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2/10 せっかくの聖夜に聞きたくなかった言葉


「んじゃ、ライブ気分を味わうためにセトリでも作るか」


「セトリ…ああ、セットリストですか。本格的ですね」



 ライブの曲目一覧であるセットリストを作るという茂松の提案に、菜々は興味を引いてみせる。


 提案者はおもむろにスマホを開いて準備を整え、手をこまねいて豊島を引き寄せた。



「裕太、なんかリクエストない?とりあえず三人でざっと候補だけ挙げてって、曲順は俺らで考えようぜ」


「あたし曲順知らないまま歌うんですか?」


「大丈夫だって、あらかじめなっちゃんがフルで歌える奴から選ぶし。次は何歌わされるのかってドキドキする方が面白いっしょ」


「歌い手がセトリ把握してないライブってのも変ですけどね」


「そこはほら、シークレットライブって奴」


「それは聴衆側にシークレットにする奴だ」



 待ちかねていた豊島のツッコミに、茂松は思いきり笑い飛ばしてみせる。


 実のところ、菜々とだけケイナの話で盛り上がっていたものの、茂松はいつもより長いこと蚊帳の外を決め込む豊島を少し前から気に掛けていた。


 たまたま思いついた曲目作りに誘うことで彼の様子を探るつもりでいたが、やれやれと言いながら誘いに乗ってきた豊島に茂松は安堵した。



「リクエストなー。あるっちゃあるけど、タイトルが出てこねんだよな」


「ある程度ならスマホに曲入れてっから、何関連か言ってくれれば曲流すけど」


「じゃあ、こないだお前に貸したバトルものアニメの、最終回で流れた挿入歌。あれ確かケイナだよな。わかるか?」


「アニオタの記憶力パネエな。えーっと確か…これだろ?」


「当てる上に曲もちゃんと入れてるお前もパネエよ」



 豊島から得た少ない情報を頼りに曲を探り当ててみせ、スマホから目当ての曲を流しながら茂松は得意げに胸を張る。あー、と声を上げながら歌える旨を口にする菜々に対しても、二人は感心してみせた。


 そういった調子で三人は各々候補を挙げていき、菜々がフルで歌える歌で絞り込み、ライブらしくということでさらに十数曲までを厳選し終えた。


 厳選した曲の順番を考えるために、豊島と茂松はスマホにメモした曲名を眺め、時折もう一度曲を流しながらともに逡巡する。待ちわびる菜々は二人の真剣な表情だけを楽しげに見つめながら、手持ち無沙汰になって煙草に火を点けた。


 茂松のスマホから流れる様々な曲を小さく口ずさんでいた菜々は、不意に流れてきた曲を歌いかけた途中ではたと気づく。



「あれ。この曲って候補から外しませんでしたっけ」


「いや、これ着信音」



 きょとんとして菜々が二人を見やると、着信を知らせる画面が表示されているであろう茂松のスマホを見つめる彼らは、何故かげんなりした様子で顔を引きつらせていた。



「なんだ、電話ですか」


「部長からのな」



 豊島の返しに、菜々もつられて顔を歪ませる。


 休日の夜に、上司からの電話。三人の間に嫌な予感が流れる。



「裕太、出ろ」


「なんで俺が」



 当然の反論を口にする豊島を無視して、茂松は通話状態にしたスマホを豊島の耳に押しつけた。



「あ、お疲れ様です、豊島です。…いえ、隣にいます」



 強引に寄こされたスマホを仕方なく受け取り、おそらく違う電話の相手が出たことに疑問を発したのであろう部長に応じる豊島。


 そんな彼の電話の様子を見守りながら、茂松は菜々に顔を寄せてきた。



「ぜってー『お前らどうせ今日ヒマだろ。こっちの飲みに来ないか』って電話だよ」


「言いそー…」



 電話の向こうに聞こえないように耳打ちしてきた茂松に対し、元上司の人柄を把握している菜々は苦笑いしながら同じく声を潜めて呟いた。


 しかし応対していた豊島はさして部長と話し込むこともなく、持ち主の前にスマホをずいと差し出す。



「飲みじゃなくて、仕事の話だとよ」



 茂松と同様、飲み会の誘いであることを予想していた豊島は、彼に哀れみの目を送りながら告げる。


 休日に聞きたくなかった単語を耳にして思わず固まる茂松は、心当たりを必死に探りながらスマホを受け取って、ぎこちなく電話に出た。



「茂松です。何か、ありました?」



 おそるおそる尋ねる茂松のこわばった顔を見つめながら、豊島と菜々は煙草をふかしつつも彼に同情した。



「…報告書?仕様書と一緒に送った奴ですよね?何か不備でも……えっ…………あ」



 ぽかんと口を開けたまま、茂松の顔色がみるみるうちに青ざめる。


 その反応を見て豊島と菜々は顔を見合わせ、互いに呆れたように視線だけで確かめ合った。


 やらかしたな、と。







            *   *   *




「カナちゃんさんの保存忘れ癖とコピペ癖、直ってないんですね」


「もはや直しようがねーよ。あいつのミスをフォローさせられるたびに文句言ってるけど、もう諦めた」


「どれほどカナちゃんさんに手を焼いてても、なんだかんだ豊島さんは甘やかしちゃうんですね」


「…また掛け算してるだろ」


「バレたか」



 小さく舌を覗かせて悪戯に笑う菜々の横で、彼女の腐女子卒業宣言はなんだったのだろうかと豊島が溜め息をつく。


 部長から電話を受けた茂松はというと、再提出する報告書を仕上げるために駅の待合所で黙々とPCタブレットを操作している。


 報告書のデータが前回提出したものとまったく同じだった。それを茂松から伝え聞いた二人は、彼が文書データを使い回して必要箇所だけを修正したつもりが、保存し忘れていてそのまま部長に提出した、という流れが容易に想像できた。


 仕方なく三人は予定より一時間ほど早く切り上げて、居酒屋を出ることにした。運良く仕事で使用しているタブレットを車に置いていた茂松は、無線LANを使用できる駅の中にそれを持ち込んで作業をし、残る二人が外の喫煙スペースからその様子を眺めていた。



「仕事は真面目にやる人なのに、なんかどっか抜けてるんですよね、カナちゃんさん」


「だから出世できないんだな」


「それは豊島さんもでは?」


「俺は出世欲がないだけ」


「言い訳乙」


「ほっといて」



 いつもの軽口を言い合いながら、豊島と菜々は暇を潰す。


 豊島がちらりと横の菜々に目をやると、どうやら退屈を感じていたのは自分だけらしいということに気づかされる。


 菜々は真剣にタブレットを叩く茂松の姿を、この間と同じ目をしてじっと見つめていた。


 恋する乙女と豊島が称した、あの目だ。



(…やっぱりな)



 三度、自身を苛むあの違和感を感じて、豊島は確信した。


 彼女に対する想いを。


 自身がなすべきことを。


 そして、彼女が望んでいる形を。


 それを彼女に伝えるのは、茂松がいない二人きりの今しかない、と。



「菜々ちゃん」


「はい?」



 決意を込めた豊島の呼びかけに対し、その意図に気づきもしない菜々は、視線を茂松に向けたまま生返事をする。



「変なこと聞いても、いいかな」


「…どうしたんです?」



 表情だけは不思議そうな色を浮かべてみせるが、菜々の目は一向に豊島を見ようとしない。


 そんな菜々を真正面に見据えたまま、構わず豊島は告げた。



「俺って、菜々ちゃんに必要じゃなくね?」



 楽しげに茂松を見つめていた菜々の口元から、すっと笑みが消える。


 思わず体ごと豊島に向き直ったが、何故か彼を直視出来なかった菜々は、躊躇いがちに目を泳がせた。


 明らかに動揺を示す彼女の反応を終始真剣に見つめていた豊島に対し、やがて菜々は強気に笑ってみせて口を開いた。



「何言ってるんですか。豊島さんほどのいじられキャラ、他にいませんもん。必要ないなんて…」


「そうじゃなくてさ。彼氏じゃなくてもいいんじゃないかと思って」



 核心を口に出されてしまい、菜々は強がりをみせた笑顔を少しずつ陰らせ、とうとう黙り込んだ。



「恋人の関係で考えるの、やめないか?」



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