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風呂のナマズ

作者: 瞳

 うちの風呂には薄い鏡があって、シャワーが繋がっている蛇口の上に置いて壁に立てかけている。元々は壁にくっつけて使う鏡だったのだけど、長年使っているうちに粘着力がなくなって壁から剝がれてしまった。なので、それを立てかけて使うようになった。


私は風呂に入る時、それを裏返して壁に立てかけておいて髪や体を洗う。鏡に自分の裸が映って見えるのが嫌なのだ。だから、私は何も映らないように裏返しておく。鏡の裏は白いが黒いカビがまだらに生えている。この家にはそんなところをブラシでこすってきれいにしておくような余裕がある人などいない。


 私は目が悪いので、普段はコンタクトレンズを付けて過ごしている。風呂に入っている間はコンタクトも眼鏡も付けていないので視界がぼやけてしまうが、もう慣れているので感覚を使って問題なく風呂に入れる。


 ある日いつものように裸眼で風呂に入っていると、鏡の裏にまだらに生えたカビが顔のように見えることに気づいた。顔と言っても、人間の顔ではない。目が離れて口も横に伸びた、ナマズのような顔である。目と口の間のカビが、ちょうどナマズの髭のように見える。

「ナマズ……。」

私はそう呟くと、ナマズの口が動いたような気がした。気のせいかと思い髪を洗い始めると、どこからか

「おう。」

と、声がした。まさかと思った。

「なんだよ。」

ナマズが喋った。


 これから私は毎晩、風呂でナマズと話すようになった。家族に聞かれないように小さい声で。ナマズはいい話し相手だった。私はナマズに、学校のこと、勉強のこと、友達の愚痴、家族のこと、色々な話をした。ナマズは大体自分には関係ないという感じで聞いていたけど、時々自分の意見を言ってくれたりした。その感じが話しやすくてよかった。


 ただ、いつもナマズに見られながら真っ裸で体を洗うのは恥ずかしかった。私は最初ナマズに、

「太っていて恥ずかしい。」

と言った。ナマズは

「太ってない。むしろ痩せ過ぎだ。」

と言った。でも、時間が経って私のことを知ってくると時々ニヤニヤしながら、

「最近太ったんじゃないか?」

なんて冷やかしてきたりした。これには私も少しむっとした。ナマズは嘘をつかない。正直者だ。


 私の家は母子家庭だが、私は金銭的に不自由だと感じたことはない。母は毎日仕事に出てくれているし、私ももう大学生になったのでバイトもできる。姉は大学を卒業したが就職せずに実家にいるけれど、まぁ仲良くやっている。あと、犬を一匹飼っている。風呂にいるナマズのことは私だけが知っている。


 友達は多くも少なくもない。人付き合いは人並みに上手くやっている。毎日学校で友達と、昨日のテレビの話とか、恋愛の話とか、本当に他愛のない、当たり障りない話をする。正直そんなに面白くないけど、聞き流したり、ちょうどいいタイミングで相づちを打って上手くやっている。人付き合いというのは、そんなもんなのだと思う。


 私はナマズによく、そんな友達の愚痴を聞いてもらう。ナマズには気を遣わずに済むので、私はナマズと話すのが好きだった。なんせ私はナマズに素っ裸を見られている。ナマズに対してもう恥ずかしいことも、隠すべきものもなかった。


「学校の友達は上辺だけの付き合いで、つまらない。」

と私がいうと、ナマズは

「そうなのか。」

と言った。

「家族とは、そもそも会話が少ない。」

と言うと、ナマズは

「それは寂しいな。」

と言った。

「毎日つまらない。」

と言うと、ナマズは

「毎日風呂で、俺と話せばいいじゃないか。」

と言った。


湯船に浸かって、鏡の裏のナマズを眺める。湯気の中でナマズが優しい表情をしているように見えた。私の目から溢れた雫が湯船のお湯に波紋を作る。

「なに泣いてるんだよ。」

とナマズが言う。


 ポタポタと、いくつもの波紋が広がる。

「つまらない……。」

リビングから、母と姉の口喧嘩が聞こえる。





「なに泣いてるんだよ。」




と、ナマズが言ったらいいのに。


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