4/8 仮想ツールの相棒
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晩飯だけでも奢るから、そう言ってくれた茂松の厚意を豊島は丁重に断った。
さすがにあれ以上、彼と言葉を交わす気にはなれなかった。
一人になりたかった。
(シゲには、悪いことしたな…)
自分の相談事を聞いてもらうために彼の仕事を勝手に手伝ってやったくらいで、彼に恩を着せたとは微塵も思わない。
逆に彼に余計な問題事を背負わせてしまったことを、豊島は後悔した。
(今度はシゲと飲みに行くか。次の休みにでも)
その提案で一旦自身を落ち着かせ、豊島は自室のパソコンをぼんやりと見つめながら、モニタの中の自分の分身を歩かせる。
豊島の趣味は、専らアニメとゲームだ。
最初はまったりとした内容のアニメを、頭を空にして鑑賞するつもりでいたが、ものの数分ともたずに見るのをやめた。空にできなかった頭が、画面の中の平和な世界観に感情移入することを拒んだのだ。
仕方なく彼はテレビからパソコンに移動し、数年前からプレイしているオンラインゲームを立ち上げた。
彼がそのアクションRPGで使用しているプレイヤーキャラは女性キャラだ。選択可能なキャラの中で、最も幼い風貌のキャラを愛用している。
この事を菜々が知れば、また「ロリコン趣味」と笑い者にされそうだ。そんなことを思い巡らせ、豊島は一人苦笑を漏らす。
もはや誰の口からそういった軽蔑の言葉を掛けられようとも、豊島はまったく気にしなくなった。もはや開き直りすぎて「ロリこそ正義」と公然と断言できる、というレベルまで落ちてはいないはずだが。
(もう変態でもロリコンでも、何とでも言ってくれ)
とにかく豊島は、自分の評価を気にせず趣味に打ち込んでいた。
(誰か広場に来てるかな…)
そのゲーム内で「広場」と称される開けたフィールドは、主にプレイヤー同士のコミュニケーションが行われる場所だ。
豊島はキャラを気ままに歩かせて、見知ったプレイヤーがログインしていないか探した。初期装備の初見プレーヤーが時々声を掛けてきたが、適当に受け流して馴染みの名前だけを探す。
気心の知れたゲーム内の仲間と、気兼ねないやりとりができることを豊島は期待した。
「……あれ?こいつ…」
思わず声に出して、画面の奥から現れたキャラに豊島の目が留まる。
顔立ちの整った、支援タイプのエルフ族キャラ。彼の頭上には「Liz」の文字が表示されている。何人かいる豊島の馴染みのプレイヤーのうちの一人だ。
向こうも豊島に気づいたようで、彼の操作するキャラクターに駆け寄りながらメッセージを送ってきた。
『おつ!今日仕事休みなん?』
知り合って数年ほど同じゲームで交流が続いている彼の第一声に、豊島は安心感を覚えながら返事を打ち込んだ。
『おつー。俺は休みだけど、お前日曜は仕事じゃなかったか?』
操作しているキャラクターは女だが、広場でメッセージのやりとりをする時の豊島は、普段の言葉遣いを崩さない。仲間にも自分が男であることは伝えてあるし、誰も違和感を示す言葉を返すことはなかった。
豊島のように、実際の自分と性別の異なるキャラクターを操作するプレイヤーは、こういったオンラインゲームの中では珍しくない。今まさに彼と言葉を交わしているLizも、キャラが男性だからプレイヤーも男性とは限らない。
Lizは普通に男言葉で話しかけてくるプレイヤーだが、豊島は彼がネカマかどうかなど気にしたことは一度もなかった。
そしてLizは、豊島がよく知る男のように、軽薄な奴だった。
『今日バイトサボったwww』
豊島の問いかけに答えるLizのメッセージは、誰かの声に置き換えて再生すると、何故かしっくりくる。どうでもいい思いつきを浮かべる自身に呆れつつ、豊島は彼が送ってくる字面の軽さに笑みをこぼした。
Lizと豊島がこうして広場で会話を交わすのは、大抵が平日の夜だった。それぞれの仕事終わりにログインしては、こうして広場で交流したり、ゲーム内のクエストを協力プレイしたりしてよく遊んでいる。
このゲーム内で出会った仲間の中でも、Lizは豊島にとって特に仲のいいプレイヤーと言えた。
『なんでサボったんよ』
『いやー、二日酔いで?w』
『疑問符をつけるなw』
『見た目ダルさ全開だったみたいで、お前もう休んでろって職場の友達に言われて、代わりにそいつに出てもらってるwww』
『ここで草生やしてる場合か寝てろw友達に謝れw』
『寝れないんすよねー』
『子守歌でも歌うか?』
『いらね』
『この野郎www』
文字だけを追いかける気楽な会話が、すっかり豊島の心を落ち着かせた。
砕けた会話の相手になってくれるLizに密かに感謝していると、彼は新たな話題を送ってきた。
『そういやよっしーも昨日飲みやるって言ってなかったっけ。どうだった?』
オンラインだけの楽しい会話に、あまり直視したくない現実が少しだけ顔を覗かせる。
よっしー、と彼が口にしたのは、このゲーム内での豊島のプレイヤー名だ。学生時代に茂松から勝手につけられたあだ名で、彼曰く「とよしま」の間2文字をとったものらしい。実際にその名で呼ばれることは断固拒否を示したが、ゲームなどで名前入力を求められた際には、何となく拝借している。
そんな由来など気にも留めていないであろうLizの問いかけに、豊島は一瞬だけ考え込んで簡単に返す。
『ふつーに楽しかったよ』
『そっかー。いいなー』
羨んでみせるLizの反応が気にかかり、メッセージを打ち込む豊島。
『お前の方はどうだったの?楽しかった?』
『いや、なんつーかさ…』
わざわざ三点リーダで終わるメッセージが送られてきて、いつも返しの早い彼にしては珍しく長い間が置かれる。
これは何かあるな、と確信めいて豊島は気長にメッセージを待ったが、ようやく表示された文面に思わず頬を引きつらせた。
『なんかオレ、フラれたっぽい』
…こんなところにまで色恋沙汰に悩む奴がいたとは。
世知辛い現実に打ちひしがれ、キーボードを叩こうとする指をさまよわせながら、Lizに返すメッセージを慎重に探る。
『告ったの?』
『いや、なんとなく脈ナシだなーってオレが思っただけなんだけどさ』
『なんていうか…頑張れ』
『頑張ってるつもりなんだけどねえ』
頑張る、か。
想いを寄せる相手に対して、Lizが何を頑張っているのか豊島は気になった。
『俺ももう少し頑張んないとだな。お前みたいに』
『お?なんぞなんぞ?』
『最近、恋愛絡みで色々と考えさせられることが増えてさ』
何気なく漏らした豊島の本音の一文で、また珍しく二人の会話が途切れる。
いかにもそのことで相談に乗ってほしいともとれる豊島の文面を見て、Lizはその続きを待っているのだろうか。そう察した豊島は、軽い気持ちで彼に相談してみようかと思い立ち、キーボードを叩く。
が、途中で指を止めた。何から話そうか悩む。
職場の元後輩が離婚した話。その彼女が想いを寄せる相手を今まで自分が勘違いしていて、まさかの自分に想いが向けられていた話。それらを全部同僚に明かして、だが何が解決したわけでもなかった、という話。
全てを聞いてもらうには、顔も素性も知らないネット上だけの友人に対して、あまりにも申し訳ないと思った。
思考を巡らせながらキーボードを見つめていると、メッセージを受信した通知音が鳴り、Lizからの返答に期待を抱きながら顔を上げる。
『好きな人できたん?よっしー』
その文面に思わず動揺したが、豊島は自嘲して笑った。
そりゃそう思うよな、普通。
途中まで打ち込んでいた文章を一旦消し、Lizへ返す文章を打ち込んでいる途中で、部屋着のパーカーのポケットに入れていたスマホが振動した。
マナーモードにしていたことを豊島は思い出し、電話かメールか確かめようと取り出して画面を覗く。
緊急をにおわせる電話ではなく、ただのメールの受信通知だったことに少しも安堵できない。
菜々からだった。




