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4/8 繊細な彼女の強がり

 悲痛な奈津美の想いを受け止める菜々は、抱きしめる彼女に掛ける言葉を探して目を伏せる。



「…あたしを叱ってくれるお母さんがいるから、やり方間違えてもあたし頑張れてるよ」


「心配させられるお母さんの身になってよ」


「反省してます」


「…弱いんだから、あんたは。誰かが傍にいてくれないと寂しくて駄目なら、もっとあたしを頼ってよかったんだよ」


「奈津美と結婚できたらよかったのにな」


「あたしだってそう思うよ」


「今日は泊まってく?」


「そうさせてもらう。頑張って夜勤に行く嫁の帰りを待たせてもらうよ」


「ありがとね」



 奈津美はそっと菜々の体を離れ、申し訳なさそうに笑う彼女を確かめた。


 抱きしめながら言葉を交わしていて、そして自然に笑ってみせる彼女を見て、奈津美は思った。



「泣かなくなったね、菜々」



 自身の涙を拭いながら奈津美が漏らした一言に、菜々は一瞬どきりとした。なんとか動揺を隠して、菜々はその一言にきょとんとした顔を返してみせる。



「茂松さんにフラれた時なんか、あんなに泣いてたじゃない。付き合うことになった前の旦那とのことも不安で仕方なくて、どうしようどうしようって言いながらさ」


「……強くなったの、あたしは。あの頃よりずっと」


「なんだか、ドラマに出てきそう。その台詞」


「そう?」


「ていうかあんたの人生ってさ、ほんと嘘臭いほどドラマだね。恋愛ドラマの主人公として脚光を浴びてもらわないともったいないくらい、濃い人生経験してると思うよ」


「あたしの人生ドラマ化したって、なんにも面白くないって。名作どころか、そこらのB級ホームドラマに埋もれて、売れずに終わり」


「こんな時にそんな例えで冗談言えるくらいなら、大丈夫かな」


「あなたの娘は、こんなに強い子に成長しました」


「はいはい。でも、本当に強くなるのと、強がることに慣れるのとじゃ、全然違うからね?」



 なおも涙ぐむ奈津美の頭を、ぽんぽんと優しく撫でる菜々。


 慰められるべき相手を違えているその行為に、二人はそっと笑い合った。


 笑いながら、菜々はほんの少しだけ安堵する。



(奈津美が見抜けないくらいに、うまくなったのかな…強がるの)



 菜々は、親友にまで嘘をついてしまった。


 その後ろめたさを抱えることは、一人で抱えるなと言ってくれた奈津美の涙を裏切るということ。そのくらいは、菜々でさえわかりきっていた。


 だが、正直に自分の想いを表す勇気を持てなかった菜々は、心の中で何度も何度も奈津美に詫び続けながら笑っていた。



「あたし、奈津美が思ってるほど焦ってるつもりないから。なんとかしなきゃって本当に焦ってるなら、呑気にネット彼氏と話したりしないって」


「…それもそうか。架空の彼氏とお喋りする余裕くらいありますーって、言いたいのね?」


「そうそう。もしあたしが二人とも本気で好きになれなかったとしても、ネット彼氏との付き合いは続けるつもりだし」


「それ、人としてどうなの」


「現代人としては、アリ?」


「女としてナシ!」



 茶化す菜々の頭を奈津美が軽く小突き、二人きりの菜々の家の中は再び明るさを取り戻した。







            *   *   *




 バイト先のコンビニと菜々のマンションの距離は、歩いて数分程度だ。


 イヤホンでケイナの歌を聴きながら、のんびりと通勤ルートを歩く。時折、好きなフレーズを小さく口ずさみながら。菜々が一日の中で最も好きなのは、そうやって仕事先と家を行き来する時間だった。


 出退勤は明るい時間がほとんどだったが、唯一シフトの異なる日曜の出勤の時だけは夜だ。さほど賑やかな通りではないが、点々と立つ店のささやかなネオンや、家々の明かりになんとなく目をやりながら、菜々は仕事先に向かって歩く。


 目的地まであと百メートルくらいのところまで来ると、今度は車通りに自然と目が行く。コンビニの駐車場へ入っていく車はあるか、駐車場にどのくらい車が停められているか、菜々は出勤時にそれを気にする習慣が身についていた。



「あっ…」



 思わず小さく声を上げて足を止め、前方で駐車場に入っていった一台の車を菜々は凝視した。


 悪い予感を押さえつけながら、今度は駆け足気味に駐車場を目指す。数十秒もかからずにたどり着いて、菜々は半分ほど車で埋まっている駐車場の一番奥に、目的の黒のミニバンを見つけた。


 遠目で色と車種を確認した彼女は、そこからおそるおそる近づいて車のナンバーを覗いた。



(…違った)



 ほっと胸を撫で下ろした菜々は、安堵の息を吐き出しながらバッグに入れていた煙草を取り出す。


 出勤前の一服も、彼女の日課だった。外に設けられた喫煙スペースのすぐ近くに本当にあの車がいたら、煙草どころではない。



(こんなとこに紛らわしい車停めないでよ…)



 おそらく店内で買い物をしているであろうその車の持ち主にとって、言いがかりもいいところだ。それくらいの自覚はあったが、それでも要らぬ不安を与えられたことに文句を言いたくなるほど、菜々はその車に嫌悪していた。


 ナンバーや内装などを除いて、その車は野田の車と同じだったからだ。


 懸命に苛立ちを抑えながら火を点けた煙草の煙を一気に吸い込み、安堵を混ぜて一気に中空に吐き出す菜々。



(なんで…こんな思いしなきゃならないのよ)



 あの男は、自分から会いに来るような真似など絶対にしない。


 でも、前に豊島が偶然訪れた時のように、交際相手を使った監視紛いのような行為に及ぶことは、今後もあるかもしれない。


 出退勤の時も、勤務中の時も、休憩中の時も、菜々はそのことを警戒して駐車場をこまめに観察するようになった。


 あの日から、毎日。

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