12 探偵の推理?
「はぁ……冗談はよしてよ! なんの根拠があって」
「一つ目、なぜ凶器と判断されるものがあんたの部屋から見つかったのか?」
「そりゃ、血の付いた包丁なんて怪しいじゃない」
「なぜ、そんなものが都合よく出てくる? 何かあると考えるべきだ」
いや、料理して切っちゃっただけだし……。
私がそのことを伝えると、
「そんなに勢いよく流血したのか? 染みができる程に」
「え……それは、わからないけど」
「ならこう考えるべきだ。なぜそんな跡が存在するのか、ってな」
言われてみれば、そう簡単に血が染みるわけない。
なのに……なんで?
「もともと、誰かがあんたをハメるために付けた。もしくは、犯行に使われた凶器であるって考えられる」
「そんな……だとしても」
「二つ目、めった刺しにされたのに、なぜ凶器に血がそんなにしみ込んでいないのか? そんなものがほかの包丁に混じってたら、普通気づくよな。つまり中途半端なんだ、付き方が」
「だとしたら――」
「本物の凶器は別にある。それも自分が絶対に犯人と悟られないような、凶器だ」
え、でも最近の鑑識だったらそのくらいわかるわよ。ドラマじゃあるまいし、そんな都合のいいもの存在するわけないわよ。
「例えば、木製のナイフ。焼却処理で証拠隠滅ができる」
確かに、彫刻が趣味の梓なら簡単に作れる。
「もっとも、繊維が傷口に付着するリスクがあるから俺なら選ばない。ほかには――――氷で作ったナイフ。これなら、折れたとしても、溶けてなくなるから証拠も残らない。水筒なんかに入れておけば簡単に持ち運べる」
そういえば、氷で何か彫っているのを見たけど……。
「嘘よ……梓が…………人殺しを?」
「知らん。俺は、あんたから無実を証明してほしいと依頼されただけだ。親友に本当かどうか聞いてみてもいいし、ほかの人が犯人であることを証明してもいい……あくまで俺は可能性の一つを示しただけだぜ。何か、反論はあるか?」
ない。そんなの、私の頭で思いつくはずもない。
「じゃ、今月分の家賃は見逃してもらうぜ」
私は……どうしたらいいの?
「お邪魔するわよ」
梓が帰ってきた。
「うん……」
本当に……本当に、梓が犯人だっていうの?
「ねえ……」
「どうかした?」
「あなたが、犯人なの? 梓」
黙っていた。
何も言わず、私を見つめ続けて、ため息をついた。
「気付いてほしくなかったんだけどなぁ」
「そんな……」
信じてたのに……絶対にないって、梓は人殺しなんてしないって。
「付き合ってたのよ、あいつと」
「ええっ!?」
「ふふっ……ほんと、鈍いのね。結構前からよ……私は真剣に愛してたのに、あいつ――他に好きな人ができたって」
「だから、殺したの? たった、それだけの理由で?」
「……ねぇ薫。私たち、友達よね?」
「もちろんよ」
「なら……私の身代わりになって」
そう言って梓は彫刻刀を取り出して、私の右手に握らせた。
咄嗟に力を入れて抵抗するけど、そのまま押し倒されてしまった。
「ちょっ……何を」
「自殺に見せかけて殺せば、私は絶対に容疑者にならなくて済むからっ!」
刃が少しずつ私の喉に近づいてくる。
このまま刺さったら……っ!
「――――お取込み中、失礼したいんですけど……」
この声っ!
「大家さんに、先月分の家賃の支払いに来たんですけど――――それどころじゃなさそうっすね」
明智さんの、息子さんだ!
「誰っ!?」
「別に名乗るほどの者でもないけど」
「っ邪魔を――」
梓が私の手を放した一瞬の隙をついて振り払った。
でも、運悪く彫刻刀を持っていた手で……。
――ザッッ!
彫刻刀の刃が運悪く、彼女の手首の動脈をかすめてしまった。
顔に生暖かい“ナニカ”が降りかかった。
不快な鉄の匂いがして、ようやくそれが梓の血液であることに気付いた。
「っまじかよ!」
彼が梓の手首を押えて出血を止めようとしているけど。手の隙間から血が流れ落ちている。
「――――――――!」
事態の重さが理解できない。
今目の前で起こっていることは現実なの?
それとも悪い夢?
ただ右手の感触だけが妙にリアルで。
「―――――――――ッッ!!」
これが手首を掻き切ってしまって。
足に染みてきている赤いものは、わかってはいるけど本物だって思えなくて。
もしこれが……。
「――――――電話はどこだッッ!?」
頬の痛みで我に返る。
電話……?
っ救急車。
「分かった!」
出血多量の人を助けるには早めに救急車を呼ばなきゃいけないって聞いたことがある。
一体、どれだけ惚けていたんだろう?
一刻も早く梓を助けないといけない状況なのに、どうして私はなにもできなかたのッ!?
数日後――
結論から言うと、梓は一命を取り留めた。
でも意識がまだもどっていない。
一応、例の事件の参考人? らしく警察の人が毎日病室に来ていた。
私も今回のことも含めた事情を聞かれたから、それとなく伝えておいた。
今日も私はお見舞いに来ていた。
でもそれまでと違って、病室が何やら騒がしかった。
覗いてみると、梓が目を覚ましているのが見えた。
刑事さんに色々話しているらしい。
「――入らないのか?」
「うひゃっ!」
急に声かけられたから何事かと思って振り返ったら、例の息子さんだった。
「ど、どうしてここに……?」
「あんたの無罪を証明するのが依頼だろ? 助けて恩を売ろうかなって思ってな」
彼は思い切り扉を開けると大胆に宣言した。
「さ、そろそろ白状してもらおうか……お前が犯人だってことをな」