7/8 相手も自分もごまかし合って
「あの、えっと、なっちゃんさん?ご自分で何言ってらっしゃるかわかってる?」
「わかってますよ。彼女になってあげてもいいですよって」
動揺を隠せない茂松に平然と言い方を変えて答え直すが、菜々の言葉の意味はちっとも変わらない。
「だってあたし離婚しちゃったし。まだ彼氏いないし。カナちゃんさんと豊島さんが彼氏になってくれたら嬉しいし」
けろっとした顔で笑ってみせる菜々をよそに、二人は唖然として顔を見合わせる。
これが修羅場を経験した女の強さか。彼らは目線で互いの思いを確かめ合う。
衝撃の強すぎる発言に戸惑いを隠すことなどできないが、それでも豊島がなんとか冷静に頭をフル稼働させ、導き出した解釈を恐る恐る彼女に尋ねる。
「……要は、これからも三人で遊びたいってことで、いいのかな」
我ながら都合のいい解釈だ。口にしながら豊島は内心で苦笑いする。
その問いかけを受けた菜々は、悪戯に笑って当然のように答えた。
「そういうことです」
* * *
「……どっちを彼氏に選ぶんだろうなー、なんてあれだけ悩んでたのにさ」
「……どっちも、だもんな」
手強い相手だった。ゲームの難敵をようやく倒したかのような心持ちで、それでも二人は倒すまでの間に削られた自分の体力の低さを感じて溜め息をつき合った。
菜々と合流してから、三人はカラオケ屋で4時間ほど過ごした。日付を越えたことに遅れて気づいた彼らは、明日も仕事を控える菜々を気遣い、さすがに解散することにした。
夜勤だからまだ平気だとごねる菜々をなんとかなだめ、タクシー乗り場まで送り届けられてもなお名残惜しそうな笑顔で帰った彼女のことを思い返しながら、彼らは駅のすぐ横にある喫煙スペースで煙草を吸っていた。
「まあ、なっちゃんが楽しければそれでよし、ってことでいいんだろうな」
「今はそう思うことにして、あの子の気が済むまで振り回されてやれば、離婚の悩みも忘れるだろ」
「なんだかんだ俺らも楽しめたし、俺ら二人でなっちゃんの彼氏になるのも悪くない…んだろうか」
「あまり深く考えるな。彼氏彼女で考えるから引っかかるんだ」
「そうだな。どうせ会えるのは休みの日だけだし、気兼ねなく遊びに誘える機会が増えた、くらいで考えればいっか」
「そうそう」
口々に自分の考えを出し合い、確かめ合うことで、二人は互いに抱える焦りと不安を取り払おうとした。
そんな言葉の往復が禅問答に近い気がしてきた豊島は、改めて自身に湧いた疑問を確かめるついでに、話を切り替える。
「これからの菜々ちゃんとの付き合い方は、まあどうにでもなるだろ。それより、俺らの予想してたことに一つ計算違いがあった」
「何が?なっちゃんのはっちゃけぶり?」
「違う。…いや、それもあるけどさ。野田の話が食い違ってたことだ」
茂松の即答に納得しかけたが、豊島はなんとか脱線を免れる。
また一軒目のような長い議論が始まるのか。茂松は少し億劫になりながらも、気がかりを残しておけない質の彼は、ほんの少し気合いを入れ直して豊島に尋ねる。
「野田の話っていうと?」
「決まってんだろ。別の誰か、の存在だ」
もう忘れたのか、と軽く呆れた目で豊島が茂松を見るが、彼に限ってそんなことはなかった。
勘の鋭い茂松だからこそ、それくらいのことは早い段階で気づいていた。聞き出すような口ぶりをしたのは、豊島も気づいているか確かめるためにわざとそうしたのだ。
「なっちゃんには別の誰かの存在がいるから、俺らの支えを求めては来ないと野田は言った。でもなっちゃんは、俺らに彼氏になってもらうこと――自分の支えになってもらうことを求めた」
「やっぱり、野田がカマを掛けただけか?」
「かもしれないが、今度は野田から一方的に離婚を切り出したことへの辻褄が合わなくなる。なっちゃんが浮気していた可能性はほとんど消えたからな」
「…なあシゲ。離婚のきっかけまで考える必要あるのか?俺らがそこまで考えても、それは菜々ちゃんたちだけの問題だろ」
「あ」
冷静にツッコんでくれた豊島のおかげで、フル回転させていた茂松の思考が静止する。
役得で彼氏になったとはいえ、所詮は他人事なのだ。そう思い直して茂松は苦笑いを浮かべる。
「そうだな。つい推理モードになって熱くなるとこだったわ」
「仕方ねーよ。菜々ちゃんの考えてることとか何を経験してきたかとか、俺らには想像つかねーんだから」
「まあな。なっちゃんは特別好きな人が今はいないから、俺らを哀れんで親切にも彼女役を引き受けてくれた。そう思っていれば、今はいいか」
「そういうことだ」
「都合よすぎるけどな」
「好都合ついでに、お前が気にしすぎる離婚のことだって軽く捉えておけばいい。どうせあの野田のことだ。今の彼女の方が菜々ちゃんよりもいい女に見えたとか、そう錯覚したのがきっかけ、くらいに思えばいいだろ」
「それだけはない」
楽観的な会話にそぐわない、真剣味を帯びた茂松の声が豊島を遮る。
かなり強調的な否定をする茂松の意図が気にかかり、思わず豊島の表情も引き締まる。
「どういうことだ」
「今まで特に気にしてなかったけどさ、実際に見たんだよ俺。野田の彼女」
「そういえば、シゲに呼び出された時にその彼女連れてきてたんだっけ」
「その時もだし、なっちゃんの店に来た時もそいつ使って俺らの邪魔したろ」
「いつでもどこでも一緒とは、ずいぶんと仲のよろしいことで…」
皮肉を込めて毒と煙を吐き出す豊島を見つめ、茂松は苦々しい顔を作りながら続ける。
「なんか無愛想な女でさ。化粧っ気もなくてあからさまに根暗で、いかにもメンヘラって感じ。見た目年齢だって、たぶん俺らとそんなに変わんないんじゃないかって思ったし」
「いいとこ全く出てこねーな」
「直接喋ってないからわかんねーけどよ、どれっだけ内面がよくてもあの外ヅラじゃ、なっちゃん捨ててまであの女選ぶ理由が全っ然理解できねーわけ」
「それがお前が離婚のきっかけにこだわる理由なのか」
「そういうこと。なっちゃんに非があるならまだしも、あの女の方がいいからって理由で野田が離婚したがったとしたら、マジ納得いかねーよ」
心底腑に落ちない様子で、茂松はなおも毒づく。
「なっちゃんとあのメンヘラ女を天秤にかけて、野田はメンヘラ女を選んだ。そこに野田のどんな事情が絡んでたとしても、この結果を生んだ野田を俺は絶対に許せない」
「だから深入りしすぎるなって」
「いーや。こればっかりは譲らねー。あのきったねー女、単純にムカつく顔してたし。野田と一緒に殴り飛ばしてやりてーわ」
「お前なら本当に殴りかねないから、深入りするなって言ってんだよ」
「…本当には、殴らねーけどよ」
「今のお前の勢いだと説得力がないぞ、その台詞」
咎める豊島の語気が強さを増していき、茂松はとうとう黙りこんだ。
実際に野田の彼女を見ていない豊島としては、茂松の主観で伝え聞いたことでしかその彼女を評価できない。偏りの強すぎる主観ではあるが、茂松の主張したいことに豊島も少なからず同意見を抱いた。
ほぼ初対面の茂松がこれほどけなす言葉を口にして表されるような女と、人を笑わせることが好きで自身も笑顔の絶えない菜々。
野田は何故、菜々を捨てたのだろうかと。




