漆黒姫
【文芸バトルイベント「かきあげ!」第一回大会・参加作品】第一回大会・テーマ:「いろ」
ワルツの三拍子が心地良く大広間に鳴り響き始めた。
小柄な漆黒姫の細い腰に右手を当て、左手で彼女の小さな右手を受ける。可愛らしいという印象で華奢な身体に見えたが、いざダンスを始めるとその印象は払拭されて、とてもしなやかな身のこなしでダークのステップにも軽やかについてきていた。
「姫はダンスがお上手だ」
ダークが耳元で呟くと、漆黒姫は頬を赤くして答えた。
「とんでありませんわ。殿下のステップについていくだけで精一杯です」
鈴が鳴るような可愛らしい声がダークの耳に届いた。
東方の国の皇女である『漆黒姫』は、その黒色に独特の深い気品をしっかりと湛えていた。特に漆黒姫の「ジェット・ブラック」と呼ばれる系譜は一味違うのだ。その『黒』は、漆の精製の段階で鉄分を添加し、その酸化作用によってウルシオール自体が変化して黒を発色させる、言わば天然に作り出される、漆独特の「黒」なのである。カーボンブラックなどの黒を混ぜた「黒色」とはまた風格が違うのだ。だから、カーボン一族とのいざこざは絶えなかったりするのだが。
特にこの『漆黒姫』は黒漆だけでなく生漆さえも身にまとい、更に経時変化で透明度が増して、黒に更なる磨きをかけた黒なのだった。
漆黒姫は息を弾ませることもなく、最後まで笑顔を絶やさずにダークとワルツを踊った。
「殿下と踊れて、わたくしはとても光栄でした」
ワルツの曲が終わるのに伴って、漆黒姫はお辞儀をして、微笑みを絶やさず、静かにそして軽やかにダークの腕の中から身を引いた。
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