5 ひらめきはいつも何気ない一言から
どうやら第三の事件が起きてしまったらしい。
現場は都内でも有数の心霊スポット。数年前に廃業となったビルの屋上から女性が転落したそうだ。
が、今回は奇跡的に一命はとりとめたそうだ。
しかし高所から転落した上に腹部を犯人に刺されたらしくまだまだ油断はできない状態らしい。
そして今、その被害者の女性が入院している病院へきている。小太り刑事に連れ出されたのだ。
まぁ本人から直に情報を聞けるのが一番だからな。
病室の前には、犯人からの襲撃を警戒してか、警官がしっかり見張りをしており、俺たちが来たのを見て道を開けてくれる。
「いいかい、彼女は襲われたショックで精神をやられているかもしれない。くれぐれも、過剰なストレスを与えちゃいかんよ?」
んなことわかってますよ。
中へ入ると、その人はベットの上で眠っており、点滴やら心電図のあれやらをつながれている状態だった。
「こんにちは。一条 海花さん」
声を掛けられて彼女はゆっくりとこっちに顔を向けた。包帯で見えない部分もあるが、ちょっときつめな美人って感じの顔立ちだ。
「申し遅れました、僕は警視庁捜査一課の太田といいます」
小太り刑事 (本名を知ったところで呼び方を変える気はない)は警察手帳を見せ本物であるということを示す。が、彼女はそっぽを向いてしまう。
「帰って。もう思い出したくない」
「そんなこと言わず、事件解決のためですから」
「だったら事件なんて起こさせないでよ! なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよっ! なんで……っ!」
狙われたのが相当ショックだったのか、それとも怖かったのか。
話に応じてくれない。むしろ拒絶している。
「つらいのは、よくわかりますが……こうしているうちに犯人は」
「わかったようなこと言わないでよ! もう……嫌なのよ!」
うん、小太り刑事が何言おうと聞かないしかえってストレスを与える可能性がある。
ここはいちょ、俺の話術を使わせてもらうとしよう。
「何を怖がっているんですか」
「……だれよあんた」
「ああ、私はこの事件の捜査に協力している者です」
俺は名刺のルビの部分をしっかり示しながら渡す。
「明智……小五郎? ふざけてるの?」
「小五郎です。それより、あなたは何を怖がっているんですか?」
「馬鹿にしないで……怖がってなんか」
「いやいや嘘をおっしゃらないでくださいよ。あなたは何かに怯えている。現に、さっきから震えているじゃないですか」
「!」
顔色が変わった。事件の時を思い出したのだろう。心電図のモニターに映る数字が大きく跳ね上がる。
「まさか、幽霊でも見たっていうんですか?」
「……っそうよ」
「え?」
おいおいおいおい。
いくらいわくつきだからって、本物の幽霊?
「私はっ……しんだえみりに襲われたのよ…………っ!」
結局、それ以上の質問は医者に止められてしまった。ストレスが大きすぎて体に良くないとかで。
にしても、幽霊か……本当にいるなら会ってみたいぜ。
おそらく本人の見間違いかもな、気が動転していると見間違いも多いって聞くしな。
「鑑識から報告があったよ。現場に残っていた髪の毛から阿部 莉奈のものと思われるDNAが検出されたそうだ。つまり今回の事件も連続殺人の一部だということが証明されたということだね」
「そもそも、そのDNA型一致してないんでしょ? 家族とかのと」
「しかし、状況的にはそう判断せざるを得ないだろう」
「……じゃ、仮にそうだとしましょう。だとしたら、またも動機がないですよね? 仲のいい友達をわざわざ廃ビルに呼び出して突き落とす人がどこにいるっていうんです?」
「ううむ」
人物関係を整理すると、犯人(仮)の阿部 莉奈と襲われた二人は友達同士で、一番最初に殺された葉山 えみりはそうでない。聞いたところによると、この三人は同じ高校出身であるらしいから、そこだけが唯一の共通点であるといえる。
が、三人全員が殺されるような動機があるかといえば不明ではある。
完全にあいつの思うつぼだぞ。
釈然としないまま、家へ帰る。
こうなったら最初の事件から思い返すしかないか。
まず第一の事件。
被害者は葉山 えみりさん。死因は窒息。なぜか部屋に火をつけられており、遺体は完膚なきまで焼き尽くされていた上に、気のせいかもしれないが顔も殴られている。
次に第二の事件。
被害者は近藤 朱音さん。死因は失血。裸にされた上殺される前に何度も殴打されている。そして凶器からの指DNAは犯人と推定される人物とは一致しない可能性がある。
最後に第三の事件。
被害者は一条 海花さん。奇跡的に一命はとりとめた。腹部を刺されたのちに転落。本人は葉山 えみりさんに襲われたと証言している。
そして一連の事件の犯人とされているのが阿部 莉奈という人。被害者たちとは同じ高校出身の同級生。おそらく雨宮 レイナとつながりがある。指名手配されているのに捕まる兆しがない。整形でもしたのだろうか?
もしそうなら幽霊を見たという証言も信ぴょう性が増すな。わざと似た顔にしていればな。
……だめだ。全然わからん。
やっぱいつもの場所じゃなきゃ閃けん。
というのも、また招待されたのだ。薫の部屋に。
俺の好きなハンバーグを作ってくれるとかで。
「……ってなんでひき肉をミキサーに入れてんだよ」
「え? 手で混ぜるのめんどくさいし」
「ハンバーグは手で混ぜられてるからおいしいの! それじゃぐちゃぐちゃになっちゃうでしょーが!」
「いいじゃない。焼いちゃえばわからないんだし」
「あのな……それいったら…………」
焼いたらわからない?
よく考えたら、最初の事件の被害者だけ、どうして焼かれている? 死因は焼死じゃないのに。
犯人は恨みを持っているのは明らかだ。
俺なら、火災を起こすなら焼き殺す。生きたまま燃やして苦しませる。わざわざ窒息させてからなんて面倒なことはしない。
じゃあなんで火をつけた? 燃やすという行為に――あっ! よく考えたら顔も殴られているかもしれないんだ。そこからわかるのは――
「そうか、わからなくするためか!」
「へ? どうしたのよ急に」
だとしたら、すべての大前提が狂う。
めちゃくちゃだったことが一気につながった。
この論理なら全部説明ができる。そして先読みできる。
「悪い、電話借りる」
小太り刑事の連絡先を思い出し、出てくれることを祈りながら電話を掛ける。
『――はい、もしもし』
「刑事さん! 明智です! 次のターゲットがわかりました――――」