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風花  作者:
105/112

風花SideStory11



 人々のざわめきが奏でる音楽。そこに加わる車の音色に電車の音色。そこら中から聞こえてくる、統一感のない歌達。不協和音の四重奏に迎えられて、私達は渋谷の駅へと降り立った。

 間もなく日没を迎えようとしているのに、人は減るどころか増える一方のようだ。原宿に向かった時よりも、JR渋谷駅のハチ公口は人で溢れかえっていた。


 改札を出て目と鼻の先に、地下へと下りる階段がある。知子はその前で立ち止まった。

 ――こんな所で普通は立ち止まったりしない。待ち合わせにしろ話をするにしろ、普通は隅の方に寄るものだ。現に立ち止まっている私達に向け、階段から上がってきた人、下りる人から非難の視線が浴びせられている。

 しかしそんなものを知子は気にした様子もなく、満足感に満ちた笑顔を浮かべる。



「いやー、本当今日は楽しかったわ!」

「……そりゃあれだけ俺で遊べばな……」

「あら、シカトされるよりもいいじゃない」

「……お前って本当、いい性格してるよ」



 政樹が変わってから、彼と知子の関係は変わった。劇的に変わった訳ではないが、二人の間の険悪さは完全に払拭されていた。

 このような軽口も、平気で言い合えるように。



「ところで真希」



 政樹を軽くあしらった知子が、鞄から携帯電話を取り出す。お互いの番号とメールアドレスは昼食時に交換し合ったため、そのために取り出した訳ではない。

 なんだろうと首を捻る私に向かい、知子は携帯電話をいじりながら口を開いた。



「明日何時?」



 あまりに短的な言葉に、私は一瞬なんのことか理解出来なかった。と、いうかその言葉だけでわかる方が小数だろう。

 しかし私は、幸いにもその小数に含まれていた。一瞬ののち、すぐに彼女がなにを言っているのか理解し、答える。



「舞歌の手術が十時からで、その前に麻酔とかいろいろするだろうから、私は八時半には舞歌の病室に行くつもりよ」

「はやっ!んー……じゃあここに八時ね」



 起きるの七時かよー、などと顔をしかめ、ぶつぶつ呟き携帯電話をいじる知子。おそらく目覚ましのセットをしているのだろう。

 そんな知子に、私は悪戯な笑顔を向ける。



「あら、知子、一緒に行くつもり?」



 私の言葉に、ろこつに嫌そうな表情を浮かべる知子。突っ込んでほしくない。そう思っているのは明白だった。

 しかし、彼女はわかっていない。そんな顔をすればするほど、私の悪戯心が動くことを。



「どういう風の吹き回し?熱でもあるのかしら?」

「……あんた、本当にいい性格してるじゃない」

「あら、心外ね。あんたが私の立場だったら、同じことしてたんじゃないの?」

「……それもそうね」



 少しだけ考えてから、知子は同意し、ため息とともに頷いた。


 ――私と知子はよく似ている。性格や嗜好は違うが、同類と言ってなんの問題もないだろう。

 だから私が思いついた悪戯は彼女だって思いつくし、私がしたように実行に移すだろう。

 おそらく彼女は考えたはずだ。自分が私と同じ立場だったらどうしていたかを。そして答えはあっさりと出たのだろう。“同じことをしていた”という答えが。



「ま、一応顔くらいは見にね。会うの最後かもしれないし」

「……素直じゃないわね」



 憎まれ口を叩く知子を見て、自然と浮かぶ苦笑い。本気で言っているのではないと彼女の瞳が語っていた。ベクトルは違えど、ひねくれた性格も似ているらしい。



「なんとでも言えば?じゃあ、私帰るから」

「明日少しでも遅れたらおいてくからね」

「はいはい」



 地下へと続く階段を下りながら、私達に背を向け手を左右に振る知子。

 彼女の姿が見えなくなるまで見送った私は「さてと」と声をあげ、政樹の方へと顔を向ける。



「それじゃあ……って、政樹?どうしたの?」



 顔を向けた先にいた政樹は、妙に神妙な顔をして、知子が見えなくなった階段を見つめていた。



「いや……あいつ、案外いいやつだったんだなって……」



 政樹の言葉に、目を見開く。

 驚いた。政樹の口からまさかそんな言葉が出るとは、思いもしなかったから。


 人は、相手に対して一度抱いてしまったイメージを払拭することがそう簡単には出来ない。得に負のイメージに関しては。

 一度『ムカつく』とか『嫌なやつ』とか思ってしまうと、たいていそのイメージは一貫して変わることはない。

 私だってそうだ。嫌いな人間の一人や二人いるし、彼らに対して嫌なイメージを持っている。

 だからこそわかるのだ。嫌いな相手を、嫌なイメージを抱いていた相手を、認めることの難しさが。


 知子のことを嫌っていた政樹。そんな彼が、今では彼女を認め受け入れている。

 知子だってそうだ。政樹のことを、自分の利にならない人間を空気ののように扱っていた彼女が、今では舞歌のことを心配し、舞歌のために自分の時間を割こうとしている。


 ……嬉しかった。誇らしかった。

 変わった二人が。そして、彼らを変えた舞歌と紡の存在が。


 きっとこの連鎖は、これからも続いていくだろう。

 舞歌と紡は、自然と人を変えてしまう影響力を持っているから。そして、彼らによって変えられた人も、同様の力を持つようになるから。


 ――私は来年、卒業する。だから二人が人を変えていく様を私は見ることが出来ない。

 けど、東京には彼らが、舞歌と紡と同様の力を持ち始めた二人がいる。


 そんな二人と過ごすことを、二人が変えていく人達のことを想像すると、私の口元は自然と緩んだ。絶対に楽しくなる。そんな確信があったから。



 私は微笑みを浮かべながら、いまだに知子が下りて行った階段を見続けている政樹に向け口を開く。



「ほら、政樹。私達も暗くなる前に行きましょ」

「え……ああ、そうだな。じゃあこっちに……」

「政樹」



 紡の家があるであろう方向を指差し、歩き出そうとした政樹を私は呼び止める。「どうした?」と振り返った政樹に、私は今日何度目になるかわからない鳥肌を抑えながら告げる。



「送り狼になっちゃ、やだよ?」

「――っ!なるかっ!」



 渋谷駅の視線を一人占めした瞬間だった。

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