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風花  作者:
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風花SideStory6



 馬鹿じゃないの、その知子の言葉に衝撃を受けていたのは、政樹だけだった。

 目を見開き、口を開き。呆然と知子を見つめる彼は、彼には悪いが、マヌケ面で。

 どうやら彼は、まだまだ人を見る目が甘いらしい。


 私も舞歌も、そして紡も、一切驚いてはいなかった。多分知子だったら言うだろうな、という予感があったからだ。



「あはは……。やっぱり言われちゃったね」



 説明をしながら知子の表情の変化を確認して苦笑いを浮かべていた舞歌は、知子の言葉にそのままの表情で、そう呟いた。

 そんな舞歌の言葉に、私と紡はそろって肩をすくめる。


 一人、そんな私達の行動についてこれていない政樹は、不思議そうに私達を見渡して。

 そんな彼に説明する、つもりは毛頭ないのだろうが、知子が口を開く。



「当たり前よ。何セックスに夢求めてるのよ、あんたは」



 歯に衣着せぬ知子の言葉に、深まる舞歌の苦笑い。

 反論しないのは、舞歌も自覚しているからだろう。知子の指摘が間違ってはいないことを。



「セックスには夢なんてない。綺麗でもない。セックスっていうのはただの繁殖行為。そこにあるのは性欲と、快楽。ただそれだけ」



 テーブルに左手で頬杖をつき、目を閉じながら、知子はそう言い切る。


 過激とも言える知子の発言に、政樹は聞いている人間がいないか、と周りをキョロキョロと見渡し、舞歌と紡は顔を見合わせて苦笑い。


 私は頬杖をつき、逆の手でストローを摘んで、くるくると意味もなくアイスティーを掻き混ぜる。

 氷がぶつかり合う音と、円を描き回るアイスティーを眺めながら、私は、知子のその言葉に納得しながらも同意は出来ずにいた。


 確かに性行為、セックスというのは、言ってしまえば繁殖行為以外の何物でもない。

 それは知子の言う通りだと思うし、異論もない。けど、ただそれだけ、とは、私は思わなかった。


 舞歌程乙女な夢を抱いている訳ではないが、私だって、最初は雰囲気やらシチュエーションにこだわりたいと考えている。


 ――紡や舞歌、それに政樹に好き勝手言っていた私だけど、実のところ、私も処女なのだ。


 だから私は、舞歌程乙女ではないが舞歌の気持ちも、知子の言い分も、どちらもよくわかる。

 けど、舞歌のように夢を見すぎて、そのために命を投げ出すようなことも、知子のように、性欲と快楽だけ、と割り切ることも、私には出来そうもなかった。

 調度二人の中間なのだろう。私の考えは。


 そんな風に自己完結させた時だった。舞歌が口を開いたのは。



「確かにね、知ちゃんの言うこともわかるよ。でも、Hって、ただの繁殖行為だけじゃないと思うんだよね。私は」



 そう言い、舞歌は紡へと視線を向ける。

 彼女の視線に気づいた紡が舞歌へと目を向けると、彼女は小さく微笑み、それから視線を知子へと戻した。



「私はね、Hって、愛を確かめ合う行動の一つだと思うの。言葉だけじゃ伝えられない“愛してる”を、伝えるための行動の一つ。確かにそれは、ただの繁殖行為でしかないのかもしれないけど、でも、好きじゃない人の、愛していない人の赤ちゃんが欲しいとは思わないでしょ?だからね。私は、紡に抱いてもらったら、きっとすっごく幸せになれると思うの。言葉じゃ伝えてもらえない“愛してる”をいっぱいもらえるから」



 そう言って再び紡を愛おしそうに見つめる舞歌。紡はそんな舞歌の視線から逃げるように、そっぽを向いていた。だけど、緩んだ口元と赤みのさした頬を見るかぎり、それがただの照れ隠しでしかないことは明瞭で。


 ……そんな二人を見て、私の中には、やっぱり二つの感情が同居していた。

 二人の幸せを願う気持ちと、私も愛されたいという、醜くも素直な気持ちが。


 素直にその気持ちを出してしまえば、きっと、楽にはなるのだろう。……どういう結果になり、どういう結末を向かえるのかを、考えさえしなければ。


 あいにく私は、誰かを犠牲にして、自分だけ幸せになろうと考える人間ではなかった。それが親友なら、なおさら。


 結果、気持ちを吐き出せない私は、ストレスばかりが蓄積して。

 それを少しでも発散するために、私はまた、紡と舞歌で遊ぶことにした。


 まったく、悪循環もいいとこだ。

 そんな風に思いながら、しかしそれをやめるつもりもない私が口を開こうとした直前に、それを遮るように声をあげたのは、知子だった。



「乙女チックな考えね。男と女の関係なんて、そんな綺麗なものじゃないわよ?」



 呆れたように、諭すように舞歌へ向けて言う知子。

 実際にセックスの経験があり、いろいろな体験してきた彼女のその言葉には、それなりの重みが感じられた。


 その言葉を送られた舞歌は、小さい笑顔を浮かべて、言う。



「そんなことないよ。きっと、知ちゃんも恋をすればわかるよ」

「処女に恋愛について諭されたくないわよ」



 知子はそう言って肩をすくめ、手元のグラスを取り、ストローを口へと運ぶ。

 残り少なかったアイスティーを、ズズ、という音をたてて飲み干し、彼女は左手の、シックな革製の時計を見てから口を開く。



「そろそろ行く?」



 完全に自分のペースでスケジュールを組み立てた知子は、そう私に話しかけてくる。


 彼女は、知らない。私が紡に恋心を抱いていて、その結果ストレスを溜め込んでいることを。

 だから私のストレス発散を邪魔したことはわざとじゃないし、悪気があったわけでもない。

 しかし、タイミングを逃して発散しそこねた私のストレスは、その事実を確認したことで、より溜まることになり。


 彼女の提案自体に、不満はない。確かにそろそろ舞歌の入院時間になりつつあるのも事実だ。

 マイペースながらも、言っていることが間違いではないことは、きちんと理解している。しかし、腑に落ちなかった。すんなりと納得することは出来なかった。

 主導権イニシアチブを握られるのは、まあ、いい。別にわがままを言っているわけでも、人を振り回しているわけでもないのだから。


 しかし、だ。

 彼女に彼女の考え方、価値観があるように、私にも私なりの考え方、価値観がある。


 デザートのおかわりまでして、ご満悦な舞歌。

 彼女の隣でコーヒーを飲んでいた紡。

 いつの間に取って来たのか、紡と同じようにコーヒーを口へと運んだ政樹。

 そんな風にビュッフェを堪能した彼らとは対照的に、私はこれから堪能するつもりだったのだ。


 小さいこと、と思う人もいるだろうが、それが私の価値観だった。同じお金を払うなら、徹底的に満足しなくては気が済まない質なのだ。私は。


 それを、あくまで結果論でしかないが、知子は邪魔をした。


 ――些細なことだ。普段の私なら、きちんと自分の意見を主張し、私が満足のいく結果を求めただろう。

 しかし、今の私はそうすることが出来なかった。


 発散しそこねたストレスの蓄積で、爆発しそうなのだ。

 紡への想いが……。

 これ以上ここにいると、舞歌と紡の、恋人らしいやり取りを見ていると、言ってしまいそうだから。

 あなたが好き、って。

 私も見て、って。


 だからもう、ここにはいれない。舞歌と紡から、離れなくてはいけない。

 彼女の言葉に、頷くしか、私には選択肢はなかった。


 そのことが、こうなった原因を作った彼女の言葉に頷くことしか出来ないのが、腑に落ちなく、納得出来ないのだけれど。



 紡への想いも、誰に対してかわからない苛立ちも、全て胸へと押し詰めて、私は髪をかきあげ、知子に向かい「そうね」と頷く。

 そしてそのまま右手を紡へと突き出し、口を開く。



「紡、鍵」



 それを聞いた紡は、盛大に顔を引き攣らせた。私のストレスが少し、軽くなった瞬間でもあった。

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