終わりが迫る「彼女の話」
物語が、ラストシーンの導入部から始まる。
あたしが好きな映画やドラマの冒頭は、決まってそんな始まり方をする。
世界観も登場人物の詳細も、見てる側に何の説明もなく、めちゃくちゃに盛り上がっている場面をいきなり見せつけられる。見てる側の想像を膨らませて興味を誘う、一気に心が引き込まれるような演出。
そして物語は、そこでたいてい窮地に立たされている主人公が回想に入ることによって、始まっていくのだ。
…まあ、あくまで映画やドラマの話だ。
「あたしの話」なんかに、そんな凝った演出なんていらない。
クソ寒いし。
今の状況もそうだし、話の内容だってそう。
今の状況…改めて思い返すと、どうしてこうもドラマの題材に最適な条件ばかり揃っているのか。
吐く息は白く、風のない夜の空気にゆっくりと溶けていく。冷えきった体に時折落ちてくる雪は、少し待てば止みそうなほど頼りなく空から舞い降りる。
あたしが一歩一歩、階段を昇る音だけがむなしく響く、静まり返った街。たまに足を止めて明かりのついた通りを見下ろすと、この時間でも通行人はいるけれど数人しかいない。車もタクシーくらいしか通っていない。
孤独がただあたしを苛むばかりの、雪降る夜の街。人気のないビルの非常階段に、あたし一人。
極めつけに、今日はクリスマスイブだ。
これだけの好条件で、あたしという主人公はどんな素敵なドラマを経験したことでしょう。
……あほくさ。
誰に見せるわけでも聞かせるわけでもない「あたしの話」は、あたししか知らない話。
あたしの中で……あたし一人で、終わらせたい。
止めた歩を進め、再び目的の場所を目指して階段を昇る。
辿り着けば、そこからが「あたしの話」のラストシーンだ。
ふと、あの時の友人の言葉が頭をよぎる。
「あんたの人生ってさ、ほんと嘘臭いほどドラマだね」
…あの時は笑い飛ばしたけど、確かに自分でもそう思う。
「あたしの人生ドラマ化したって、なんにも面白くないって」
そう。他人が興味を引くような面白いことなんて、何一つない。
だから……終わらせに来た。
長い長い「あたしの話」のラストシーンが、これから始まる。
せっかくだから、回想に入ってみるのもいいかな。全然面白くなかったドラマが、鼻で笑い飛ばせそうな笑い話に少しでも変わって、終われるのなら。
見せられるわけないけど、ドラマみたいに「あたしの話」を回想してやろう。
ドラマ化に期待してくれた友人のために。
そして――あの人のために。
今日、私をフッた……あの人のために。
* * *
――絶対に、終わらせたりしない。
俺が今までしてきたこと。最悪の未来を受け入れようとしている彼女を、一人きりにさせてしまったこと。
過ちを引き止めることの出来た俺が、彼女の気持ちにちゃんと応えてやれなかったこと。
むしろそれを勘違いしたことで、彼女を傷つけたこと。
全部、謝るんだ。
賑わいが落ち着きだした街並みから少し逸れたあの場所に、きっと彼女はいる。
そこへ俺が駆けつけることを、彼女が望まなかったとしても。彼女の姿を必死で探し回って、クソ疲れた自分の体がどうなろうとも。
必ず見つけ出してみせる。
まだかすかに届いている、あの歌声を頼りに。
とはいえ……マジで死ぬほど疲れてきた。
クリスマスイブの夜に全力疾走とか、本音を言うのが許されるなら…勘弁して欲しかった。
こんなにしんどい思いをしなくて済んでいたら、今頃は最高の気分でイブの夜を楽しめていたはずなのに。
やり直せることなら、やり直したい。
どこからやり直せばいいのか、見当もつかないが。
今一度、きちんと彼女とのことを振り返っておこう。
もう一度、彼女と顔を合わせる前に。
これまで通り、二人でまた笑い合えるように。
彼女の歌が――終わってしまう前に。