友達と別れる時に安堵の感情を持つのはおかしい。そう思った俺は、なんでだろう、って考えたんだ。俺、頭悪いからさ、答えが出るのに今までかかっちゃったけど」
苦笑いを浮かべる政樹に、私は目を見張る。
自分でいうのもあれだが、私は自分の感情を隠すのには自信がある。
舞歌のような一種の特種能力を持った人ならまだしも、出会って数時間の人に見抜かれるような仮面を被った覚えはない。
しかし政樹は、私の仮面の微かな揺らぎに気づき、そして正解へとたどり着いた。
おそらく私達が原宿にいた時、彼がよく上の空になっていたのは、そのことを考えていたためだろう。
「……なあ、真希」
怖ず怖ずといった感じで政樹は私の名を呼び、口を開いた。
「言わないのか?……紡に」
――自分の頬がひくっいのが、はっきりとわかった。
もちろん、目の前で私にふざけたことを言った男に対しての怒りによるものだ。
本当ならキレてしまいたい。「それが出来ないから苦しんでいるの!」と。
だがあいにく、私はそれほど子供ではなかった。舞歌という子供のような性格の友人が近くにいたためか、生来の性格か。私は同年代の人達に比べてとても大人びいている、と自分では思っている。
私は怒りの感情を無理矢理飲み込み、呆れた表情を再び作って政樹へと向け、言う。
「あのね、政樹。仮に私が紡のことを好きだったとするわよ?それで?それを紡に伝えてどうなるの?あいつは舞歌と別れるつもりなんてない。それはもちろん舞歌だって一緒よ。あの二人は本当に、お互いのことを想い合ってる。そんな二人の間に、無意味に、しかも親友である私が不和の種を作ってどうするのよ?」
それは政樹に言った言葉であり、私自身に何度も言い聞かせた言葉であり、そして、現実そのものだった。
そう、言えるわけがないのだ。言ってしまえば壊れてしまうから。
私達の関係が。今の私達の雰囲気が。
お互いを意識して遠慮しあう日常。
そんなつまらない日常なんて、私は堪えられないし、いらない。
だからいいのだ。このままで。
私が他の人を好きになるまで我慢すればいい。私はそう思っていた。
太陽を雲が隠し、少しだけ辺りが暗くなる。
明るかった街に生まれる陰り。そんな些細な変化が、なんとなく寂しく感じたのは、報われない恋を声に出して再確認してしまったからだろうか。
「……二人なら」
冷めた私の目を、政樹はしっかりと見つめ返し、静かに、けどしっかりとした口調で言った。
「二人なら、真希の気持ちを受け入れてくれるんじゃないかな?」
「……え?」