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初めてのデート篇

 初デートのその日(2017年12月15日金曜日)、私は約束の時間、15時の2分前に御堂筋商店街のドコモショップ向かいの大丸心斎橋店入り口に着いた。私は初めての場所でも、このようにジャスト・オン・タイムに着くことができるのだ。レイさんはまだ来ていないようだった。

 15分経った。またドタキャンかな。3週間前のTTさんとの待ち合わせを思い出していた(「その13」参照)。気分は重かったが、もちろん1時間まで待つつもりでいた。ただ今日のほうが寒い。

 20分を過ぎた頃、声を掛けられた。

「レイさん?」と、私は応えた。

 レイさんは眼鏡を掛けていた。写真より少しふくよかに見える。写真はもっとマッチョな印象だった。女の人かな?くらいに思ったが、声のトーンが低く、この時点では女か男か判断できかねた。厳密にいえば、それはいまでもそうである。まだパンツをおろしたわけではないのだ。

 私は“いま”と書いたが、レイさんとの初めての出会いを綴るにあたり、それをいつの時点から照射しようか、ずっと悩んでいた。私はこの文章を、3回目の逢瀬が確実な状況で書いている(あとで出てくるが、この3回目というのは重要な意味がある)。実に初デートから4か月が経過しているのだ。細かな点は忘れかけている。が、それを承知のうえで“いま”書いているのである。それまではこの日のことをメモも取らず、ただ頭の中で反芻してきた。反芻するばかりで、筆を起こす気になれなかった。

 私にとって一番大事なのは、記録としての確かさよりも、レイさんとより良い関係を構築するために自分のテンションが緩やかなカーヴを描くことができるよう、初めての顔合わせを検証することだった。その検証の(くさび)が、おのずからカーヴで見出す点となるように仕向けたかった。こういう心境になったのは、たまたまイタリアの作曲家ルチアーノ・ベリオの「カーヴで見出す点」という現代音楽を聴いたのがきっかけである。

 デートの場面に戻る。レイさんの話し方はどこかぎこちなく、日本在住の長い外国人かとも思った。さっそくユニクロに行きたがったので、ついて行った。ユニクロ心斎橋店はすぐ近くにあった。

 私は寒いなか20分以上待ったので、トイレに行きたかった。レイさんは2階のトイレの場所を教えてくれた。小用を済ませ、ようやく人心地がついた。レイさんはすでに欲しい服を何点か選んでいた。どれくらいまで買っていいかと問われたので、メールで知らせてあったとおり2万円までならいいと応えた。レイさんは礼を云い、その後もものすごいスピードで商品を選んでいった。あらかじめ欲しい物を決めているようだった。

 途中でレイさんが「結婚なさってるんでしたっけ?」と訊いてきた。私はこれまでの婚歴や現在の状況をありのまますべて話したかったので、いきなり核心を突く質問がきたと思った。レイさんの訊き方には、既婚者であってもさほど気にしない向きのニュアンスがあった。ありがたかった。話の糸口が見えた気がした。私はオープンマインドになり、現在は黒龍江省出身の中国人女性と偽装結婚みたいな状態にあるが、一緒に暮らしているわけではない。“偽装結婚みたいな”というのは、月1回私のマンションに訪ねて来て、私が拵えた昼ご飯を一緒に食べ、生活費2万円を置いて行ってくれるから。去年の11月下旬に嫁の永住許可がおりたので、離婚しても彼女の在留資格が保証されること。離婚したら国民年金、住民税、健康保険を自分で払わないといけないが、その合計額が私に毎月手渡してくれる生活費とほぼ同額であるから、離婚はスムーズであることをアピールした。これは一番話しておきたいことだった。

 そのあとレイさんはダイコクドラッグでも買い物をした。もちろん会計は私。現金がないので、すべてクレカ払いになることは事前にメールで伝えてあったが、ユニクロでもここでもボーナス時一括払いが使えないのは痛かった。12月のボーナス月に次回ボーナス払いは使えないのだ。当たり前である。

「お茶にしよう」と、レイさんに誘われて入った新御堂に面した喫茶店で、なぜこんなに金欠状態なのかを弁解した。まず最初の結婚の話から始めた。当時勤めていたタクシー会社の同僚が中国人女性を娶っていて、彼女の紹介で同郷(福建省)の女性と結婚したが、紹介料詐欺に遭い、150万円を余計にぼったくられたうえ嫁が失踪。後日この金銭トラブルがパワハラに発展し、会社に居づらくなってやむなく退社したこと。中国人女性との離婚成立後は、ネットの仲介業で見合いをしたタイ人女性と結婚したが、タイ帰省中に見ず知らずのタイ人男性と性交。相手がコンドームをつけたと騙して中出ししてしまったのが、たまたま危険日で、不義の子を孕んでしまったこと。日本に帰ってから妊娠がわかったが、病院へ行ったところ、日数が合わないので問い詰めたら、ゆきずりの男との不貞が発覚したこと。ちょうど中絶可能な時期を過ぎた頃で、出産するほか選択肢がなく、タイ人嫁は帰省を望んだこと。帰省してしまえば今度いつ日本へ来るかわからないので、仕方なく離婚したこと。その後も彼女と生まれた娘のことが気掛かりで、ずっと金銭的支援を続けたこと。彼女の実父が癌で亡くなり、生活していくために車が必要で、さらに住んでる家も修理しなくてはならないなど、請われるままにお金を工面。ずぶずぶの関係に嵌ってしまい、とうとう所持金ゼロ、銀行のカードローン50万円の借金まで抱える身に落ちたことを打ち明けた。

 そして、もうこれ以上面倒を看続けることはできない、そろそろ自分の幸せを見つけたいとこぼすと、レイさんは「変えていかんとね」とコメントしてくれた。ありのままの私を受け容れてくれるような救いの言葉に感じた。ところでここの喫茶店、メニューを開いたらコーヒー1杯が1300円である。「そんな時代になったんか」と目を剝いたが、私はレイさんが頼んだのと同じカフェオレを注文した。身の上をひととおり語り終えて、次どこへ行く?という話になり、私がニヤつくと、レイさんは「ホテルとか云わんといてよ」と釘を刺した。「エッチは3回目以降」とも云った。ホテルに行けないのは残念だが、そういう見通しまでつけてくれているのはありがたかった。

 レイさんは「ほかに話したいことない? アピールしたいことがあればいまのうちに。思いのたけを」と云った。こんな金欠のアラフィフ男をなんで構ってくれるのか、不思議で仕方ないので、それを伝えたところ、「京都住みやし……」と、言葉を濁した。今日はいつまで会ってくれるのかと訊くと、5時から友達と逢う約束があるという。とにかく、最初からレイさんがプランを組んでいるわけである。こちらは思惑通りに動くしかない。

 もう1軒洋服店に入り、ここが友達との待ち合わせ場所だというので別れた。

 そこへ行く前に、心斎橋地下のコインロッカーへ立ち寄ったのだが、レイさんはすでに中に入れてあった別の荷物を取り出し、代わりにさっき買ったばかりの荷物を押し込んだ。何か異様な感じ。路上生活者みたいな、すごい生活してるな。喫茶店に居るときに、小銭がないので両替してくれと頼まれていた。とにかく財布の中にある百円玉を全部渡した。タイ人嫁に続き、またぞろ尻の穴の毛までむしり取られそうな気がした。とはいえ、僕のパートナーになったら、僕の財布の中身は全部レイさんのもの、という覚悟は伝えてあった。実際、ユニクロでレジ待ちのとき、財布ごと手渡し、これが僕の全財産、欲しかったら全部あげると云った。レイさんは財布の中をあらため、「ボロボロやね。買わんとあかんね」と応えた。


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