風花SideStory8
知子がうざいと称した舞歌と紡。この店にいるたいていの人はそう感じているだろう。
しかし、私はそうは思ってはいなかった。
羨ましかったんだ。舞歌のことが。
もちろん、客観的に見ればこんなバカップルはうざいのだろうし、私もそう思う。
けど、そんな感情と一緒に、私は羨ましさも感じていて。
紡のことが好きだから、というのも理由の一つ。けど一番の理由は、舞歌が愛情表現を素直にしている、ということなんだろう。
私は彼女のように素直に愛情表現が出来ない。今している恋に問題があるから、っていうのもあるんだろうけど、なによりそういう性格なんだ。私が。
からかったり、冗談混じりの過激な発言は出来ても、本気で「好きだ」とは言えない。
私は紡が初恋ではない。この十八年間、人並みに恋をしてきたし、異性と付き合ったことも、二回ある。
私は彼らに対して、私なりに愛情表現をしてきたつもりだった。私なりに「好き」って言ってきたつもりだった。けど、二人からとも『真希の気持ちが、何を考えているかわからない』という理由で、私はフラれた。
ふざけるな、と思った。私の気持ちが、考えがわからないと言ったお前らは、私の気持ちをわかろうとしたのだろうか?私の体以外に興味を持とうとしたのだろうか?
男を見る目がない、と言われてしまえばそれまでだが、だからこそ私は舞歌が羨ましかった。自分の気持ちを素直に表現出来ていれば、何かが変わっていたのかもしれないのだから。
そんな望んでもいない未来を想像してため息を一つ。しょせんは無い物ねだり。可愛い私なんて、想像しただけで鳥肌が立つ。
私のそんなコンプレックスも、周囲からの冷たい目も、全く気にした様子もなく(紡はきちんと周りが見えているらしく、顔が引き攣っていたが)いちゃつくバカップル。
これ以上これを見せつけられるのは、主に私のストレスの原因にしかならないので、この事態を解消させるため、また、自身の目的のためにも、私は重い口を開いた。
「……確認、なんだけど、紡は舞歌側から離れるつもりはないわけね?」
「ん……まあ、そうなるな」
照れ臭そうな紡の態度も、その言葉も、私の苛立ちをあおるだけだったが、私は内心で舌打ちをすることでその苛立ちを無理矢理処理し、話しを進める。
「じゃあ私は、勝手にあんたの家にあがって、自由に一晩を過ごしていい、ってわけよね?」
「……言い方がすげー気になるけど、まあ、そういうことになるのか……?親父も許可したみたいだし……」
ストレスを無理矢理処理したようで、実は上手く出来ていなかったらしい。紡へ向けて言った言葉の端々から刺が出ていた。
不安そうな、微妙な表情の紡に、私は今度こそ自分の感情をコントロールし、言う。
「安心して。舞歌よりも数段常識人だって自信があるから」
「真希……。それってどういう意味……?」
「まあ、それもそうか」
「……もしかして、私、イジメられてる……?」
息の合った舞歌いじめ(どうやらまだ少しストレスが残っていたらしい)に満足し、そしていじける舞歌を放置したまま、私は知子へと言葉を続けた。
「じゃあ知子。悪いんだけど、原宿巡りの後、紡の家に案内してほしいんだけど」
「あ、ごめん。無理」
当然、了承の返事が返ってくるとばがり思い込んでいた私は、知子のその言葉が、よく、理解出来なかった。
軽い混乱に見回れながら、戸惑いながら、私はうかがうように、再度知子へと言葉をかける。
「えと……無理って、どういう……」
私の疑問に対する知子の答えは、実に簡単だった。
「だって、私紡の家、行ったことないし」
「……は?」
決して知的ぶる訳ではないが、この時の私は、普段見せることのない、間の抜けた表情をしていたに違いない。
聞いた話しで、詳細など一切知らないが、紡と知子は約一年間付き合ってきた。その間一度も彼女が彼氏の家に行かないことなどあるのだろうか?
逆の場合なら、まあ考えられなくもないし、そういう、外だけでしか会わないカップルがいることも否定はしない。
しかし知子の性格を考えると、紡の、正確に言うなら医者の息子の家に行かないのはありえないことだ。少なくとも私は、彼女の性格をそう認識していた。
「嫌だったのよ。生活レベルの違いを見せつけられるのが」
そういう疑問が表情に出ていたのか、知子は肩をすくめて説明を始める。
「あくまで私の偏見とイメージでしかないんだけど、医者ってすっごい金持ちなわけよ。現に紡にねだったブランド品は大半が手に入ったし」
知子の言葉を受け、ちらりと紡に視線を送ると、彼はとても苦い表情を浮かべていた。同情するつもりはないが、どうやら彼にとって、それは葬り去りたい黒歴史の一つらしい。
そういう黒歴史の原因の片割れである知子は、そんなものを気にした様子もなく、言葉を続ける。
「ま、そんな訳で、成金趣味満載の家には行きたくなかったの。それに、家庭内とか見て下手に情が移るのも嫌だったしね」
実に彼女らしい、ばっさり、という擬音が聞こえそうな言葉を、まるで他人事かのように知子は言い放つ。
紡の顔が更に引き攣るのを視界に納めながら、しかし私は、それに関して特別に関心を払わなかった。それこそ他人事でしかないから。
しかし他人事では済まない事の成り行きに、私は声を上げる。
「ちょっと、それじゃあ私はどうやって紡の家に行けばいいわけ?」
ややへこんでいる紡に構う事なく言い放つ。いくら惚れているとはいえ、それよりも今夜の寝床の方が今は重要だった。
そんな私の物言いに対し、紡は非難の眼差しを向けてきていたが、効果がないのを悟ると重いため息を吐いてから口を開く。
「俺が送っていってもいいんだけど、政樹、俺の家知ってるよな」
紡にしたら何気なく言った言葉だったのだろう。しかし、その瞬間、彼の運命は決まったのだ。
知子と自然と交わすアイコンタクト。それだけで今後の行動を全て察知し合えるのだから、きっと私達はいい友人になれるだろう。友、の前に“悪”の字がつくかもしれないが。
「政樹、この後暇?」
先陣を切ったのは、私。そうすることが一番効率的だと、私も知子もわかっていたから。
「え……?ああ。得に予定はないけど?」
「じゃあ決定ね」
知子のその言葉に、政樹は「はぁ?」と怪訝そうな表情。どういう意味なのかと、政樹が口を挟む前に、私が言葉を発する。
「紡の家まで案内してよ」
「え……。あー……え?」
「今日みたいな日、原宿、ナンパがうざいだろうから、あんた、男よけね」
「は!?お前何勝手に……」
「男よけにもなる。紡の家へも行ける。一石二鳥だと思わない?」
「それは真希にとってのメリットで、俺にはなんのメリットも……」
「私と真希。二人の美人と一緒に歩けるだけでメリットだと思うけど?」
「真希はともかく、お前はなぁ……」
「やっぱりこいつ殴るわ」
拳を握り締め立ち上がりかけた知子をなだめ、私は最終兵器を行使した。
「私が政樹と一緒にいたいんだけど、駄目かしら?」
今の言葉は、あえて何文字か抜かして言っている。そっちの方が私の利になることがわかりきっているから。
今の言葉を正確に、一文字も欠けることなく言うのなら、『私が“楽をするために”政樹と一緒にいたいんだけど、駄目かしら?』になる。
とんでもない悪女の所業だという自覚はある。しかし、なぜだか、政樹ならいいか、と思えてしまったのだ。
私の言葉が欠けていると、知子も舞歌も、紡でさえもが気づいている。そんな中、ただ一人。哀れにも極上の口説き文句だと勘違いし、それがラベルだけの偽物であることにも気がつかず、ただ酔いしれることになった政樹の頬は赤らみ、挙動不審になっていた。
そんな哀れなスケープゴートを救おうとするものは、少なくとも私達四人の中には、いなかった。
「はぁ……。それじゃあ、そろそろ行く?」
政樹に向けて呆れた、冷めた視線を向け大きなため息をついた後、知子はそう促す。これに対して政樹も紡も舞歌も、異論はないだろう。
しかし、今の私にはあったのだ。異論が。
「ねえ、知子」
「ん?何?」
「私、デザート食べたいんだけど」
「…………」
ストレスを発散仕切った私は、自分の価値観を貫くことにした。
やはり、それが私らしいから。
「……好きにすれば」
額に手をあて、大きなため息を吐く知子。ア然とする紡達の視線を受けながら、静かに立ち上がる私。
主導権が、完全に私へと移った瞬間だった。