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2/8 誰もが呆れるほどに純粋で


『お前も俺ぐらいの歳になるとな、リアルの恋愛がどれだけ難しいか、わかってくるようになるぞ』


『よっしーアラフォーなんだっけ』


『そうですが何か』


『もしかして魔法使い?そして賢者見習い?』


『ちげーし!』



 魔法使いとは、30歳を過ぎても女性経験のない男性のことを指す。そのまま40歳を迎えると、今度は賢者と称される。


 そんなネットスラングを用いたLizの憶測は、豊島の図星を指していた。



『意地になってらwwwその反応は確定だわww』


『魔法使いちゃうわ!』


『特攻キャラ使いなのにwww魔法使いとかwww』



 草だらけのLizのメッセージに、とうとう豊島は観念した。


 まあ、事実なのだから仕方ない。



『もう魔法使いでいいや…』


『最初から素直に認めろしw』


『うるせー。魔法使いだから女心が理解できねーんですよ』


『後輩ちゃんがいるじゃん。卒業できるチャンスよ?』


『滅多なことを言うんじゃない』


『でも好きって言われたんしょ?』



 軽薄に返してくるLizのメッセージに、豊島の手が止まる。


 菜々は、明白に好きだと告白してきたわけではない。


 豊島を好きになっては駄目、と漏らしただけだ。



(…どういう意味なんだ)



 今この瞬間まではき違えかけていた彼女の言葉の意味を、改めて思案し直す豊島。


 そのついでのつもりで、彼の意見も聞こうかと思い立つ。



『はっきり言われた訳じゃないんだけどさ。俺のことを好きになったら駄目だって思ってるらしくて』


『ほうほう』


『どういう意味だと思う?』


『んー…』



 わざわざ逡巡するのみの一言だけを送り、やはり次の言葉を溜めるLiz。


 それを待つ間、豊島も自分なりに彼女のことを考える。


 菜々が豊島を好いてはいけない理由。


 茂松を好きになった。野田を好きになった。だが豊島は好きになるべきではない。


 彼らと豊島の違いとは何なのか。



(菜々ちゃんにとって何か特別な理由が……俺だけに、ある…?)



 そんな大それた存在となる心当たりなど、あるはずがない。豊島はすぐに自身の考えを払った。


 そうしているうちに、Lizが打ち込んだ長文のメッセージが豊島の目の前に現れる。



『詳しく事情知らないから何とも言えねーけど、よっしーからちゃんと好きって言ってもらえるまでは自分から告白できない、とか?』



 真剣に答えるLizの言葉を、豊島は理解しかねた。



『つまり、どゆこと?』


『どういうことも何も、ふつー女子って男子から告白されたいもんだろ』


『その理屈は、なんとなくわかる』


『なんとなくじゃ駄目なんだっつの魔法使いw男子の鈍さは知らないうちに女子を傷つけてるらしいぜ?』



 持論を展開するLizの言葉に、豊島の頭にかかった靄から、ほんの少し光明が見え始める。



(俺の鈍さが、知らないうちに菜々ちゃんを傷つけていた…)



 Lizの言葉を今の状況に置き換えて、豊島は頭の中でそれを反芻した。



『好きになったら駄目、じゃなくてさ。好きって自分から言い出すのが駄目。そう言おうとしてた、って考えてみ?』



 続けざまに送られてきたLizのメッセージを見つめ、豊島は深く思案する。


 野田にそそのかされた行為ではあるが、菜々は茂松に直接好きだと告げた。


 そして事前に交わした約束通り、菜々は野田と付き合うことを承諾した。それはつまり、これから野田を好きになると宣言したのと同じだ。


 やがてその心を裏切られ、菜々は独りになった。



(好きだって気持ちをきちんと相手に伝えてこれた菜々ちゃんは、自分のその行為でちゃんと成功したことがない)



 だから、恐れているのだ。


 自分の気持ちを正直に伝えることを。



『なんか、お前すげーな。たぶんその通りだわ』


『お?答え見つけた感じ?』


『俺一人じゃそこまで気がつかなかった。やっぱ鈍いな俺w』


『正直でよろしいw』


『また何かあればお前に協力要請するわ。その方がすぐ解決できるってよくわかった』


『恋のお悩みなら、このLiz様に任せろし!オレはよっしーと違って経験豊富だからw』



 ゲームのクエストも、現実の悩みも、彼に協力してもらうことでクリアできた。


 心の底から頼れる相棒だと、豊島は思った。







            *   *   *




「――って、俺はそいつに気づかされたわけ」


「なるほど。そいつなかなか鋭いな」


「だよな」



 茂松と酒を酌み交わしながら、豊島はLizとのやりとりをしみじみと語って聞かせた。



「恋愛感覚に長けてる奴は違うんだな。そのLizって男、実はなっちゃん本人でしたって言われたら信じそうなくらい、あの子の気持ちよくわかってるっぽいし」


「それだけはないな」


「だよな。なっちゃん自演とかできなそうだし」



 笑い飛ばしながら、茂松はウーロンハイを煽る。


 菜々がLizである可能性など、豊島の中では皆無だ。あのフランクで軽薄なメッセージを自然に返してくる奴は、彼女のイメージと全く結びつかない。


 茂松が仄めかしたよもやま話を気にも留めず、豊島は本題に切り替える。



「要はさ、菜々ちゃんは受け身になってるんだよ。俺らが告白してくるまで、自分の気持ちを抑えようとしている」



 豊島の示す結論に、茂松はグラスを片手にきょとんとした顔で彼を見返す。


 そしてすぐに皮肉の笑みを浮かべ、呆れたように返した。



「…俺らが、じゃなくて、裕太が、だろ」



 さらりと自分を巻き添えにされたことにツッコむ茂松。


 同じく豊島も呆れてみせ、もはや隠しても仕方ない本心を口にする。



「お前に一度フラれたからって、真剣に好きになった男の方から告白されたら、菜々ちゃんにとって一番幸せなことだと思うぞ」


「だから、なっちゃんが今好きなのは俺じゃなくて裕太だって」


「そう言い切れる根拠なんてない。あの子は本音を素直に見せる子じゃないし。今まで色々ありすぎたせいで自分の気持ちに迷いがあって、たまたま相談に乗った俺にほんの少し気持ちが揺らいだだけかもしれない」



 渾身の本音を語る豊島の言葉を聞きながら、茂松は煙草を取り出して火を点ける。


 その慣れた所作の中で、彼は小さく肩を揺らしながら含み笑いをしていた。


 何がおかしいんだ。そう言いたげな目で、豊島は彼を見つめる。



「…お前、案外逃げ上手なのな」



 その皮肉に対してのツッコミを、豊島はあえて心の中で留めた。



(…お前も、だろうが)



 揚げ足取りの応酬には、もう飽きていた。

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