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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私が見たものは何?

作者: 和戸川悠

これから書く話は創作ではありません。過去の私の実体験として書いていきます。



あれは十一年前のちょうど今の季節だった。つまり、平成十四年の二月の初めの頃の話である。

当時、私は生まれ故郷の青森で、医療機器の営業マンをしていた。


その年は、正月明けから大雪が降り続き、いくら本州最北端の地とはいえ、ちょっと異常な天候だった。



一日の降雪量が四十センチを超えることも珍しくなかった。積雪量は一メートルをゆうに超えていた。



外気温−8度で横殴りの猛吹雪。連日の悪天候は青森の経済を大いに停滞させた。早起きして雪掻き、仕事から帰ってまた雪掻き。暇があったら皆少しでも体を休めたい状況で、消費の落ち込みは深刻な問題になっていた。



私の場合においても、まず朝起きて自家の雪掻き。会社に行ってまた雪掻き。夏場の一日の労力以上の体力を使い果たしてからやっと仕事に取りかかるありさまだった。疲労の蓄積もピークに差し掛かっていた。社用車で県内の病院を回る。脈がありそうな病院とドクターをリストアップする。それが私の主な仕事だ。


しかし医療機器などそうそう売れるものではない。私はドクターたちのご機嫌取りにそろそろ嫌気が差していた。


私はその日、県内の病院を数件回り、青森市内に戻ったのは夕方の六時を過ぎていた。しかし社に戻るにはまだ早過ぎる。 今日も何の成果も無かった。上司に仕事の成果を報告するのが億劫だった私は、サボって時間をツブすことに決めた。



八時になれば課長は帰る。それから帰社すれば、会社には年下の同僚しか残っていない。自家用車のエンジンをウォームアップさせている間、少し雑談でもしていれば家に帰れるはずだ。



さあて今から二時間、どこで時間をツブそうか。ファミレスは?ガラガラだった。駐車場も空きすぎていて、大きくロゴの入った社用車を停め置くのには気が引けた。



結局私はコンビニに立ち寄り、菓子パン二つと缶コーヒー、毎週読むことを欠かさないヤングマガジンを買い車に乗り込んだ。 なんとなく車を走らせてしばらくすると、私の車は○○町の岸壁に向かっていた。今でもなんでそこに行ったのかはわからない。



その岸壁は、夏場は釣り人が絶えないし、夜は若者のカーセックスの名所だった。しかしこの荒れ模様の天気では、人はおろか、他の車さえ見かけることは無かった。

民家も無く、街灯も点けないような道路をノロノロ走り、私の車は岸壁にたどり着いた。


吹雪と暗さで視界は良くない。私は海の際まで行くことは躊躇(ためら)った。これ以上進めばタイヤがスタックする恐れがあったし、夜の海を見るのは怖い気がした。

私は海より三十メートル手前の地点に車を停めてルームランプを点けた。


パンと温くなりかけたコーヒーを口に流し込み、ふと右前方を見ると、海の際に小型車が一台停まっていた。



吹雪と暗さで車種などはわからなかったのだが、物好きはいるものだな、と思った。



やはりカップルなのだろうか。車には殆ど雪が積もっていなかったので、私より少し前にこの場所に来たことは間違いなかった。

それでも他に車がいたことにホッとした私はヤングマガジンを取り出し読みふけった。


殆どの作品がお気に入りだった私は、小一時間で全てを読み終えた。やはりヤングマガジンは面白かった。そろそろ場所でも変えようか、と顔を挙げ、ヘッドライトを点けた私に衝撃の映像が……



車の前に人が立っていたのだ。ヘッドライトはその人物の腹部を照らし、うっすらと闇に浮かんだその顔の大きな目は私を凝視していた。黒いコートに長い髪、若い女のようだった。吹雪で宙を舞い乱れる髪と、見開いた目に尋常ではないものを感じた私は、もう一度ヤングマガジンに目を落とした。見なかったことにしよう、と思ったに違いない。



あまりの怖さで腰が抜けた状態で、膝もガクガク震えていた私は、マンガ本に集中したふりをした。



たまに目線を上げる。まだいる。本に目線を落とす。また目線を上げる。まだいる。



その女は微動だにしなかった。そして私は何故か動けなかった。


数十秒後にまた目線を上げる。今度は誰もいなかった。私はギアをバックに入れ、急いでこの場所を離れようとした。何気なく右側を見た私の目に……



いた。あの女は窓に顔を近づけ立っていた。

窓越しに顔を見合わせた私とその女。女の顔に生気というものは全く感じられなかった。見開いたままの目は瞬きすらしない。

吹雪を浴び続けたその顔はベットリと濡れているように見えた。

怖さのあまり固まってしまった私だが、その女の口が動いたのはわかった。


「き・て」


明らかにそう言っていた。



まだ動けない私。しかし次に女は車のドアハンドルに手を掛けた。


「ガチャガチャ」



私は出ない声を振り絞った。



「ギャアア」



殺られると思った。たまたまドアはロックされており開けられることはなかったが、このままでは確実に殺られると思った。



タイヤがギュルギュルとスリップした。私は無我夢中でその場を逃げ出した――ようだ。実はあまりよく憶えていないのだ。



会社に戻った私は同僚たちに今の件を伝えた。誰も取り合ってくれなかった。



しかし同僚たちと軽口を交すことによって幾分気持ちを持ち直した私はなんとか帰宅の途についた。



次の日の朝、例のごとく自家の雪掻きを終えた私は一旦家に入り暖をとった。テレビをつけると、地方局のニュースが放送されていた。



『今日未明、青森市○○町の通称一万トン岸壁埠頭で、男女の水死体が発見されました。埠頭内にはこの男性のものと見られる普通乗用車が置かれており、車内にあった免許証から……』



ニュースの画面には、私が昨日見た位置と同じ場所にある一台の車が写し出されていた。



私はあまりのショックで会社に休むと電話を入れた。午前中は寝込んでしまったが、なんとか気力を振り絞って警察署に行った。昨夜のことを漏れなく伝えたのだが、警察の担当者は私に質問ばかりして、事件のことは何も教えてくれなかった。社用車の指紋も取ったのだが私以外の指紋は検出されなかったらしい。



一ト月、二タ月が経ち、雪解けとともに春が訪れた。私はかの事件のことも忘れ、仕事に忙殺される毎日を送っていた。



そんなある日、携帯電話が鳴った。それは警察の電話番号だった。



「○○さんですか。今日ちょっと署に来れますか?」



「は、はい何でしょうか」



「とにかく仕事終わったら何時でも良いから来てください」



「は、はいわかりました」



私は午後六時半に仕事を終わり、警察署に行った。四月十六日のことだった。



二ヶ月前と同じ担当刑事の後ろを付いて取調室に入った。



「いや、実はねえ、あの岸壁でまた水死体が揚がったんですよ」


「え、ええっ?」



「で、あなたが見た女っているでしょう?」



「は、はい」



「その女の着ていたものってこれかな?」


刑事が目の前に差し出した写真には、黒いコートと黒いセーターと黒いロングブーツが映し出されていた。かなり痛みが激しいらしく、原型を留めていないような代物だった。


「た、確かに黒いコートを来ていたようなんです。で、でもこれと同じコートかと言われても。暗かったし」


「うーん。そうだよねえ」



私は恐怖心を抑えて言った。



「顔写真を見ればわかると思います」



「ああ、あんなもの見ちゃ、あなた失神しちゃいますよ。もう痛んじゃってブクブクなんだから。髪の毛も抜けちゃってるし」



「身元がわかるんなら生前の写真とか……」



「いやあ、一応コートから遺書が出て来たんでね。自殺だとは思うんだけど。身元はまだ全くわからんのですよ」



「は、はあ」


「今、全国の捜索願い出てる人と照合してるんですがねえ」



「は、はい」


「またなんかあったら連絡取らせてもらいます」



「私が知ってることは後はありませんよ」



「いや、ただね。あなたが見た女がこの遺体だった場合、遺書の日付がねえ」



「え、いつだったんですか」



「あなたがあの埠頭に行った日だったんですよ」




私は背筋が凍る思いがした。私が見た者は誰だったのだろうか。そしてあの男女の死との関連性は?



その後警察からの呼び出しはなく、私は今東京で働いている。たまに田舎に帰っても、あの岸壁には絶対に近づかないようにしている。

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― 新着の感想 ―
[一言] これフィクションですか? 実は私もここで自殺に遭遇したことがあったのでびっくりしました。 ただ私の体験はもう30年ほど前ですが。 すみません評価とかではなくて…
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