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風花  作者:
103/112

風花SideStory9



「あんた真面目に男よけする気あるわけっ!?」

「どーしろっていうんだよ!?俺に!」



 原宿駅から十五分と歩いていないそこまで広くない通り、通称裏原通りに政樹と知子の声が響く。

 行き交う人と無秩序に置かれた衣服達。ごみ箱をひっくり返したかのような乱雑さが当たり前になっている通り。年末のセールなどもやっているためか、当然人は多く、政樹と知子は……言いたくはないが、私達は、とても目立っていた。


 ――事の次第はここに来るまでの道程に至る。

 舞歌と紡と別れたあと、私は口約通り知子と政樹を連れて原宿へと向かった。知子は私の服装を見て私の好みの傾向を大まかに把握してくれたのか、いろいろな店をピックアップしてくれ、ウインドウショッピングの計画は順調に進んだ。だが一方、政樹の方は順調ではなかった。

 私達との距離の取り方がわからないのか、単にへたれなのか。政樹はずっと、私達の後ろを歩いていたのだ。

 第三者、しかもナンパをしようとする連中から見たら、政樹はただの通行人にしか映らないだろう。

 そういう理由で私達はここに来るまでに、既に三度、そういう痴的な誘いを受け、三度目のチャラ男達を蹴散らした(文字通り、執拗なナンパにいらついた知子が蹴り飛ばしたのだ)あと、知子が政樹を怒鳴った、という訳だ。


 私は頭を悩ませた。

 確かに政樹は私と知子に巻き込まれた形になる。だから彼の言い分もわからない訳ではない。が、しかし。私達がナンパにあっているにも関わらず、ぼーっと何かを考えたまま助けに入らないその態度は気に入らなかった。

 親友とはいえ、悩みの種のバカップルがいないのだから、存分にウインドウショッピングを満喫するはずなのに、これでは余計なストレスしか溜まらないではないか。

 そうやって、自己中心的な考えをしていた私の脳裏に、ある閃きが走る。それは私の悪戯心を大きくくすぐって。

 溜まっていたストレスを発散する機会を得た私は、なんのためらいもなく、それを行動に移すことにした。

 このあと慌てふためくであろう彼の姿を想像して私は口の端を上げあがら、いまだに知子と口論をしている政樹へと、そーっと近づいた。



「じゃあ、こうすればいいんじゃないの?」

「ま、真希っ……!?」



 私が近づいたことに気がつかない政樹の右腕を、舞歌が紡のそれでよくやるように抱きしめると、彼は予想通りの反応を見せてくれた。

 舞歌よりも少し大きいことが自慢な胸を、押し当てるようにして腕を抱く行為はかなり恥ずかしかったが、それよりも、テンパる彼を見て楽しむ方が強かった為、平然を装うことが出来た。

 素直に「好き」と言うことが出来ないのは、案外、こういうことが原因なのかもしれない。


 そんなことを頭の隅で他人事のように思いながら、私は更に政樹をいじるべく、新たなアクションを起こす。



「ね?こうすれば恋人同士だと思われて、ナンパもなくなるでしょ?」



 おそらく、今着ている服の下の腕には、かなりの鳥肌が立っていることだろう。

 上目使い、しかも甘えたような口調など、私の性には合わない。しかし政樹をいじる為にあえてそれをやるのだから、もしかしたら私は女優などになれるのかもしれない。なるつもりなど、到底ないが。



「いや、だからって……!」

「それは良い考えね」



 二の句が告げない政樹に、これ以上ないタイミングで知子が追い打ちをかける。言葉と共に、空いている方の政樹の腕に、するりと腕を回し、私がしているようにきつく、腕を抱きしめた。

 まるで打ち合わせしたかのようなやり取りだが、私は合図など一度も送っていない。瞳は政樹のあちこちに移動する目を捉えていたし、両腕は彼の腕を抱くのに使っている。

 それなのに、こうしたら面白いだろうなー、という私の考えに合わせたように動けるのだから、やはり彼女と私は悪友になれるのだろう。政樹にしたら堪ったものじゃないだろうが。



「おま……っ!?何を……!?」

「うん。確かにこれならナンパはなくなるわね。真希、ナイスアイディア」



 パチリ、と綺麗なウインクを私に送る知子。

 彼女のウインクには二つの意味が込められていたのを、私はしっかりと悟っていた。

 一つは、言葉通りの意味。ナンパがなくなる良いアイディアだ、と私を褒める意味。

 もう一つは、政樹をいじる良いアイディアだ、と私と同類であることを認める黒い意味。

 そのどちらも理解しているという意味を込めて、「でしょ?」と私もウインクを仕返した。

 そんな私達のやり取りに、政樹は首だけを左右に動かし、異論を唱える。腕や体を一切動かそうとしないのは、動けば、より私達の胸に腕があたり、その結果私達が彼をいじることを本能で悟っているからだろう。



「でしょ、じゃねーよ!お前ら何やってるの!?恥ずかしくないの!?」



 顔を赤く染めながら、そう喚く政樹。確かに彼からしたらそれは当然の訴えだが、今回は相手が悪かった。

 私達悪友コンビにとって、そういう反応は極上の獲物にしかならない。



「何って、見てわからない?腕、組んでるの。恥ずかしくないわ。むしろ楽しいくらい」



 あなたの反応を見ているのが、という言葉は、もちろん抜いておいた。そっちの方が楽しいからだ。



「別に。いつもやってることだし。それにいいじゃない。両手に華よ」



 そう言い切った知子は、本当に恥ずかしくなどないのだろう。にやりと浮かべた黒い笑顔が、心から政樹の反応を楽しんでいるのを物語っていた。



「両手に華って、確かにそれはそうだけど、そうじゃなくて……!」

「それじゃ、行きましょうか。とりあえず私が引っ張るから、ついて来て」

「ええ。わかったわ」

「だからー!少しは俺の意思も……」

『うるさい』

「……これってイジメだよな……。絶対……」



 重なった私達の声に、政樹は小さく呟いてから反抗をやめた。どうやら悟ったらしい。

 おとなしくなった政樹を引き連れながら、なくなったナンパの代わりに向けられる好奇の視線を黙殺しながら私達は原宿の街を歩く。


 田舎からも、閑静な街からも掛け離れた街、原宿。

 私の隣にいるのはいつものメンバーではなく、今日初めて会った、想い人の親友と元彼女。

 何をしているんだろうと、自分でも不思議に思う。異色の組み合わせとも言える私達なのに、なんでこんなにもみんなが笑顔でいられるのだろうか?

 考えてみても答えなんて出ない。出てくるのは笑顔ばかりで。


 目的はない。買いたいものも、得にない。

 道案内を頼んだくせに、私は原宿の道を、街を覚える気などなかった。合わないと再確認したからだ。やはり私は、代官山のような静かな街の方が性に合うらしい。


 それなのに、なんの目的も期待もないくせに、なぜ私はこうして笑っているのだろうか?

 知子という、親友とは少し違う悪友が出来たから?

 政樹という、紡とは少し違ういじると楽しいオモチャに出会えたから?

 こうして、一人ではなく友人達と東京の街を歩いているから?


 そのどれもが正しく、間違いに思える。


 理由が定かではないなんて、とても私らしくない。

 私は考えてから動くタイプだ。まず頭で考えてから、行動に移す。今までもそうだったし、きっとこれからもそうなのだろう。

 その私が、自分がなぜ楽しいのかわからないなんて、ある意味異常だった。


 ……けど、と。今はそれでいい、と私は思っていた。

 今はこの、理由のわからない楽しさに身を任せていたい。そう思えたんだ。



「政樹。なんだか歩き方がぎこちないわよ?それに顔がすごく赤いし」

「……真希。お前、絶対わかって言ってるだろ?」

「さぁ?なんのことやら」

「……この小悪魔が……」



 なるべく体を動かさないように歩く政樹に、より体を密着させ、覗き込むようにして会話をする。

 似合っていないのは百も承知。

 こんなことをして、必要以上に目立っているのも理解してる。

 でも、今は楽しみたかったから。楽しかったから。

 だから私は、普段はやらないそんな自分の行動を楽しんだ。


 ……意外に逞しかった政樹の腕に、少しだけ、ドキドキを感じながら……。

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