過去の怪我、そして眼鏡。
10月25日は毎年同じ夢を見る。
俺とみそのが小学4年生の夏休みを満喫しているところからいつも夢は始まる。
子供にとっては高い位置にある木の枝に登っているみそのが手を伸ばし、おいでと誘う。
危ないよと彼女に訴えてる俺を臆病者と言って笑う彼女に、突然飛んできた蝉がぶつかりそうになる。
払いのけようと手を木から離したみそのはバランスを崩して木から落ち、全身を強打する。
まるで自分が木から落ちた感覚で目が覚める。
脈が速く息も軽く上がって興奮状態になっている。
フラッシュバックのように鮮明な過去を映し出す夢を思い出し、罪悪感でため息が漏れる。
可愛らしくラッピングされた小包をスクールバッグに入れて学校に行く。
前髪で隠した視界に、輪の中心人物が嫌でも入ってくる。
今日は特にその輪は騒がしい。
中心人物の高橋みそのは俺を見てすぐに視線を逸らした。
俯いて彼女達の前を通る。
特別可愛いわけでも美人なわけでもないはずだけれど、男女共に、もっと言えば後輩にも好かれているらしいみそのは、下校時刻にもなると鞄に収まりきらないプレゼントの量で机が溢れていた。
明らかに昨年より量が増えているのはきっと後輩のものだろう。
小学4年生の夏休みに木から落ちても入院すらしない男顔負けの強靭な肉体をしていた彼女が、今ではまるで学校のアイドルだ。
例年通り帰宅途中にあるみそのの家に足を運び、ポストに誕生日プレゼントを入れる。
誰にもバレないうちにその場を退散しようと踵を返した時、俺の真後ろにしかめっ面をしているみそのが立っていた。
俺が学校を出る頃はまだ帰る様子がなかっただけに、驚きのあまり説明しようのない声が出た。
「プレゼントくらい直接渡しなさいよ」
みそのが木から落ちた日から今日まで、学校で最低限の会話をする以外の会話をしてこなかった(俺が避けていただけだ)彼女と久しぶりに話していることに、罪悪感が体の芯からぶわっと湧いてくる。
けれど、昔と同じで気の強い口調は変わっていないようで安堵もした。
彼女の言葉に何も言い返せない。
今年こそは逃がさないから、そう言って彼女は俺の腕を掴むなりポストの中身を取ってから家に引っ張り込んだ。
小学生ぶりに入る彼女の家は独特の匂いが懐かしくて安心感がある。
みそのの部屋に入らされ部屋の中央にある机の前に座らされていると、彼女は机の上に今までプレゼントしていたものを並べ、向かい合ったところに座り膝をかかえた。
今から言いたかった事を全て話すわ、と言うと返事も聞かずに話し出した。
「木から落ちてから遊ぶどころか話してもくれなくなって、そのくせ誕生日プレゼントは高校に上がってもそれまでどおりくれるし、わけがわからない。もしかしたら『自分が止めてたら』なんて責めてるのかもしれないけれど雅人は全く悪くないし、悪いとしたら話してくれなくなったことの方だよ――」
威勢の良さは少しずつなくなり、机から視線を上げちらりと彼女に目をやると膝に顎を乗せ机を見ている。
「あの日にできた傷痕を見るたび雅人のことを思い出して、気付いたら見てたり女子と話してるところを見かけたら心臓あたりが痛くなる」
それだけを聞くと勘違いをしてしまうけれどいいのだろうか。
俺はそんな事を期待してもいい立場にいるのだろうか。
傷ができたことも痕が残ったことも今知った俺が。
どうして何も言ってくれないのよ、と気の強さが現れている口調は照れ隠しにも聞こえた。
目が合うとキッと睨んで、何かを思い出したのか勢いよく立ち上がると、引き出しから包装された箱らしきものを取り出した。
「今年のプレゼント。似合うと思って、随分先だけどもう買ってたの」
俺への誕生日プレゼントだという。
ほんとうに、3月は随分と先だ。
開けて、と催促する彼女に従って開けると眼鏡が出てきた。
それも俺が使っているデザイン性の欠片もないものではなく、大きめで黒縁の洒落たものだった。
「せっかく整った顔をしているのに勿体無いよ」
そう言って彼女は俺の前髪をななめにわけ、丁寧に両手でかけている眼鏡を外した。
前髪越しではなく、ぼんやりとしていてもすっきりと彼女が見えている。
微笑む彼女に、ずっと言いたかったことを言おうと決意する。
「ごめん」
それは、当時謝りたかったこと以上の意味を含んでいる。今までのこと全てを。