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1/10 どこか特別でいて案外普段通りの居酒屋デート



【第五章】




「メリー、クリぼーっち!」


「なんですかそれ」


「またそれかよ」



 妙な乾杯の音頭をとる茂松と、思わずそれに笑ってしまう菜々と、恒例の音頭に呆れてみせる豊島は、いつものように乾杯した。


 24日に集まることになった三人が、当日を迎えて最初に訪れたのは居酒屋の方だった。居酒屋とカラオケの両方を予約するにはシーズン的に調整が難しく、前回と違ってカラオケの予約時間の方が居酒屋より後になってしまった。


 三人はカラオケの後に懇親会、もしくは反省会として居酒屋に来ることを理想としている。だがこの際、順番が逆になっても彼らは特に気にしなかった。



「クリスマス付近に独り者の集まりで飲み会やる時は、毎回やるんだよこいつ」


「語呂はいいですよね。言葉の意味的に後ろ向きですけど」



 クリスマスにひとりぼっち。つまり恋人のいないクリスマスを迎える人を指すのが、クリぼっちという言葉である。


 菜々がそのネットスラングを知っていてくれたことに、豊島も茂松も少なからずほっとした。これをわざわざ口に出して説明させられることは、精神的にダメージを負いかねないことを彼らは知っているからだ。



「でも、今年はクリぼっちじゃないじゃないですか」



 至って明るく言ってのけた菜々の一言に、豊島と茂松の表情が思わずこわばる。


 あまりにもやりとりがいつも通り過ぎていつも忘れかけるが、三人は恋人同士なのだ。


 クリスマスに恋人と過ごしている三人は、クリぼっちではない。確かに、と豊島と茂松は顔を見合わせながら賛同した。



「てことは、今日はクリぼっち回避の会だな」


「人生初の、ですよね?」


「いきなり痛いとこつかないでよなっちゃん…」



 始まって早々に菜々のからかいを喰らって、茂松は情けない声を上げて嘆いた。


 先制攻撃がうまく決まって気をよくした菜々は、愉快そうに笑ってみせながら何の気なしに本音を漏らす。



「あたしだって20代初のクリぼっちになるところだったんですから、正直焦ってましたよ」



 それを聞いた二人は、彼女の本音を無意識に深読みする。


 20歳を越えてから、菜々はクリぼっちの経験がない。それはつまり、クリスマスは常に恋人の存在があったということ。


 確かに菜々は20歳のクリスマスより前から、野田と付き合っていた。


 豊島と茂松は、返す言葉に悩んだ。



「でも、カナちゃんさんと豊島さんに付き合ってもらえて、ほんと幸せですよ」


「…心底幸せそうで、何よりだよ」



 困り顔で笑んでみせながらも言葉を返せたのは、豊島の方だった。


 彼の精一杯の返答を横で聞いていた茂松も、胸中に渦巻く靄を晴らして気持ちを切り替えようと口を開く。



「なっちゃんばっか幸せもらってんのはずりーよ。今まで寂しい立場ばっかり経験してきた俺らこそ、優先的に幸せもらうべきじゃね?」



 いつも突拍子もない思いつきばかり口にする男だったが、茂松がそんな考えを口にするなど、豊島も菜々もまったく予想していなかった。


 二人の恋人から幸せをもらう菜々と同様に、菜々という彼女から幸せを受け取りたい。


 茂松はすでにその意識を持っている。傍で聞いていた二人はそう確信した。


 彼の意外な一言に目を丸くしていた豊島は、ふっと笑いを漏らしながらそれに続く。



「なるほど。二人分の幸せもらってるわけだから、菜々ちゃんは二人分の幸せあげられるように頑張らないといけないな」



 うぐ、と喉の奥を鳴らして、豊島に念を押された菜々が頬を引きつらせる。



「た、確かに、そういうことですよね…」


「クリぼっちマスターを二人も相手にすんのは大変だぞー?」


「そうだそうだ。いつどんなネガ発言が、どっちから繰り出されるかわかんないからな」


「く、クリぼっちマスター発言に対するツッコミはナシなんですか豊島さんっ」


「それツッコむより菜々ちゃんいじる方が面白い」


「そんなあー!」



 珍しい二人同時の攻撃に慌てふためく菜々を見て、豊島と茂松は満足げに笑い声を上げた。







「ケイナ様と言えば、今頃はクリスマスライブの真っ最中なんだよな」


「毎年恒例ですよね。先月出たアルバムの歌が中心になるのかな」


「確かあのアルバムの中にクリスマスソング入ってたよな。あれ今日のカラオケで歌える?なっちゃん」


「任せてください。バッチリ練習してきましたから」


「さあっすがなっちゃん!今日は菜々様のクリスマスミニライブだな」


「ケイナのライブ、一度は行ってみたいなー。カナちゃんさんは行ったことあるんですよね?」


「何回かね。裕太誘って行ったこともあるし。ペンライト振り回してコールすんの、かなり気持ちいいよ」


「ペンライトより、あたしは生歌聴ければそれで充分ですけどね」


「何言ってんの。ケイナ様のライブにペンライトは必須だって」


「でも周りのコールでケイナの歌消されません?」


「全力でコールして歌は脳内補完。これファンの必須スキルだから」


「そういうもんですか」



 大好きなケイナについて熱く語り合う茂松と菜々。二人の会話をぼんやりと聞いているだけで、豊島は特に口を挟まずに傍観している。


 ケイナの歌が好きであるという共通の趣味を持つ三人だったが、当初から豊島は二人ほどケイナに心酔しているわけではなかった。


 数あるアニソンの中では、ケイナの歌が好みやすい。別にケイナという歌手自体が好きというわけでもない彼が、こうして二人のケイナ談義の輪から少し離れる光景は、珍しいことではなかった。


 だが、何故かこの時だけは、豊島のみが違和感を感じていた。



(まただ…)



 自身の腹か胸の辺りが、軽く締め付けられるような感覚。


 それと同じ感覚を覚えたのは、菜々が茂松への憧れを豊島に語り聞かせた時だった。


 談笑する二人の姿を見ているだけで、何故またこんな感覚に陥るのだろうか。漠然と思いを巡らせながら、豊島は中空に煙を吐く。



(減らさねーと駄目かな、煙草)



 菜々と再会してからの豊島の煙草の消費量は、以前より明らかに増えていた。

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