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5/8 変わらないようで確かに変わった彼女と





            *   *   *




「わー!カナちゃんさんお久しぶりー!」


「よっ。元気そうだねなっちゃん。なんか痩せたんじゃない?」


「痩せましたよー」


(開口一番セクハラかよ…)



 待ち受けていたカラオケボックス内で嬉しそうに声を上げる菜々の向かいの席へ、親しげに言葉を返す茂松と、心中で彼にツッコミを入れる豊島がそれぞれ腰を下ろす。



「豊島さんはこないだぶりですね。…なんか疲れてません?」


「…こいつのお守りでだいぶ疲れた」



 さっきまでいた飲み屋での茂松は微塵も躊躇いなど見せず、ヒトカラに興じる菜々と合流しようと提案してきた。即座に豊島は、あの手この手で彼を思い留まらせることに必死になった。


 だがそれも健闘虚しく茂松にスマホを奪い取られ、合流してもいいか確認する旨の内容を勝手に送られた。強引な彼の行動に豊島が説教をするさなか、二人が来るのを楽しみに待っている旨のメールを菜々から返され、豊島はとうとう観念した。


 そして自身達の抱える事情などまったく意に介していない様子の、二人のお気楽なやりとりを目の当たりにし、豊島は心身ともに疲弊しきっていた。



「お前にお守り頼んだ覚えなんてねーし。いつもどーりの和気あいあいとした飲みだったじゃん」


「どんな和気あいあいだったんですか?」


「そりゃーなっちゃんの想像してるような和気あいあいっぷりで」


「なるほどおー。掛け算妄想が捗っちゃいますなあー」


「腐女子乙!」



 おふざけ全開の会話で笑い合う二人の横で、複雑な心境になりながらも豊島は思った。


 この悪ノリっぷりはあの頃とまったく同じだ。早速彼女の妄想の餌食にされてはいるようだが、くだらない掛け合いに呆れ返る豊島を標的に、茂松と菜々が結託して自由奔放にふざけ合うこの流れに、懐かしささえ感じる。


 この三人で交流することを複雑に思う様子は、菜々の笑顔からは見受けられない。それがわかって、ようやく豊島は胸を撫で下ろした。



「こないだは本当すみませんでした。せっかく待っててもらってたのに」


「ん?ああ、なっちゃんの店での話ね。忙しそうだったから仕方ねーよ」


「またカナちゃんさんといっぱいお喋りしたいなーって、あたし楽しみにしてたんですよ」


「俺も俺も」


「よく言うよ」



 調子に乗る茂松にツッコんだのは、もちろん豊島だ。



「久しぶりに話すから緊張して心の準備がー、とか抜かしてたのはどこのどいつだ」


「うるせー、ラッキースケベ」


「やかましいわ思春期野郎!」



 息のあった二人の掛け合いに、菜々が腹を抱えて笑い出す。



「これこれ!やっぱ相変わらず面白いです、二人の漫才」



 なおもからからと笑う彼女の笑顔を見て、二人も心から安堵して笑った。


 やがて笑いの収まった菜々が二人にドリンクを頼むか尋ね、すでに一軒目で酒を飲んでいた彼らはここでもアルコールを頼むことにした。それぞれの希望したドリンクを注文パネルで探す彼女に、茂松が問いかける。



「なっちゃん、普段からヒトカラしてんの?」


「たまにしますよ。一人だと自由に歌えるし、ケイナの歌もいっぱい練習できますから」


「おっ、相変わらずケイナ様信者か。嬉しいねえ」


「カナちゃんさんほどじゃないですってば」


「今日もケイナ様歌ってたんでしょ?履歴見ていい?」


「どうぞどうぞ」



 菜々の返事も待たずに送信機を手元に寄せた茂松が、興味深げに選曲履歴を眺め始める。


 隣の豊島もそれを覗き込みながら、彼女が歌っていたケイナの歌のタイトルを一つ一つ見ていった。


 どうです?と、注文を送信し終えて尋ねてくる菜々に、茂松は感嘆の声を上げてみせる。



「へー。かなり新しい曲も入れてるじゃん。これ全部フルで歌えるの?」


「歌えますよ。アルバム結構集めてますから」


「前より本腰入れてケイナ様マスター目指してんな、なっちゃん」


「そんなことないですよ」



 謙遜する菜々の声に、履歴の中に気になる一曲を見つけた茂松の声が被る。



「あっ、俺この歌好き!裕太もこれ知ってるだろ?」


「ん?…ああ、去年お前がハマってた深夜アニメの主題歌か。知ってる知ってる」


「だよな。なっちゃん、これ歌ってよ」



 どれですか?と菜々も送信機を覗き込む。茂松の指した曲名を確認して、快く歌うことを了承する。


 茂松が選曲して送信を押す一連の動作の合間に、菜々が尋ねる。



「あたし、アニメの方は見たことないんですよ。でもこの歌アニメ映像付きだったから、歌いながら面白そうだなーって見てたんですけど、どうなんですか?」


「めちゃめちゃ面白いよ。去年のアニメの中では、ダントツで俺のベスト」


「本当ですか?今度DVD借りよっかなー」



 やがてイントロが流れるとほぼ同時に、注文した三人分のドリンクを持った店員が、声を掛けながら部屋に入ってきた。


 入り口に一番近い席にいた豊島がそれを受け取り、それぞれに分けて寄こす。


 そして菜々が何を注文していたのか把握していなかった豊島が、彼女の頼んだドリンクを見て意外そうな声で尋ねた。



「あれ、菜々ちゃんカシスオレンジなんて頼んでたんだ」


「そうですよ。気分的に今日はこういうのばっか飲んでます」



 答えてすぐに、菜々はケイナを彷彿とさせる高音を高らかに発して、完璧な歌い出しを決めた。


 目当てのアニメ映像と菜々の歌声に興奮しきりの茂松の横に座りながら、豊島は微妙な面持ちで彼女の歌に耳を傾けた。


 彼は、自分が何に引っかかりを覚えているのかにすら、はっきりと気づけないでいた。さりげなく注文パネルを手元に寄せ、注文履歴を確かめる。



(ビール…今日は頼んでないのか)



 豊島と茂松が注文する以前の履歴には、カルピスサワーやらカシスオレンジやらカクテル系のドリンクが並んでいる。


 豊島が感服するほど、相変わらず注文量は多い。飲み放題プランで訪れたと言っていた菜々の言葉にもうなずける。


 だが、彼女が普段好む種類の酒が見当たらない。酒に強い彼女はどんな種類の酒でも嗜んだが、好んで飲むのはあまり女子らしくない酒だ。


 一杯目は必ずビールを頼む。いつだったか菜々自身がそう口にしていたのを豊島は覚えていたが、その形跡は見当たらない。



(気分的に、まあそういうこともあるよな…)



 カクテル系ばかり飲みたい気分なら、菜々にとっても都合がいい。豊島はそう思って、自身を納得させた。


 茂松がいる時は、彼女は好みの酒を我慢していたのだから。







「やっぱなっちゃん歌うめえ!前よりケイナ様に近づいてないか?」


「近づけませんてー」


「いや、確実に上達してるしすげーわ!」



 茂松に褒めちぎられて謙遜しきりの菜々が、自分の席にすとんと座る。


 感慨深げに腕を組んで頷きながら、茂松が彼女を見つめて口を開く。



「なんか懐かしいなー。こうやってしょっちゅうカラオケに通い詰めた、あの頃を思い出すわ」



 あの頃、と茂松が口にした一言に、豊島は嫌な予感をよぎらせる。



「なっちゃんは何歌わせてもケイナ様ばりの歌で魅了するし、裕太も案外うまいからな。二人で一緒に歌うケイナ様もいいもんだった。俺はそこそこだと思ってっけど、どんだけ歌わせても一般レベル以下だったのが…」


「おい」



 思わず語気を強めて茂松の脇腹を小突き、豊島がその先を制する。


 一瞬目を丸くして茂松は彼を見返したが、すぐにはっとなって慌てて菜々に向き直った。



「あっ…ごめん、なっちゃん」



 詫びられた菜々本人は、きょとんとした顔で彼らを交互に見た。


 神妙な面持ちで目を伏せ、返す言葉を探す豊島と茂松。その二人の心情を察した菜々は、困ったように笑ってみせる。



「…気を遣わなくていいんですよ。あたし全然気にしてないんですから。変に気を遣われたりしたら、楽しくなくなっちゃいますし」


「菜々ちゃん…」


「野田のことなんて忘れましょ?あいつとはもう会うこともないですから」



 懸命に明るく振る舞う菜々の言葉を聞いても、二人の顔は晴れなかった。


 しびれを切らした菜々が何かを思いつき、傍らに置いてあった注文パネルを手にとって悪戯に彼らに笑いかける。



「それともきっついお酒飲ませて、無理矢理忘れさせましょうか?」


「それだけは勘弁して」「ごめんなさい許して」



 咄嗟に声を上げた二人の言葉が見事に重なり、一つ間を置いて菜々は今日一番に笑ってみせた。


 見事に菜々の思惑に乗せられた自分たちの滑稽さと、心から愉快そうに笑う菜々の無邪気さに、おかしさがこみ上げてきた彼らも思いきり笑った。


 くだらないやりとりで笑い合う光景が本当に懐かしく、本当に楽しく思えた。

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