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涙の魔法 -彼女の終わりと恋の歌-  作者: 燐紅
ラストシーン ―アンコール―
59/60

8/8 涙の魔法使い




『 キミに伝えたいコト 』




『作詞:ケイナ』




独りで泣きたくなる夜は キミのコトばかり

泣き虫だねなんて 笑われたせいだよ

誰かに涙を見せるほど 弱くなかったのに

キミの前だと何故か 心が震えてた


いつからだろう こんなにも愛おしいと感じたの

普通の友達だったのに 失いたくないって思うよ


どうかキミが 笑顔でいられますように

許されるなら これからも私と

この想いは確かに キミへと繋がっている

伝えてもいいかな ありのままに




このまま隣にいられるなら 変わらなくていいかな

キミが誰かに想いを 寄せるようになっても


わがままだよね 夢みたいなコト 求めてばかりで

隣り合う幸せをキミも 感じていてほしいだなんて


キミが涙することなく 前を向いて

歩いてゆくなら せめてその背中が

見えるところにいたいよ 何も叶わなくたって

独りじゃない キミには 私がいる




嫌われてもいい キミを想うだけで 楽しかったから

たくさんもらった キミの笑顔

それだけで 幸せだったんだよ




どうかキミが 笑顔でいられますように

許されるなら これからも私と

やっぱり打ち明けよう キミに伝えたいコトを

後悔はしないよ 信じてるから


伝えられるかな 大好きだよ って













 ――見つめ合いながらキミつたを歌い終えた二人は、どちらからともなく手を差し伸べて、きつく抱き締め合った。



「豊島さんっ……あたし…………あたしっ……!」


「……全然、落ち着けてねーじゃんか」


「豊島さんこそ、また……泣いてる…」


「菜々ちゃんだって…」



 歌いながら、二人は涙を堪えていた。


 特別なこの歌を歌いきるまで、二人一緒に歌いきれるまで、決して泣くまいと耐えた。


 ようやくその苦しみから解放された二人は、静かに声を上げて泣き合った。



「……すごい歌だったんですね、キミつたって。こんなに心動かされる力があるなんて、初めて知りました」


「本当だよな。嘘くさい都市伝説も、案外嘘じゃなかったのかもって、思い知らされたわ」


「都市伝説通り、幸せになれますかね、あたし達」


「……とりあえずそれは、菜々ちゃん次第なんじゃないかな」



 躊躇いがちに告げる豊島の言葉に、あ、と菜々は間の抜けた声を上げる。


 キミつたを歌って告白すると必ず成功する。告白の返事にキミつたを歌うとその二人は確実に幸せになる。キミつたの都市伝説で有名なのは、おもにこの二つである。


 歌によって自身の想いを確かめ、それをしっかりと伝えた豊島の告白に対し、歌い終えてから菜々はまだその返事を返していない。


 すっかり忘れていたと言わんばかりの菜々の反応に苦笑いしながら、豊島はゆっくりと彼女の体を離した。


 落ち着いて呼吸を一つ挟み、豊島の目をしっかりと見据えて、穏やかな笑みを湛えながら菜々は口を開く。



「――あたしも、豊島さんのことが好きです。本気で好きです。ただの『お兄ちゃん』でいてもらうだけなんて、やっぱり嫌です。兄妹から、元の恋人同士の関係に、戻ってくれますか?」



 微塵も恥じらいのない菜々の告白に、豊島は大きく頷いて返した。



「ああ。今度はちゃんと、俺だけを彼氏として認めてくれるなら」


「当たり前ですよ。カナちゃんさんには申し訳ないですけど、もう少しだけ魔法使いでいてもらいます」


「あっさり賢者にクラスアップする前に、俺らでなんとかしてやらねーとな」


「そうですね」



 この場にいない茂松を笑い種にして、二人は声を上げて笑った。



「ま、カナちゃんさんならすぐにいい人見つかりますよ。あたしなんかがずーっと片思いしてたくらい、魅力がある人なんですから」


「俺なんかとは違って、ってか?」


「魔法使いぶりはまだまだ健在みたいですね」


「だから心の声読んだりなんてできねっつの」


「そうとも限りませんよ?だって豊島さんは、すごい魔法を使える人なんですから」


「すごい魔法?」



 突拍子もないことを言われてきょとんとする豊島を見据えて、至って大真面目だと言わんばかりに菜々は大きく頷いて返す。



「さっき何となくわかったって言ったのは、そのことなんです。豊島さんは、あたしに色んな魔法をかけてたんです」


「色んな魔法……俺が?」


「あたしの涙を封印しちゃった魔法。その封印を解く魔法。それを使える豊島さんは、やっぱり魔法使いなんですよ」


「そういうことか。俺のせいだけど、俺のおかげ、みたいなこと言ってたのは」


「これでようやく納得がいきましたよ。泣けなかったあたしが、カラオケの時に泣いちゃったこと」


「……あの時か」



 どんな二人の過去だろうと、もはや『なかったこと』は必要ない。わざわざそう前置くことを省いて『なかったこと』にした出来事を口にする菜々に、豊島は素直に返す。


 菜々の口から事実を明かされるまで、彼女は泣きたくなれば当たり前に涙を流すものだと思っていたから、これまで豊島は何の疑問も抱いていなかった。


 だが、豊島にキミつたを聴かせようとして途中から泣き出してしまったその時の菜々は、自由に涙を流せなくなった自身の不可解な異変に苛まれていたはずなのだ。


 何故、その時ばかりは不意に涙が溢れたのだろうか。



「ずっと不思議に思ってたんです。色々考えたんですけど、結局はっきりした答えなんてわからなかった」


「で、何だったの?その答えって」


「魔法ですよ。自覚なんてないでしょうけど、豊島さんはあの時、あたしに魔法をかけたんです」


「……何したっけ。あの時の俺」


「シンキン、ターイムっ!」


「むー…」



 おどける菜々にツッコミを入れるかと思いきや、そのノリに便乗して小難しい顔で唸る豊島の反応のおかしさに、菜々はけらけらと笑った。


 豊島がわざと悪ノリに乗じてみせたのは、いくらその時のことを振り返っても自分がどんな魔法を使ったか見当なんてつかないだろうと、早々に諦めたからだった。


 そんな豊島の思惑もとうに察していた菜々は、彼にその答えを教えるために笑いを収める。



「豊島さんから『好き』って言ってもらえること。それがあたしの涙の封印を解く魔法の一つだったんです」



 予想外の答えに目を丸くしながら、そんな言葉を菜々に言ったことなどあっただろうかと、豊島は記憶を探った。



『俺、好きだよ。菜々ちゃんのケイナ』



 確か、そう言った覚えならある。



「でも、魔法は不完全だった。だって豊島さんは、あたしを好きって言ったんじゃなくて、あたしが聴かせるケイナの歌が好きって言ったんですから」


「なるほど。不完全とはいえ、俺が菜々ちゃんに向かって『好き』って言葉を使ったから、一時的に魔法が解けて涙が出た、ってことか」


「そして今度は、完全な魔法をあたしにかけてくれました」


「菜々ちゃんを本当に好きになって、それをちゃんと言葉にして伝えられた」


「だからもう、豊島さんが使える涙の魔法は、あたしには効かないんです」


「…耐性がついた、ってこと?」


「状態異常魔法が通用すんのは、大抵一回きりなのがお約束っしょ?」


「補助魔法のスペシャリストにそう言われると、説得力あるよ相棒」



 忘れかけていた仮想の人格の口ぶりで話す菜々に、豊島は含み笑いながら返す。


 意図せず菜々の涙を封じ込め、それを解いた、涙の魔法。


 人を笑顔にさせることを何よりも喜び、誰よりも笑顔を見せてくれる菜々に、もうそんな魔法など必要ない。



「涙の魔法、か。魔法使いが本当に魔法使えるなんて、実際にあるんだな」


「だから魔法使いって言うんじゃないですか」


「だいぶベテランの域まで来てるけど、魔法使えてる自覚なかったし」


「本気で頑張れば、魔法なんて誰だって使えるもんですよ。あたしだって使えますし」


「菜々ちゃんが?魔法使いじゃないのに?」


「あたしが使える魔法は、魔法使い相手にしか通用しない特殊魔法なんです」


「魔法使い相手……ってまさか、今ここで俺に使うつもり?」



 嫌な予感を覗かせながら問いかけた豊島に、菜々はにやりと不敵に笑ってみせた。



「鈍感な豊島さんにしては鋭いですね。ということで、目を瞑ってください」


「ということで、じゃねーよ…何すんだマジで…」



 半ば強引な菜々の提案にぼやきつつも、豊島は言われた通り目を閉じる。


 そして即座に、菜々は魔法をかけた。瞬時にそれを理解した豊島は、思わず目を見開く。


 至近距離にある、泣いた跡を残した菜々の顔。


 慣れない感触から伝わる、彼女の温もり。


 一度も体験したことのない、感覚。


 豊島は――初めてのキスを知った。



「――魔法を使えなくさせちゃう魔法、です」



 やがてそっと唇を離した菜々は、豊島を相手に一度も見せたことのない慈愛の目で彼を見つめながら、魔法の正体を明かした。


 魔法使いとは、30歳を過ぎても女性経験のない男性のことを指す。


 菜々とキスをかわした豊島は、もう魔法使いではない。


 魔法使いではなくなった豊島は、もう魔法を使えない。


 未だ至近距離で見つめてくる菜々を呆然と見つめ返しながら、それをようやく理解した豊島の胸に、菜々の魔法によって生まれた想いがこみ上げてくる。



「…………くっ、くく……ははははっ!」



 こみ上げてきたのは、心からのおかしさだった。


 あまりにも場の雰囲気にそぐわない馬鹿笑いをする豊島を凝視し、菜々は思わず声を張り上げる。



「なっ、なんでそこで笑うんですか!デリカシーないにもほどがありますよ!」


「はーあっ、あっほくせー。魔法魔法って、ネトゲに影響されすぎだろ」


「なーっ!あたしは至って真面目に言ったのに-!」


「ネトゲ脳乙」


「むっかーっ!馬鹿にして-!」


「悔しかったら言い返してみろ」


「鈍感!無神経!変態!ロリコン!中年!真性童貞!」


「馬鹿にしすぎだ!」


「あっははははっ!」



 おかしくて、馬鹿馬鹿しくて、心から笑い合う二人の声が、雪のちらつく聖夜の空に響き渡る。


 いつまでも、いつまでも、こうして笑い合って過ごしたい。


 いつかまた、涙を見せてしまう時が訪れても。


 色んなことがあったこの夜を思い出して、きっとまた笑顔になれる。


 特別な夜に二人で歌った、あの歌を心の中で響かせながら。







 涙の魔法を解かれた彼女は、幸せな終わりを迎えた。


 かけがえのない存在と、恋の歌を紡ぐ喜びに満たされながら。




【涙の魔法 -彼女の終わりと恋の歌-】- FIN -

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