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1/8 それぞれの気持ちの整理のつけ方



【第三章】




 茂松は、豊島に嘘をついた。


 土曜日の夜あたりに飲みに行かないか。会社の喫煙所で、豊島がそう提案してきた時のことだった。



『時間まで買い物でもしないか?俺、今やってるゲームほとんどやり尽くして飽きたから、新しいゲーム欲しいし。お前も楽しみにしてる新作があるって言ってたろ。あれそろそろ発売日じゃなかったっけ』



 ゲーム屋に行くことを提案する豊島。おそらく昼過ぎくらいに合流して、ゲーム屋以外にも色々回って、気晴らしをする算段だろう。


 彼の意図を即座に汲んだが、茂松は少し逡巡して返した。



『悪い。午後からちょっと野暮用あってさ。夕方くらいからなら遊べるだろうから、飲みだけにしね?』



 申し訳なさそうに言う茂松に対し、特に疑問も異論も抱かなかった豊島は彼の提案を素直にのんだ。


 その時点での茂松に、野暮用などなかった。


 それを実際に行動に移すべきかどうかを迷っていただけ。



(裕太に隠す必要なかっただろうけど、あいつ反対しそうだからな)



 心の中で独りごちて、茂松は少しだけ開けた車の窓の隙間から、煙草の煙を吐いた。


 土曜の午後。会社の駐車場には、茂松の車と数台の社用車しかない。カレンダー通りに土日祝日を休日とする会社の駐車場を利用する社員は、休日出勤の必要がない限り誰も訪れることはない。


 誰の目にもつかない好都合な状況に安堵しながら、だが彼は不安を抱えていた。



(俺を勘ぐって、連絡なしに約束すっぽかすことはない…だろうけど)



 人影のない会社の駐車場で、茂松は人と会う約束をしていた。


 指定した時間までまだ余裕はあったが、早い段階で駐車場に着いた彼は、はやる心と少しばかりの緊張を抑えて、その人物が訪れるのを車内で待っている。


 やがて、見覚えのある車が駐車場に侵入してきた。


 煙草を消した灰皿を持ち出して車を降り、一台分スペースを空けて駐車するその車を見ていて、茂松は運転席ではなく助手席に目をやる。



(…何考えてんだ、お前)



 眉をひそめながら助手席を凝視する茂松の問いかけは、約束を交わした相手である運転席の人物に向けたものだ。


 訝しげに見つめられた助手席に座る人物は、愛想のない顔で茂松に軽く会釈する。それに応える余裕すらなく、茂松は唖然と二人の姿を交互に見張る。


 やがて運転席のドアが開き、その男はにこやかに茂松に声を掛けてきた。



「お疲れっす、茂松さん。久しぶりですね」


「おう。急に呼び出したりして悪かったな、せっかくの休みなのに」



 皮肉をこめたつもりで返す茂松に、何も気に留めていない様子で待ち合わせの人物が彼に歩み寄る。



「話したいことって、なんすか?」


「話、ったって…」



 言葉に詰まらせ、茂松はさりげなく視線を助手席に戻す。


 さっき茂松に会釈していたその人物は、二人が車外で談笑する姿に目もくれず、退屈そうにスマホをいじっている。


 しきりに連れの存在を気にする茂松の思惑を察して、彼と対面するその男は申し訳なさそうに口を開いた。



「すみません。終わるまで待たせてるんで。場所変えて話しましょうか」


「…ああ。ちょっとしんどいかもだが、屋上でいいか?」



 目上の茂松の提案に素直に賛同し、彼らは連れだって会社の屋上へ向かった。







            *   *   *




 茂松との約束の時間までの暇潰しは、朝から自室のパソコンでネットゲームに興じようと決めていた。


 いくつかのクエストをこなして経験値を稼ぎ、自身の操作するキャラクターのレベルをひたすら上げるだけの作業。


 実に生産性のない休日の過ごし方だったが、豊島自身は充実感を得ていた。



『よっしーさっきの戦闘マジGJだったな!やっぱ補助魔法の生かし方うまいわー』



 豊島のクエスト巡回に途中から参加していたLizが、ついさっき終えたばかりのクエストの感想を送信してくる。


 獲得した戦利品が表示されている枠を確認しつつ、豊島もLizへの返答を打ち込む。



『お前の補助魔法かけるタイミングがうまいんだよ。回復かけるのも早くて助かるわ』


『そんなに褒めるなよーぅ』



 何かのアクションコマンドを選択されたLizのキャラクターが、その場で小躍りして喜びを体現する。


 近接戦闘に長けている豊島の特攻型キャラと、回復や能力アップの魔法を駆使するLizの支援型キャラ。二人の組み合わせは相性がよく、一人で挑むには少々難しいクエストは、大抵二人で協力してクリアしていた。



『さて、次はもうちょい難しいとこ行く?』



 Lizの提案のメッセージを見て、豊島は壁掛けの時計を一瞥する。


 少し考え込んでから、豊島はキーボードを叩いた。



『少し休憩。まだ時間はあるけど、この後予定あるんだ』


『うわ、出たよリア充自慢』



 こいつはおそらく勘違いをしているな。そう思った豊島は即座にメッセージを返す。



『言っておくがただの友達との飲みだぞ』


『はいはい。彼女とデートですねわかります』



 僻むLizに苛立ちさえ感じながら、とにかく豊島は弁解を続ける。



『相手はこないだ言った会社の元後輩の子じゃなくて、俺の同僚。それにその元後輩は彼女じゃないって、ちゃんと訂正したはずなんだが』


『把握した。同僚とデートな』


『誤解を招く表現やめろ』


『www』


『腐妄想の被害に遭うのは、その元後輩の妄想だけで勘弁してくれ…』



 本音を綴る豊島のメッセージから、少しだけ間が空いた。


 この愉快なやりとりに、現実のLizがパソコンの前で腹でも抱えて笑っているのだろうか。顔も見たことのない相手のそんな光景を思い浮かべ、豊島は違う話題を切り出す言葉を考え始める。


 が、先にLizが送りつけてきたメッセージを見て、豊島は思わず固まった。



『よっしーは後輩ちゃんのこと好きじゃないの?』



 この色ボケ野郎はいきなり何を言い出すのか。


 まあ、彼も異性にフラれたばかりなのだ。恋愛事に過敏に反応してしまうのだろう。


 実際のLizの年齢を知らない豊島は、自分の勝手な思い込みで彼を年下だと踏んでいる。酒好きであることを聞いたことがあったから、少なくとも20代を迎えた思春期盛りの大学生か新社会人か。そんな想像を彼に抱いていた。



『よくわかんね』


『何が?』


『好きかどうか』


『んじゃ少なくとも嫌いではないのな』


『そりゃな。普通にいい子だし』



 豊島のメッセージの後に再びほんの少しの間が空き、やがてLizがとんでもない一言を発する。



『じゃあ付き合ってもよくね!?』



 …思春期とは、かくもこれほどまでに短絡的であったか。

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