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どうぞ
2.
「……ん?」
ここは、どこだ。
「あ、目が覚めました?」
右のほうから女の子の声がした。声の方向に顔を向ける。
そこにはどこかで見たことのあるような制服を着た女の子がいた。
「……君は……アキ……?」
「え、私のこと知っているんですか?」
「ん?」
確かに。僕は彼女とどこで会った?
「あれー?もしかして知り合いでしたっけ?ならごめんなさい、私あなたのこと覚えてないです……」
僕もアキとどこで会ったか覚えていない……いや。
だんだん記憶がはっきりしてきた。
「僕は……どうして生きているんだ?」
「はい?」
「……いや、こっちの話。今日って何日?」
「十六日では?」
僕が意識を失った日だ。
何が起きている?
何が起きている……?
「どうしました?」
「ん、ごめんごめん、僕は高校二年生の有宮ショウ、君は?」
「一年生の古川アキです!って、あれ?私のこと知っているのでは……?」
「あー、うん、えっと、君ミヤ高のバレー部だよね?僕の幼馴染がミヤ高にいてさ、君のこと可愛いって言ってたから。」
「えっ、だ、誰ですか!!」
「それを言ったら本人がかわいそうだから言わないよ、それよりここはどこだか知ってる?」
「それは私も気になってるんですよ。ショウさんは知らないですか?」
「……なにも、わからない。ごめん」
僕には前回の記憶がある。
この後アナウンスが流れて、だんだん部屋が広くなっていき……いや、だんだん僕たちの体が縮んでいって最後アキが死にたいって口にした瞬間、
「毒ガス、か。」
「なんか言いました?」
「ううん、何も言ってないよ」
「顔色、すごく悪いですけど大丈夫ですか……?何かありました?」
と、その時部屋に甲高いアナウンスが響いた。
『有宮ショウさん、古川アキさん、こんにちは。』
といった風に。
「だ、誰ですか!」
アキが叫ぶが僕は落ち着いていた。この展開はさっきやったからだ。
『はいはい落ち着いてください。これは脱出ゲーム。この部屋から出る方法は二つだけあります。頑張って探して脱出してください。』
記憶の中のセリフと全く同じ。やっぱりこれは既視感とかそういう類のものではないとはっきり理解した。
「脱出ゲームって何よ!私はやく帰りたいんですけど!」
前回と一字一句同じアキの発言に少し笑ってしまう。
『ルールは二つ。午前八時、正午、午後六時にこちらのほうから食事と携帯トイレを提供します。使用後は元あった位置に戻してください。ちなみに今は午前七時半なので一度チュートリアルとして午前八時提供分を出しましょう。』
高い天井が開く。
そこから紐に繋がった大皿が降りてきた。皿の上には声の主が言うように、袋から出された携帯トイレと菓子パン、それに縛られたビニール袋の中に入った水が乗っていた。
メニューが同じだった。
『食べ終わったり処理を終えたら二時間後に再び降ろすこの皿にのせてください。回収します。一度でも乗っていなかった場合、以降の食事提供はありませんので。』
「ルールの二つ目というのはなに?」
『死にたい、と思ったらいつでも言ってください。言えば楽に殺してあげます。』
そこでアナウンスは途切れ、あとには不愉快な機械音だけが残る。
「どういうことなんでしょう……ってショウさん、なんでそんなに落ち着いているんですか?」
「いや、なんでもないよ、それよりアキはメロンパンのほうがいいんだっけ?」
「え……っと、確かにはい。クロワッサンは苦手ですけどなんで知って……?」
ここで僕は思い至る。前回アキが最後に考察した説に。
「待って、食べないで。まず僕の話を聞いてほしい。」
「ええ、なんでしょう?」
「絶対信じてもらえないんだけど、僕たち一度出会ってるんだよね。」
「はぁ……どこでですか?」
「この部屋で。」
「は?」
「僕がこの部屋で目覚めるのは二回目なんだ。ううん、なんていうんだろう。正直僕もまだ気持ちの整理がついていないんだけど、僕とアキ、一回死んでるんだよ。」
「ちょっと待ってください全然話が見えないんですけど。」
当然だ、死んで目が覚めたら時間が戻っているなんて誰が信じるだろう、僕だって信じない。それでも信じてもらうためには。
「ミヤ高一年生の古川アキさん。桜塚高校の体育科を受験するも学力か面接で落とされたんだよね?これはこの部屋で君から聞いた話なんだ。」
この言い方だとちょっとストーカーっぽいか?
「よく知ってますね!もしかしてほんとに一回会ってます?」
馬鹿で助かった。
「落ち着いて聞いてほしいんだ、君が思っているよりも事態はすごく深刻でね。信じなくてもいいから話だけでも聞いてほしい。」
頷く彼女。
「僕たちは実験の被験者なんだ。」
「……え?」
「確証はないんだけど、この水や食べ物の中に薬が入っている。」
「どんな薬なんですか?」
「体がだんだん縮む薬」
「……」
「前回、だんだん体が縮んでいって、夕食の提供時にはさっきパンとかが乗っていたお皿が僕たちの体よりも大きくなってたんだ。それを見て全部気づいてしまった君が絶望から死にたいって呟いて、部屋に毒ガスが噴出されてそこからの記憶が僕にはない。目覚めたらその日の朝に戻っていてそれがいまなんだよね。」
「ショウさん。私一つだけ特技があって。その人の目を見ればだいたい嘘をついているかどうかわかるんですよね。」
本当か、ならむしろ好都合だ。僕は小さく安堵の息を吐く。
「まあ嘘なんですけど。」
「いや嘘かい。」
「でも今の反応を見て、嘘じゃなさそうだなとは思いました。信じます。そもそもショウさん、有宮ショウってことは、リョウさんの弟、ですよね?」
「兄貴を知っているのか?」
「ええ。昔お世話になったことがあって。リョウさんの弟ですし、信じますよ。」
兄貴サンキュー。
「で、具体的に私は何をすればいいんでしょう?」
「それを今から話し合いたいんだけど、例えば本当にこのパンや水の中に何らかの薬が入っていたとして、取れる対策はもう食べないことしかないんじゃないかなって僕は思うんだ。」
「なら食べない、でよくないですか?」
「いいのか……?相当つらいと思うけど。」
「体が縮むよりはましです。それでも体が縮むようなら食べればいいんじゃないでしょうか。」
たしかに。
「アキがそれでいいのなら、僕はそれでいきたい。」
「じゃあそうしましょう。確か前回、私の言葉に声の主は反応したんですよね?」
「したよ。」
「じゃあこうしましょ。これからご飯と水は降ろしてこなくて結構です。」
「いやっ、なにを?」
「だって目の前にご飯があって、おなかがすいていたら食べちゃうでしょう?」
「それはそうなんだけどさ……」
こうして食物の提供は終わった。
人間が水なしで何日生きられるかって知っているかな?
そう、三日といわれている。
「ショウ、さん。」
「喋るとエネルギーを使うから喋らないほうがいい。」
「もうあれから三日くらい経ちましたね……これって本当に体が縮む実験だったんですか……?」
部屋の拡大は止まっている。
僕の歩幅でおおよそ五歩。たまに測るがそこは変わっていない。
「部屋の拡大は止まっているのはわかっているんですけど……じゃあなんで私たちは監禁されているんですか……?」
「……」
「ふつう、薬を飲まない被験者がいたら、無理やり飲ませるか開放するかしないですか?」
水も食料もとっていない虚ろな目のアキは、それでも核心をついている。
「もう辛いです。こんな思いをするなら縮んだほうがましだし、そもそもショウさんを信じたのが馬鹿だった。」
「……」
「ごめんなさい。でももう私楽になりたい。」
「まっ……」
待って、なんて止める権利が僕にあるのだろうか。
一周目は夢だったのかもしれないのに?そんな妄言につき合わさせて彼女をこんな目に合わせている。
僕には彼女を止めることができなかった。
「殺してください。もう死にたい。」
『承りました』
彼女がそのワードを口にした瞬間、部屋中にガスが蔓延した。
「……もう、いいや」
そのまま意識が暗転し、僕は二度目の死を迎えた。
なんと今はやりの脱出ループものでした!って