3/8 彼女を繋ぎ止める記憶
――菜々は、すべての支えを失った。
その身の支えも。その心の支えも。
何もかもを、暗闇に投げ捨てた。
地面に叩き付けられるまでの、ほんの刹那。
その刹那の間に、菜々の脳裏に見覚えのある景色が浮かび上がる。
――走馬灯。
そのことに瞬時に気づいた菜々は、同時に悟った。
本当に、最期なのだ――と。
そしてもう一つ、菜々は気づかされる。
この光景は、菜々の中で長らくの間、封じていた過去。
呼び覚ますことを頑なに禁じた、消し去りたかった記憶。
――『あの時』の、記憶。
こうして菜々が命を絶つ覚悟を抱いた、きっかけとなった出来事。
彼に対して、初めて涙を見せた時のこと。
もしかすると、自身の抱えるありとあらゆる問題の根源は、ここにあるかもしれない。
そう思いながら、菜々は心から安堵した。
これでもう、思い残すことはなくなる。
不意に訪れた、追憶の時間。
終わりを迎えるまでのほんの刹那の間だけであろうその僥倖を、菜々は快く受け入れた。
たとえ、思い出したくもない凄惨な過去であったとしても。
今際の際に垣間見る走馬灯には、むしろそのくらいの不遇な回想が相応しい。
終わりを望んだきっかけに、触れられるのなら。
制御できなくなった自分の感情を、思い出せるのなら。
彼に対する想いが、明らかになるのなら。
何もかもに決着をつけて、綺麗に終わらせたい。
走馬灯の終焉と同時に幕を下ろす、愚かな自分の人生。
真のラストシーンが、菜々の中で静かに幕を上げた――




