2回目のデート篇
2回目のデート(2017年12月20日水曜日)の待ち合わせ場所は、藤井大丸リプトンの中。藤井大丸の中にリプトンってあったっけ? 地元でもうろ覚えだったが、とにかく行ってみる。リプトンは四条通りを挟んで、藤井大丸の向かいにあった。
「リプトンの中云うとったな」
店内に入ってみた。レイさんらしき人は居なかった。ほんまに来てくれるんか、多少の不安はあった。注文も取らんと何分持ちこたえられるか。
レイさんは約束の時間13時半を2分過ぎた頃に来た。洋服でいっぱいになった袋を2つも抱えて。
「やあ。こんな荷物になってしもうた」
どさっと席に置かれた荷物に私は目を見はった。すでに受難の空気が漂い始めていた。これが女という贅沢品を手に入れるために、私が背負わなければならない十字架なのか。
リプトンだから紅茶をオーダーしたはずだが、動揺していたのでよく憶えてない。とにかくレイさんと同じものを頼んだことは確かだ。レイさんは仕事で四条烏丸のホテルにチェックインしており、そこから来たという。レイさんの仕事はBA。化粧品のビューティーアドバイザーである。明日から東京へ出張だそうだ。
私の仕事については、初回のデートのときに「お仕事されてるんでしたっけ?」と質問されたので説明していたが、ニートでもよかったのだろうかというような訊き方だ。「結婚なさってるんでしたっけ?」という質問もそうだが、すこぶる鷹揚である。私のステータスに拘らないのは、要するに服の交換要員が欲しかっただけなのではないか。
レイさんは17時からマネージャーと滞在先のホテルで打ち合わせとのこと。それまでの時間を有効に使わなければならないので、私達はこれからの段取りについて話し合った。レイさんは、お昼も食べたい、蕎麦がいい、錦市場辺りにおいしい蕎麦屋さんがあるそうなのでそこへ行きたいが、方向違いで時間がかかるようだったら高島屋にある蕎麦屋でよい、と云った。新幹線の予約をするのにJTBにも行きたい、郵便局へ行ってお金もおろしたい、けどまずは服の返品。メールでは「洋服の交換たのめる?」だったが、結局すべて返品である。返品にどれだけ時間がかかるかわからないし、最重要案件なので、とにかく先に済ませておかないと。
そこでリプトンを出て、すぐ近くにあるZARA京都店へ。返品オーダーの仕方はリプトンで打ち合わせてあった。この服はここにシミが付いてる、この服はここのほつれ、あとはサイズ違い、見立て違い、とか計5点。とにかく、レシートさえあればふたつ返事で返金してくれるはずであった。
しかしいざレジの前に立ってみると、針の上のむしろである。返品処理に時間がかかるので、平日14時とはいえ、たちまち列ができてしまう。このプレッシャーを嫌って、男に返品させてるわけである。「嫁さんに頼まれて」と偽って。このときにはもうだいぶん、レイさんは女であると信じつつあったが、それでもまだわからない。実際にパンツをおろすまでは。でも自身は400万以上の年収があるのに、その半分以下の年収の男にリーズナブルな服をいくつも返品させるというけち臭さは、女の行動様式である。これで玉付いとったら握りつぶしてやってもいい。返品は30分かかってようやく済んだ。
レイさんは暢気に店の商品をいじっていた。そろそろお昼にしたいというので、高島屋にある本家尾張屋に向かった。ここでもレイさんと同じ天ざるを頼む。「また同じもん」と突っ込まれたが、特にこの店の何が食べたいという目的で入ったわけでないので、なるべくならレイさんと同じ体験を共有したかった。それに作る側からすれば、別々のメニューを頼まれるよりも同じ注文を受けたほうが早く作れるし、大抵同時に仕上がるから、相手を待たせたりこちらが待ったり、気を遣う必要がない。天ざるならお酒も頼みたいところだが、レイさんが飲みたくないというので控えた。外で飲むのは高くつく。拘りがあれば値段は気にしないが、拘りがなければ値段が気になるのである。若い頃と比べ、貧乏暮らしを経てあきらかにお金の価値基準が変わった。
蕎麦を待つ間、返金の清算。1枚のレシートごとにお金を渡していく。
JTBは高島屋の店内にあった。レイさんは名古屋までののぞみの切符を買う。東京へ出張と云ってたはずだが。しかも予約は個人名で、領収書も要らないという。何かといわくがありそうだ。
予約票の氏名欄をうしろから覗いて、レイさんの本名を知る。レイさんに確認すると、「油断も隙もない」みたいな云い方をされる。レイの字は“麗”。いまの中国人嫁とまったく同じである。この人と結婚しても配偶者の名は変わらない。運命の悪戯を笑うしかない。
JTBと同じ並びにゆうちょとATMがあり、まるでお膳立てができているようである。列ができていたので、切符の発券の間、代わりに並んであげる。レイさんが戻って来て、一緒に並んでいようとすると、「暗証番号を見られたら困る」とか、うるさい。ひとの財布は自分のもの、自分の財布は自分のもの、というわけである。やはりこれは女の行動様式。これで男やったら玉を……以下同文。
高島屋を出て、針のむしろ第2章。四条河原町を北へ上り、宇治抹茶ティラミスが大流行りの抹茶館を越えたところにあるH&M京都で、4着のお洋服の返品である。抹茶館の入り口前には今日も長蛇の列ができていた。レイさんは、まだここまで行列がひどくなかった頃にすでに来て宇治抹茶ティラミスを食しており、「大したことない」とのこと。H&Mでの返品作業は30分弱で完了した。
レイさんはそろそろホテルの方角へ向かいたいと云い、四条河原町から阪急の地下道へ降りる。四条烏丸までなら、信号のない地下道へ降りるほうが確かに早い。よく知っている。レイさんは「ワタシ歩くの速いでしょ」と云って、ずんずん前を行く。私はレイさんの右側を歩く。最初のデートのとき「ワタシは必ず左側」と云っていたからである。腕を組むようなことはさせてくれそうにないので、左手をそっとレイさんの背中にやる。
「気になる?」
「別に構へんけど」
高島屋のエレベーターに乗っているときには、うしろに手を当てると「人混みの中ではちょっと」と云われた。歩いている最中に手の位置が少し下がると「ちょっとお尻に」とも云われた。別にそういう気もないし、手がお尻に触れるくらいではさすがにもうドキドキしないのである。
四条烏丸で地上にあがり、レイさんがお茶したいと云うので、レイさんセレクトで甘味処の鼓月に入った。店内で先ほどの返金の清算。ここで事件が勃発する。レイさんが5千円足りないと云うのである。返品時にはレシート1枚につき返金金額を確かめていたつもりだし、いまここでレイさんにもレシート1枚ごとのお金を手渡していたはずなのだが、レイさんに渡したはずの1万円、それが5千円だと云うのである。キツネにつままれたようであった。どういう力学が働いてこうなるのか。己の器を試されているようであった(誰に⁈)。
私はこれまで、愛する女性を金に糸目をつけずサポートし続け、全財産を失い、借金まで抱え込んだ。いまさらたかが5千円の損失で、新たな恋の発展にケチが付くなんぞ馬鹿げている。けれど気持ちはあきらかに動揺している。給料日まであと1週間。爪に火をともすような思いで1円単位の節約を余儀なくされている生活。5千円の痛手が否応なく堪えるのだ。すべてをレイさんに捧げると誓ったのを思い出し、なんとかその場をしのごうとする。
「ええんや、ええんや。たかが5千円でせっかくのデートを台無しにしとうない」
思わず口から飛び出た言葉は、悲痛な心の叫びであった。
お抹茶セット2人分1600円の会計を済ませようとレジに向かう。ところが何と、鼓月四条烏丸店はカード払いがきかないのであった。財布をはたいても300円ほど足りない。
「ごめん、レイさん。ヘルプして」
財布に残っているお金を全部出して見せた。恰好がつかなかった。
レイさんの泊まっているホテルは、鼓月から烏丸通りを北へ少し上ったところにあるコンビニの奥にあった。私の勤め先から5分とかからない。どことなく気まずい別れ。お金って額面やない。気持ちや。そううそぶいてみたところで、心の整理がつかない。小さいな、俺は。
銀行のカードローンは去年の8月に限度額の50万円を借り入れし、必死の思いで今月4月下旬の返済で残額20万を切った。而してマイナス20万からのスタート。今年、平成30年の2月5日、私は満52歳の誕生日を迎えた。いまさらプロの物書きを目指せる年齢でもない。ならば、書くことがより良い人生の未来を拓くように書いてゆきたい。