9 本物っぽいのが出てきやがった
○○○
二年前――
「はぁ……」
「どうしたの? そんなため息ついて」
私は無数の申込書を放り捨てた。
「この間さ、うちのテナントいなくなって新しいとこ募集してたでしょ? その結果よ!」
巨大な氷で彫刻を作っていた梓はその中の一枚を見て言う。
「へぇ……超能力研究所? 面白そうじゃない」
「いやよ! そんな怪しいところ! 絶対警察に捜索されちゃうでょ!?」
「仕方ないよ、家賃高いんだからさ。値下げしてみたら?」
「えー……うちは都内の一等地に建ってるのよ? とっても損する気がする」
「だからって、こんなご時世に、わざわざ高い家賃払ってまでいい場所住む人いると思うの? なんなら私も家賃払うし」
「だめよ。友達からお金は取りたくないし」
ガスッ! と氷の彫刻にアイスピックが突き刺さる。
怒ってる。絶対に怒ってるんだ。
「申し訳ないのよ、タダでこんないいとこ住ませてもらって。少しくらいお礼させてよ」
「でも……お礼って言っても」
「……ここはどう? “明知探偵事務所” 言い値で借りるって言ってるし、交渉したげようか?」
――目が覚めた。
ずいぶんと懐かしい夢だ。あの時、梓が発掘していなければ、私たちは出会っていなかった。
それでよかったのかな? もし私と出会ってなかったら、あいつは今も高校に通っていたんじゃなかろうか。だって、あいつが探偵を名乗るようになったのって、私のせいだし。
私があの事件に巻き込まれたから、あいつの人生を狂わせちゃったんだし……。
○○○
落ち着こう。落ち着くんだ……。
飛行機の事故率は0.0009%、400年近く乗っていて1回は事故にあう計算。
普通に考えれば、大船に乗った気持ちでいればいい。言うならば世界で一番安全な乗り物なのだから。
が、俺の強運を考えるとそうでもないかもしれない。
偶然外出した時、殺人事件に遭遇する確率は? 当然飛行機事故にあうよりも低い確率だ。
乗り合わせている皆様方、事故にあってしまったら申し訳ありません……。
『まもなく離陸の準備に入ります。今一度シートベルトの着用をご確認ください』
うっ動いた。
滑走路を動き、所定の位置へ動いた。
そして、体に強い圧迫感が襲う。
……飛んだ。田園地帯が窓の外に見える。
離陸は無事に済んだか……。
結構轟音がするもんだな。気圧と音で耳が痛い。
って結構上下運動するもんだな。大丈夫なのか?
――――爆発音がした!
やっぱ事故ったんだ! なんで俺はこういう運は強いんだ!?
急降下の影響で上から酸素マスクが降ってくる。俺は慌ててそれを装着する。
救命胴衣は座席の下だ。
頼む……何とか持ちこたえてくれっ!
しかし、その思いが届くことはなかった。
――――――――完――――――――
「――――んがっ」
目が覚めた。なんだ夢オチか。外をみれば、無事滑走路を走っている。
あっという間だったな。一瞬で着いた。
さーて、こっからどうしようか。なんも考えてないし。
空港付近には何もなかった。
確かお屋敷の住所は――
「君が明智 小五郎さんだね」
だとすると、電車に乗って市街地へ行かないといけないから。
「ちょ……無視しないでくれるかな?」
やべっもう時間じゃねぇか。急がなきゃ。
「待ちたまえっ!」
「あん?」
なんだこいつ。いいとこのボンボンみたいなくせに、俺に一体何の用だってんだ。
この電車逃したら次まで時間があるというのに……道聞くならほかの人にしてくれ。
「噂通りの、嫌な性格だね。そんなに僕と話したくないというのかな?」
「あいにく、知らない人についていっちゃいけないって、小学校の先生に教わったもんでね。誰だお前は?」
「失礼した。僕の名前は明智 小太郎だ。どうだい、僕と話さないか?」
ほーん。明智、ねぇ……。
少し興味がわいたが、あいにくと時間が――っ逃しちまったぜ。許せん。
「次の電車が来るまでなら、いいぜ」
「そんなこと言わず、ゆっくりと語り合おうじゃないか……なんなら、君の行きたい場所に送って行ってあげよう」
なるほどな、完全に初対面ってわけでもなさそうだ……。少なくとも、あちら側からしたら。
それに、あいつの名字。
俺の読みが正しけりゃ、ありうる。
「へぇ……もし、お前が俺を間違えた場所に連れて行ってしまったら、どう責任とってくれるんだ?」
「僕の推理が間違っている可能性は万に一つもないが、君の望みを一つかなえてやろうじゃないか」
「乗った。今の言葉忘れるんじゃねぇぞ?」
さーて、お手並み拝見といきましょうか。
かの名探偵、明智 小五郎の子孫の推理力、見せてもらおうじゃないの。
普通のおベンツ様に乗っけてもらえるかと思ったら、リムジンだった。金持ちってすごい(小並)
「僕は、かの明智 小五郎の子孫なんだ。昔から、代々探偵業をやっているんだ」
うん、知ってた。
「だから、君の求めていることは容易に推理できる。一つ一つ順を追って説明しよう」
はい、出たよ。探偵(笑)の長々しい推理。正直聞く気はないし、寝るか。
「まず君の服装。あまりに貧相で、手荷物も少ない。つまり、ここへ来たのは急な事であったと、容易にわかる。ここで疑問なのが、なぜ東京に住んでいる君がこんなところに急に来たのか? ということ。一番考えられることとして、誰かを追ってきた、と考えられるね。そうなってくると――」
「随分おしゃべりなんだな。悪いが10文字以内で簡潔に説明しやがれ」
「薫さんを追ってきた。句読点を含めても10文字だよ」
あーあ、来るんじゃなかった。ていうかこいつに出くわさなきゃよかった。
全部読めてしまった。こいつと、薫の関係が。
早い話が、許嫁の類。家同士の縁談。
だから、こいつは俺のことをよく知っているんだ。薫と一緒にいた異性だから。
「君が来たがっていたところは、ここだろう?」
目もくらむような大豪邸の前でリムジンは止まる。
「ようこそ。本物の明智家へ」