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風花  作者:
101/112

風花SideStory7



「……鍵ってどこの?」

「あんたの家のに決まってるじゃない。他にどこがあるの?」

「……お前、大学の下見に来たんじゃなかったのか?」

「してるじゃない。こうしてみんなで集まれる場所探したり、このあと原宿にも行くし」

「は?」



 要領を得ていない紡の表情に、私の彼を見る視線の温度が急激に下がる。絶対零度、とまではいかないが、少なくとも友好的な眼差しではない。



「……紡。あんた、まさかとは思うけど、こんな年末にオープンキャンパスがあると、本気で思ってる訳?」

「……あ」



 彼が口にしたのは、そのたった一言、いや、たった一文字。

 けど、その一文字で充分だった。私の視線を、今度こそ絶対零度に到達させるのには。


 呆れ果てた冷めた視線を彼の瞳に叩き込みながら、私はゆっくりと、口を開く。



「紡。あんた、来年受験するつもりなのよね?なんでオープンキャンパスの日程を知らないの?」

「あ、いや。その……」



 引き攣った笑顔で視線を上下左右させる紡の目から、私は視線を外すことはなかった。

 せっかく訪れたストレス発散の機会を、見逃すつもりは、ない。



「仮になんらかの事情があって知らなかったとしても、年の瀬にオープンキャンパスがあると考えてしまうのは、少し教養に欠けるんじゃない?」

「う……」



 一般論と正論を織り交ぜ、ねちねちと、執拗に紡を責める。これはあとで紡から聞いた話しなのだけど、この時の私は、とても生き生きしていたらしい。


 紡から視線を外し、わざとらしく肩をすくめ、わざとらしく盛大にため息をつく。そうやって嫌みたっぶりな態度を見せつけてから、私は口を開く。



「そんなんで本当に受かるとでも思ってる訳?浪人するのが関の山ね」

「……スイマセン。もう勘弁していただけませんか……?」

「ん。じゃあ、鍵」



 今までの冷めた眼差し、執拗な口撃が嘘であるかのように、私はにっこりと笑う。


 本音だったとはいえ、今までの言葉は、所詮、ただのストレス発散にしか過ぎない。

 ストレスはある程度発散したし、あまりいじり過ぎてふて腐れられても面倒なので、私は話しを進めることにした。


 私のその言葉と、劇的なまでの表情の変化に、紡は露骨に顔をしかめる。



「……なあ。本当に家に泊まるつもりなのか?」

「当たり前よ。ホテルなんかに泊まったら、お金がもったいないじゃない。それとも何?私に、手術の結果だけ伝えるつもり?」



 半眼で紡を睨むと、彼は大きなため息をついて。そうして、頭をがしがしとかきながら口を開く。



「そうは言ってないだろ……。ただ俺もしばらく帰ってないから、家の中が今どうなってるのか、わからないぞ?」

「それなら問題ないわ。司さん、定期的に掃除を頼んでいたらしいし、ガス、水道、電気もそのままで、寝具もあるって言っていたから」

「いつの間に確認したんだよ……」



 額に手をあて、俯く紡。苛立ちと憂鬱、伝わってきた二つの感情をあえて黙殺し、私は紡へと手を差し出して言う。



「そういう訳だから、なんの問題もないわ。だからさっさと鍵を出しなさい」

「あー!わかったよ!」



 頭をがしがしとかきながら、紡はポケットから銀色の鍵を一本取り出し、私の前に差し出す。

 キーホルダーも何も付いていない素っ気ないそれを、私はしっかりと、笑顔で受け取った。



「ありがとう。優しいわね」

「……よく言うぜ。なかば脅迫だったじゃねえか……」

「何か言った?」

「いいえ、なんにも!」



 頭をがしがしとかきながら顔を上へと向ける紡。それは彼が苛立っている時にとるポーズであると、私は知っていた。

 そんな彼の姿を見て、ちょっとやり過ぎたかな、なんて思いながら、私は口を開く。しかし出てきたのは謝罪の言葉ではなく、私らしいからかいの言葉だった。



「ま、いいわ。……ねえ、紡。お礼に一緒に寝てあげようか?」

『なっ!?』



 短い叫び声をあげたのは紡、だけではなかった。彼の横、彼に寄り添うようにして私達のやり取りを聞いていた舞歌も、私の言葉に声をあげた。



「だ、だめっ!紡は既に売約済み!完売ーっ!」



 慌てて紡の腕を抱き、私に向かってそう叫ぶ舞歌。

 そんな彼女の姿に、私の悪戯心と、恋心の二つが動かされる。


 最近、またよく見せるようになった年相応の表情で私を睨む舞歌。ちっとも怖くない彼女の瞳を見返しながら、私は仰々しく肩をすくめてみせた。



「あら、なんで怒ってるの?別に“やる”だなんて一言も言ってないじゃない。一緒に寝てあげるって、添い寝のお誘いなのに、なんでそんなに怒るのかしら?」



 はやとちり――実際は言葉通りの意味合いなのだけど――を指摘され慌てる舞歌の姿、というものを見て私は楽しむつもりだった。しかし私のその思惑は、舞歌の次の言葉によって打ち砕かれることとなる。



「添い寝もHも、紡としていいのは私だけなの!真希でもだめっ!」



 ――予想していなかった態度、言葉に、私は目を見開く。舞歌の独占欲が強いのは知っていたが、まさかここまではっきりと口にするとは思わなかったのだ。


 紡の腕を抱き、薄く涙を浮かべた瞳で私を睨む舞歌。

 そんな彼女の姿を、宥めるように舞歌の頭を撫でる紡の姿を見て、私は改めて思い知らされた。二人の間に割り込む隙間などないことに。


 嬉しさと安心。悲しさと不安。

 相反する二つの気持ちに挟まれながら、しかし、それを表に出さないように隠しながら、私は大きくため息をこぼした。

 なるべく二人を見ないように、目元を手で覆いながら、私は舞歌へと向け、言う。



「わかってるわよ。ただの冗談なんだから本気にしないの」

「……真希の冗談は笑えないよぉー……」



 だって冗談なんかじゃないから。出かかったその言葉を、私はなんとか飲み込む。


 失恋が確定している恋は、はたして恋と呼べるのだろうか?報われない恋は、望んではいけない想いは、抱くことすら間違いなのだろうか?

 伝えることの出来ない言葉、向けることの出来ない想いは、どこへ向ければいい?どうやって終わらせればいいの?



 ……行き場のない想いと、出ることのない答えに苛立ちを感じ始めた私は、それ以上考えることをやめた。

 どうせ解決しないのなら、悩むだけ無駄なのだから。



 髪をかきあげ気持ちをリセットし、拗ねた舞歌を宥めている紡へと向かい口を開いた。



「ところで紡。あんた今日、どうするの?」

「どうする、って、何が?」

「今日の寝床よ。鍵貰っておいてあれだけど、あんたが自分の家で寝るなら鍵返すし、それに一緒に行った方が効率的でしょ?」



 今回の私の言葉には他意はない。効率性を第一に考えた結果にしか過ぎない。

 しかし舞歌はそれが気に入らなかったらしい。頬を膨らし、じと目で私を睨んでいるが、面倒なので黙殺することにした。



「あー、それなんだけど」



 そんな舞歌の姿に気づいたからか、それともめんどくさそうな私に気を使ったのか、紡は口を開いた。



「俺さ、今日は舞歌の側にいるつもりだから」

「それって……」

「本当!?」



 私が言い切る前に、声を大にしてそう叫んだのは、言うまでもなく舞歌だった。

 彼女は余程興奮しているのか、人目など気にした様子もなく――もともと気になどしてはいなかったが――紡へと詰め寄る。そのままキスをしてもおかしくない距離まで顔を寄せた舞歌は、その距離で、先程と変わらない音量で言う。



「本当!?本当に一緒にいてくれるの!?」



 何事か、と店中の視線が舞歌達へと向けられる。

 集まる多数の目、目、目。

 不思議そうな目。好奇心たっぶりな目。苛立ちを隠さない目。

 そんな様々な人の目を気にした様子も、気づいた様子もなく、舞歌はそのまま紡の答えを待っている。

 一方の紡は、それをきちんと認識していて。

 周りの目を気にしながら、しかし、答えなくてはいつまでもこの“羞恥プレイ”が継続することも理解していたため、上半身をわずかに後ろへと逸らして舞歌から距離を取りながら、口を開いた。



「あ、ああ。お前、どうせ手術前日は怖がって寝られないだろ?だから話し相手になってやろうと思って。親父にも許可を……」

「紡大好きーっ!」



 紡の言葉は最後まで言いきれなかった。感極まった舞歌が紡の首へと腕を回し、抱き着いたからだ。



「だーかーら!抱き着くな!頬を擦りつけるな!キスするなー!!」



 そのまま押し倒してしまうのではないか、と思う勢いで紡へと迫る舞歌。

 そんな二人の行動に、先程まで集まっていた視線の八割が、“うざい”というものへとチェンジした。



「このバカップル、うざっ」



 冷めた目の知子の言葉に、隣の席の数人が頷いたのは、間違いなく仕方のないことだろう。

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