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風花  作者:
102/112

風花SideStory8



 知子がうざいと称した舞歌と紡。この店にいるたいていの人はそう感じているだろう。

 しかし、私はそうは思ってはいなかった。

 羨ましかったんだ。舞歌のことが。

 もちろん、客観的に見ればこんなバカップルはうざいのだろうし、私もそう思う。

 けど、そんな感情と一緒に、私は羨ましさも感じていて。

 紡のことが好きだから、というのも理由の一つ。けど一番の理由は、舞歌が愛情表現を素直にしている、ということなんだろう。


 私は彼女のように素直に愛情表現が出来ない。今している恋に問題があるから、っていうのもあるんだろうけど、なによりそういう性格なんだ。私が。

 からかったり、冗談混じりの過激な発言は出来ても、本気で「好きだ」とは言えない。


 私は紡が初恋ではない。この十八年間、人並みに恋をしてきたし、異性と付き合ったことも、二回ある。

 私は彼らに対して、私なりに愛情表現をしてきたつもりだった。私なりに「好き」って言ってきたつもりだった。けど、二人からとも『真希の気持ちが、何を考えているかわからない』という理由で、私はフラれた。

 ふざけるな、と思った。私の気持ちが、考えがわからないと言ったお前らは、私の気持ちをわかろうとしたのだろうか?私の体以外に興味を持とうとしたのだろうか?

 男を見る目がない、と言われてしまえばそれまでだが、だからこそ私は舞歌が羨ましかった。自分の気持ちを素直に表現出来ていれば、何かが変わっていたのかもしれないのだから。


 そんな望んでもいない未来を想像してため息を一つ。しょせんは無い物ねだり。可愛い私なんて、想像しただけで鳥肌が立つ。


 私のそんなコンプレックスも、周囲からの冷たい目も、全く気にした様子もなく(紡はきちんと周りが見えているらしく、顔が引き攣っていたが)いちゃつくバカップル。

 これ以上これを見せつけられるのは、主に私のストレスの原因にしかならないので、この事態を解消させるため、また、自身の目的のためにも、私は重い口を開いた。



「……確認、なんだけど、紡は舞歌側から離れるつもりはないわけね?」

「ん……まあ、そうなるな」



 照れ臭そうな紡の態度も、その言葉も、私の苛立ちをあおるだけだったが、私は内心で舌打ちをすることでその苛立ちを無理矢理処理し、話しを進める。



「じゃあ私は、勝手にあんたの家にあがって、自由に一晩を過ごしていい、ってわけよね?」

「……言い方がすげー気になるけど、まあ、そういうことになるのか……?親父も許可したみたいだし……」



 ストレスを無理矢理処理したようで、実は上手く出来ていなかったらしい。紡へ向けて言った言葉の端々から刺が出ていた。

 不安そうな、微妙な表情の紡に、私は今度こそ自分の感情をコントロールし、言う。



「安心して。舞歌よりも数段常識人だって自信があるから」

「真希……。それってどういう意味……?」

「まあ、それもそうか」

「……もしかして、私、イジメられてる……?」



 息の合った舞歌いじめ(どうやらまだ少しストレスが残っていたらしい)に満足し、そしていじける舞歌を放置したまま、私は知子へと言葉を続けた。



「じゃあ知子。悪いんだけど、原宿巡りの後、紡の家に案内してほしいんだけど」

「あ、ごめん。無理」



 当然、了承の返事が返ってくるとばがり思い込んでいた私は、知子のその言葉が、よく、理解出来なかった。

 軽い混乱に見回れながら、戸惑いながら、私はうかがうように、再度知子へと言葉をかける。



「えと……無理って、どういう……」



 私の疑問に対する知子の答えは、実に簡単だった。

「だって、私紡の家、行ったことないし」

「……は?」



 決して知的ぶる訳ではないが、この時の私は、普段見せることのない、間の抜けた表情をしていたに違いない。

 聞いた話しで、詳細など一切知らないが、紡と知子は約一年間付き合ってきた。その間一度も彼女が彼氏の家に行かないことなどあるのだろうか?

 逆の場合なら、まあ考えられなくもないし、そういう、外だけでしか会わないカップルがいることも否定はしない。

 しかし知子の性格を考えると、紡の、正確に言うなら医者の息子の家に行かないのはありえないことだ。少なくとも私は、彼女の性格をそう認識していた。



「嫌だったのよ。生活レベルの違いを見せつけられるのが」



 そういう疑問が表情に出ていたのか、知子は肩をすくめて説明を始める。



「あくまで私の偏見とイメージでしかないんだけど、医者ってすっごい金持ちなわけよ。現に紡にねだったブランド品は大半が手に入ったし」



 知子の言葉を受け、ちらりと紡に視線を送ると、彼はとても苦い表情を浮かべていた。同情するつもりはないが、どうやら彼にとって、それは葬り去りたい黒歴史の一つらしい。

 そういう黒歴史の原因の片割れである知子は、そんなものを気にした様子もなく、言葉を続ける。



「ま、そんな訳で、成金趣味満載の家には行きたくなかったの。それに、家庭内とか見て下手に情が移るのも嫌だったしね」



 実に彼女らしい、ばっさり、という擬音が聞こえそうな言葉を、まるで他人事かのように知子は言い放つ。

 紡の顔が更に引き攣るのを視界に納めながら、しかし私は、それに関して特別に関心を払わなかった。それこそ他人事でしかないから。

 しかし他人事では済まない事の成り行きに、私は声を上げる。



「ちょっと、それじゃあ私はどうやって紡の家に行けばいいわけ?」



 ややへこんでいる紡に構う事なく言い放つ。いくら惚れているとはいえ、それよりも今夜の寝床の方が今は重要だった。

 そんな私の物言いに対し、紡は非難の眼差しを向けてきていたが、効果がないのを悟ると重いため息を吐いてから口を開く。



「俺が送っていってもいいんだけど、政樹、俺の家知ってるよな」



 紡にしたら何気なく言った言葉だったのだろう。しかし、その瞬間、彼の運命は決まったのだ。

 知子と自然と交わすアイコンタクト。それだけで今後の行動を全て察知し合えるのだから、きっと私達はいい友人になれるだろう。友、の前に“悪”の字がつくかもしれないが。



「政樹、この後暇?」



 先陣を切ったのは、私。そうすることが一番効率的だと、私も知子もわかっていたから。



「え……?ああ。得に予定はないけど?」

「じゃあ決定ね」



 知子のその言葉に、政樹は「はぁ?」と怪訝そうな表情。どういう意味なのかと、政樹が口を挟む前に、私が言葉を発する。



「紡の家まで案内してよ」

「え……。あー……え?」

「今日みたいな日、原宿、ナンパがうざいだろうから、あんた、男よけね」

「は!?お前何勝手に……」

「男よけにもなる。紡の家へも行ける。一石二鳥だと思わない?」

「それは真希にとってのメリットで、俺にはなんのメリットも……」

「私と真希。二人の美人と一緒に歩けるだけでメリットだと思うけど?」

「真希はともかく、お前はなぁ……」

「やっぱりこいつ殴るわ」



 拳を握り締め立ち上がりかけた知子をなだめ、私は最終兵器を行使した。



「私が政樹と一緒にいたいんだけど、駄目かしら?」



 今の言葉は、あえて何文字か抜かして言っている。そっちの方が私の利になることがわかりきっているから。

 今の言葉を正確に、一文字も欠けることなく言うのなら、『私が“楽をするために”政樹と一緒にいたいんだけど、駄目かしら?』になる。


 とんでもない悪女の所業だという自覚はある。しかし、なぜだか、政樹ならいいか、と思えてしまったのだ。


 私の言葉が欠けていると、知子も舞歌も、紡でさえもが気づいている。そんな中、ただ一人。哀れにも極上の口説き文句だと勘違いし、それがラベルだけの偽物であることにも気がつかず、ただ酔いしれることになった政樹の頬は赤らみ、挙動不審になっていた。


 そんな哀れなスケープゴートを救おうとするものは、少なくとも私達四人の中には、いなかった。



「はぁ……。それじゃあ、そろそろ行く?」



 政樹に向けて呆れた、冷めた視線を向け大きなため息をついた後、知子はそう促す。これに対して政樹も紡も舞歌も、異論はないだろう。

 しかし、今の私にはあったのだ。異論が。



「ねえ、知子」

「ん?何?」

「私、デザート食べたいんだけど」

「…………」



 ストレスを発散仕切った私は、自分の価値観を貫くことにした。

 やはり、それが私らしいから。



「……好きにすれば」



 額に手をあて、大きなため息を吐く知子。ア然とする紡達の視線を受けながら、静かに立ち上がる私。

 主導権が、完全に私へと移った瞬間だった。

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