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キミに伝えたかったコト





「――なーんて、恋愛ドラマみたいなクリスマスイブを過ごすの、憧れてたのになー、私」


「……妄想果てしねーな。壮絶ドラマすぎんだろ」



 向かい合った席で、梅酒サワーに口を付けながらツッコミを入れる彼に、彼女は悪戯に笑ってみせた。



「だって、告白ソング歌って恋を実らせるって、ありがちかもしれないですけど実際なかなかできないじゃないですか」


「それやって見事に失敗したくせに」


「見事に私のことフッたのは誰ですか」


「俺です」


「だから自分の都合のいいように妄想膨らませる羽目になったんですよ」


「妄想まで責任取れるかよ」



 堪らず喉を鳴らして笑う彼を、彼女は呆れたような目で見据えていた。


 わざとらしく大きな溜め息をついてみせ、彼女は煙草を咥えて火を点ける。



「いいじゃないですか。妄想の中で  さんと恋人になったって」


「まあ、実際の俺とは関係ないからな」


「関係ないのをいいことに、好き放題美化してあげますから。すっごく優しくて、すっごく頼りがいがあって、すっごく真面目なアラフォーの設定にします」


「アラフォーはしっかり反映させんのかい」


「年上好きなんで」



 煙草を挟んだ指を軽く横へ逸らしながら、彼女はにっこりと笑った。


 どこか含みのある言い方に感じた彼は、軽く逡巡を挟んで静かに口を開く。



「……  ちゃんさ、俺のどこを好きになったの?そもそも」



 思いがけない質問に、彼女はきょとんと目を丸くした。



「言ってませんでしたっけ?イブのカラオケの後に」


「たぶん、言ってない。むしろ覚えてないだけかも」


「老化乙」


「まだボケちゃいねーわ」


「まあ私も何言ったか忘れちゃったんですけど」


「人のこと言えるか」



 いちいちツッコまれるのを面白がって、繰り返し彼女は笑う。


 笑ってごまかされる予感がした彼は、再度問いかける。



「で、歌の告白に失敗した  ちゃんは、俺のどこがよかったわけ?」



 余計な詳細を付け加えてきた彼の問いかけに、彼女は軽く不機嫌を浮かべた。



「……だから、覚えてないんですって。  さんなんかのどこがよかったのか、自分でも不思議で仕方ないんですから」


「あの頃は若かった、ってやつか」


「まだ何ヶ月も経ってないじゃないですか」


「時間なんてあっという間だよ。俺も  ちゃんも、みんな平等に歳を取ってくんだ」


「寂しい人生を送るか、充実した人生を送るかで、歳の取り方は違ってくると思いますけどね」


「俺にはアニメとゲームという生き甲斐が」


「その話はもう結構です」



 ぴしゃりと遮られた彼は、ふてくされたように苦笑いを浮かべながら、彼女に続いて煙草を吸い始めた。


 わずかな間、二人はぼんやりと煙草を吸いながら沈黙する。


 その時の彼らは、なんとも不思議な感覚を抱いていた。


 かつて同じ職場で仕事をしていた、ただの先輩と後輩。何年も前に退職した彼女が、退職以来連絡など取り合っていなかった彼を飲みに誘った。


 急な誘いを彼は訝しんだが、離婚したと明かしてきた彼女の愚痴に付き合わせるためだったのかと納得した。無遠慮に、自分勝手な都合で愚痴やら相談事やらに付き合わせる彼女の人柄を覚えていた彼は、特に文句を挟んだりせずそれに付き合った。


 その日は、彼女の愚痴と、似通った趣味を持つ二人のとりとめのない話に興じただけで、終わった。


 それから何度か、二人で飲みに行った。変わらず、少し歳の離れた先輩後輩の関係のままで。


 そして彼女は、クリスマスイブの日に飲まないかと誘ってきた。どうせ予定なんてないでしょ、と彼を小馬鹿にしながら。そうやっていつものように年下の彼女に馬鹿にされて、からかわれて、クリスマスなんてなんら縁のないいつもの飲みで終わるものだと、彼は思っていた。


 だが、彼女は飲みを終えて訪れたカラオケで、彼に告白をした。


 異性から告白をされたことなどない彼は、彼女の想いを受け入れようとしなかった。


 彼女は一度、彼にフラれた。


 なのに今、こうして以前と変わらず二人で飲みに訪れている。


 なんとも不思議な関係だった。



「……逆に聞きますけど、私のどこが駄目でフッたんですか?」



 沈黙を破った彼女は、目線を彼の方ではなくメニュー表に向けたまま尋ねる。


 どうせ次もビールだろうが。内心でそう彼女にツッコミを入れながら、彼は時間をかけて問いかけの答えを探した。



「忘れたわ」


「でしょうね」



 あっさりと口にした言葉に全力でツッコまれるかと彼は思っていたが、彼女もあっさりと返してきた。


 示し合わせてもいないのに、あの日の出来事をなかったことにして続いている、二人の関係。


 楽しいから、いいや。互いに同じことを考えながら過ごしていることを、二人は知らない。


 現実なんて、ドラマやアニメや小説みたいに、都合よく男女を幸せな関係になんてしてくれないのだから。



「――よし、決めたっ!」



 煙草を消し終えて唐突に声を張った彼女に面食らって、彼は咥え煙草の先端から灰が落ちたことも気づかず、とっておきの悪戯を思いついたような顔でこちらを見ている彼女を凝視する。



「なに急に。俺に徹底的に復讐する計画でも思いついたの?」


「そうです。ひっじょーに深刻な精神的ダメージを与えられる、いい方法を思いつきました」


「殺す気ですか」


「そこまで恨んじゃいませんよ。生殺しで抑えておくくらいで満足です」


「余計ひでーわ。マジで何する気だよ」



 嫌な予感を覗かせながら問いかけた彼に、彼女はにやりと不敵に笑ってみせた。



「私の妄想を、小説にしてみようかと」


「…………小説?」


「そうです。これまで  さんと経験したことやら、前の旦那とのことやら、色んな私の経験と創作を織り交ぜて」


「書けんの?小説なんて」


「学生時代はよく書いてたんですよ。社会人になってから全然やってなかったから、感覚忘れちゃってそうですけど」


「すげーな。羨ましいわ、文才あるなんて」



 世辞とも本心ともつかない彼の感嘆の一言に、彼女は素直に気を良くする。



「完成したら読んでくれます?」


「え、だってそれ、俺と  ちゃんの話…なんだろ?」


「当然です。私と  さんがハッピーエンドを迎える話です」


「読みたくないです」


「拒否権なんてないです」


「マジっすか…」


「マジっす」



 吸い終えた煙草をもみ消しながら、彼女の命令を受け入れざるを得なくなったことを嘆いて、彼は額を覆った。



「早く読ませたいなー、私の小説。なんだか楽しみになってきて、どんな要素を入れようかとか、どんな構成で書こうかとか、色々アイデア浮かんできましたよ」


「……どんな小説になりそうなの?」


「気になります?」


「さわりだけでもあらかじめ把握しといて、心の準備しておきたい」


「ヘタレ乙」


「そこは否定できませんな」



 開き直りながら梅酒サワーをあおる彼を、やれやれといった目で彼女は見据える。


 そして今度は、軽く身を乗り出して顔を近づけながら、その目を輝かせた。



「まず、冒頭はラストシーンから始まるんです」


「……ほう」



 軽く興味を引いた彼の反応を確かめて、彼女は続ける。



「それまでに起こった色んな出来事を振り返って、黄昏れる主人公。なんだか複雑そうな大変な思いをしたことをにおわせて、主人公が回想に入って物語が始まるんです」


「面白そうだな」


「でしょでしょー?」



 割と本気でストーリーが気になり始めて、はたと気づいた彼は確かめる。



「でもそのラストシーンって、さっき話してた妄想話なんだろ」


「そうですよ?」


「つまり、小説のオチとして使うってことだよな」


「そうですね」


「さわりとオチを教えてもらったことだし、小説全部読む必要なんてないんじゃ」


「駄目です」


「だよな…」


「なんでそこまで拒否反応示すんですか。別にノンフィクション書くわけじゃないんだし、ラノベ感覚で気楽に読んでくださいよ」


「気楽になれっかよ。明らかに長編作にする気満々だろ」


「よくわかりましたね」


「短編であっさりまとまるレベルじゃねーからな、  ちゃんの体験談なんか」



 何気なく発した彼の言葉に、彼女の顔がほんのわずかに陰る。


 何もかも、彼には話してあった。


 どんなことがあったのか、どんな思いをしてきたのか、何もかもすべて。



「ま、嘘くせーほどドラマみたいな人生送ってきたわけだからな、  ちゃんは」



 嘘くさいほど、ドラマみたいな。



「それ、採用」


「あ?」


「今の台詞、小説に使わせてもらいますね」


「しまった……創作熱に油注いだか」


「順調ですねえ。どんな小説になるんだろうなー」


「絶対読まねーからな、俺は」


「いーえ、絶対読んでもらいますから。むしろ  さんが読んでくれないと、小説にする意味ないです」


「なんでよ」



 含みのある言い方をする彼女に、彼は当然の疑問を投げかける。


 そして彼女は、悪戯に満面の笑みを向けた。



「私の力で魔法使いの  さんを幸せにしてあげられる、唯一の方法なんですから」



 不覚にも、彼はその彼女の発言に動揺してしまった。


 そして彼女はまた、健気に反応を見せた彼の魔法使いぶりを小馬鹿にして笑う。


 彼に想いを寄せ、伝えたいコトをありのままに打ち明けた彼女には、もう彼に対する憧れなんてない。


 この不思議な関係を続けたまま、いつか彼女は他の誰かに想いを寄せることになるだろう。


 恋愛に欠片も興味を持てない彼は、そんな時が訪れたとしても思うところも何もないだろう。


 二人の関係も、共に過ごす時間も、これから先変わることなく。


 笑い種にするためではなく、心から彼を哀れんでいる彼女は、どうしても彼に知って欲しかったのだ。


 恋心に疎い魔法使いでも、幸せになれるということを。


 そう伝えるために彼女が描く、彼と幸せな終わりを迎える空想の物語。


 こんな関係になれたらよかったのに。


 そんな想いを密かに抱き続けていることに、鈍感な彼が気付いてくれることを信じて。





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