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短編

輪廻転生

作者: 伊藤大二郎

                  


【一 彼氏・夢】

 

 夢の中の俺は、鎧を着て、刀を掴み、森の中を駆けていた。

何も考えなくたって、体が勝手に動いてくれる。わかっている。ここを進めば、きっとあの娘の目の前に現れるはずだ。心当たりは一つしかない。いつか待ち合わせていた、あの場所へ。

――けれど、俺(?)は誰に会おうとしているのだろう。

 ここは森の中らしい。実際に森の中を全速力で駆け抜けているのは俺自身なのだが、どうも映画でも見ているような気分だ。勝手に動く体と自動的に変わっていく視界。

――その感覚は、昔のことを思い出している時によく似ている。

 針葉樹の並ぶ道なき道を、一心不乱に駆け抜ける。十月の夜の冷気が肌を刺す。伸びた枝に体を打たれることもあるが、止まってはいられない。

 一分一秒一刹那の間も待つことは出来ない。

 早く、早く会いに行かなければ……。

 木々の間、闇の透き間をすり抜けて、いつしか木々を抜けた先。

開けた場所が広がった。

 いつかあいつと待ち合わせた原っぱが広がり、そして、


「お待ちしておりました、坂口様」


 いた。











【二 彼氏・現】


十月にもなれば、南国土佐といえども朝の冷気が辛くなる。

寒い季節がそろそろ近付く。多分あいつならこう言うだろう。

「寒い時には寒い時のいいところがあるんよ。例えば、焼きいもの美味しい季節だし、鍋の美味しい季節だし、そうそう、タイヤキも出るやん」

お前の頭には食い物のことしかないのか、と俺は返すのだろう。

毎年のことだ。かれこれ五年はあいつと話をしているが、大体そ

ういう流れになるのだろう。

「ああ、寒い」

ちとつらい。寒がりの男、坂口(さかぐち)(まさ)(ひら)にはどうにもこうにも嫌な季節だ。

 それに『あの夢』をみた翌朝というのは気分も最悪だ。

 まあ、いつからだろうか。俺はよく同じ夢を見るようになった。

 秋の夜。丸い月の下、森の中を走る夢。それが誰の視点なのかもわからない。誰かに会うために走っているのだがそれが誰なのかもわからない。夢だからと片付ければいいのに、その人が気になって気になって仕方ない。ただ、会いたくて会いたくて必死に走っている。そのうち森は尽き、広い原に出る。

 そこには、彼女がいる。月の光が俺を照らす。なぜか侍やら武将のような格好をした俺は、その、目の前で自分のことを待ち続けていたその人に……。夢はいつもそこで終わる。

いつも思うが奇妙な夢だ。気になることがいくつかある。

舞台になる森の中。多分、俺はそこを知っている。町から少し離れた所にある自然公園。気分転換に散歩でもしたら、気がつけば突き抜けてしまうような小さな林だが、何百年も前にはとても大きな森があったのだそうだ。もし、その頃の木々が今も残っていたならば、あの夢の中の森のように見えるのじゃないかと勝手に思っている。

そして、もう一つ。この辺りでは、坂口という姓の武士が治めていた時代があったらしい。(俺と同じ姓だがつながりはない)

 夢というのは、心の中を映しているという。この夢をその方向でひも解いていくと、俺は自分をその武士と重ねて何をしたいのだろうか。

顔もわからない女性に会いに走る夢。

すると何か? 俺はそんな乙女チックなことを望んでいるのか? 自分を待つ女性を心の奥では欲していると? 男だったらそういう理想や願望くらい隠し持ってて当然だが、そうなると困る。それじゃあ、俺はあいつとロマンチックな雰囲気にでも浸りたいと?


「ちょっとまさひら~、独り言ぶつぶつ言うて怖いよー」


 振り向かなくてもわかる。でも、一応後ろを向いて、その女を確認してから話す。

「なに人の後ろに立っている。三村」

 三村(みむら)手結(てい)は、いつものようにそこにいた。おかっぱ頭の、どこかほんわかした表情の高校三年生。同級。

「気付かないほうがおかしいんよ、ウチさっきからおはよーおはよー言いよんのに、まさひら全然気付かんのに」

 中学生の時に出会い、高校が一緒になってしまった腐れ縁。幼少の時期に転々としていたらしく関西弁のようなそうでないような変な喋り方をする、おかしな女だ。

「ほんまかなわんよ。話しかけよと思たらロマンチックがどうとか理想とか心の奥がどうとか、手結ちゃんはかわいいとかほんとのことゆーて」

 しまった。口にしていたのか。……じゃない!

「ちょっと待て。なに他人の独り言を捏造している! そんなことは一言も言ってないぞ。勝手に恥ずかしいこと言ったことにするな」

「ああ、ごめんごめん、乙女チックやったね」

「訂正するところが違う!」


 まあ、こんな間柄である。

 受験生となったこの頃も、このねじの外れたような友人と通学路を歩くのは日課となっている。

 なかなか他の人間になじめないこの女の相手をするようになって早五年。

 そんな彼女にいまだに好きだといえない根性なし。

 それが坂口将平という男だったりするのだ。

 俺とこいつは今日もまた、二人並んで学校までの道のりを歩く。

 それはずっと変わらないと思っていた。

「将平、ウチね、このごろ変な夢みるんよ」

 その日が来るまで。

「夢? 何だ? またとんちんかんなことを言う気か? バナナと鯨がケンカでもしたのか?」

「ううん、誰かを待ってる夢」

「ま、待ってる?」

「そんな素っ頓狂な声あげんといてえや。あーた、いつも変なリアクションばっかりして、友達やってるウチの身にもなってえよ」

「話それてるぞ」

「ん……んー」

 といいながら少しも悪いなどと思ってないのだろう。

「どうしてそんな深刻な顔しとるの? まあ、待っちょる夢なんよ」

「……誰をだ」

「わからんのよ。……ああ、そんな変な顔せんといて。……それがね、なんか映画見てるみたいっていうか、誰かの視点から観察する風っていうんかな。森の中で一人で、でも、誰か来るのはわかってて、そんな感じで見える風景でね。待ち人が誰なのかはわからん、っていう夢を見よったんね、うん」

「で、結局誰だったんだ。その待ち人は」

「さあ、その人が来て、それで目が覚めてしもうたよ」

 はっはっは、と軽く笑って彼女は先に歩いていった。

 少し呆けて、慌てて追いかけた。











【三 彼女・夢】


 月の光さえ肌に感じるほどに、神経は尖り、心は(たかぶ)っている。

森で囲まれた草原に、立っている。

 森の奥のこの場所を知っているのは、ウチとあの方と、数人の村人くらいなものだろう。

 ほんの少しも動くことなく、口から白いもやだけ出して。

そうしてウチは待っていた。

 必ず来てくれる。

 確信していた。それは、強く信じるとか、疑わないとか、そういう話じゃなかった。

――一度経験していることを思い出すかのように、確信していた。

 けれど、疑問が残る。

 誰を? 誰を待っている?


 足音がした。

 そして、闇の向こうから、あの方は

 

 来た。

 

 勝手に口が、あの人を呼んでいた。

「お待ちしておりました、坂口様」


 私は……。私の名は……。











【四 彼女・現】


 白く色付く息を見ると、その思いは一層強くなる。

 はあ、寒いよ。

 十月ってこんなに寒いんかなあと、ウチこと三村手結は「行って来ます」と言って家を出てすぐに、そんなことを思った。

 まだ夜が明けもせん時から家を出ないかんのは、ウチが自転車に乗れんから。おかげで片道一時間かかる道のりを歩かなならん。はあ、お父ちゃんも一キロくらい南に家建ててくれてたらなあ。

 なんてぼやいてもしゃあないから、頑張って登校しよか。


 枯れ始めた草の脇に咲くコスモス。パーカーを着てジョギングをする人。冬の景色を迎えつつある町並みがちらほらと見える。ウチがこっちの学校に転校する前までいたところは、十月でも半袖でおれたのになあ。

 のらりくらりと歩きながら、今日見た夢のことを思い出していた。

 暗い暗い原っぱの中で、時代劇にも出てきそうにない和っぽい服を着た女性つまりウチが待ち人を待つ光景。

 最後の最後に現れたその人の顔は。

 今隣で歩いているまさひらとおんなじ顔だった。

 坂口将平。いっつも眉間に皺寄せた長身の男の子。転校したてのころからウチみたいな変なやつの相手をしてくれる、少し怒りっぽい人。いろいろあって、ウチの、初恋の人。もちろんまさひらにはそんなこと言えんけどね。

 初めて会った時から、いつもまさひらと一緒に学校に行くのが日課になりつつある今日この頃。

「ウチ、今日変な夢見たんよ」

 と話題を振ってから後悔した。

 よくよく考えなくても夜の見知らぬ森の中であなたが来るのを待っている夢を見ました、なんて恥ずかしいことウチ、口が裂けても言えんよ。

 どんな夢かと訊かれたのでどうしようか一瞬迷ってはぐらかしてみた。ああ、また変な子だと思われたんやないやろか。

 でも、まさひらもなんだか変に驚いていたなあ。

 何かツッコマれる前に離れたくなって、足を速めて逃げるように学校に入ってった。

 いつもと変わらない、朝の風景。

 ちょうど予鈴が鳴り出した。

 もうすぐ学校が始まる。

 

 なんでか嫌な感じがした。

 それなりに乙女チックな夢やったけど、ウチはほんとはすごい不安になってん。


 帰りもまさひらに会えるかなあ。











【五 彼氏・相談】


「この頃そういう夢をみるのが流行っているのかな」

 わが友、中村は何か仔細ありげにそう答えた。

 クラスは違うのだが何かと気が合いよくつるむ。昼休み。購買でパンを買った後、中村の教室の前を通ると、偶然呼び止められ、様子が変だと尋ねてくれた。こいつの目の前の弁当箱は空になっているので、どうやら昼食は終わったらしい。ゆっくり話せと言うので、悩んでいることを語った。

 もちろん話題はあれだ。聞き終ると中村は先程の言葉を言った。

「夢で見るほどって事じゃないのかな?」

「しかし顔は見えないんだぞ? 半年の間ずっと走っている夢を見るのに」

「……え? なに? 半年ってそんなにずっと見てんの?」

「(こくり)」

「そんなに走りたいなら陸上部にでも入れば?」

「いや、そういうことじゃなくてさ」

 そこでインテリよろしく眼鏡をクイッとあげて彼が言うには

「だから、何を聞きたい訳? おんなじ夢ばかり見るのは心身になにか不都合があるのだろうか、とかもしかしてそんなに彼女のこと思ってるんだろうか、とか先祖からの警告か何かだろうか、とか単なる妄想だろうか、とか具体的に言ってもらわにゃ対策の立てようがない」

 まあ、そりゃそうだ。

「じゃあ、聞くけど、中村」

「あいよ」

「俺、どうしてそんな夢を見るんだと思う?」

「……」

「……」

「坂口、お前何言ってんの?」

 いや、俺がお前にそう聞きたい、問いたい。

 すると中村は鞄の中から一冊の小さな本を出した。

 二十ページくらいの小冊子で、表紙に随分と古い古典の教科書に載るような絵がある。

「なんだこれ?」

「知らないことはないだろう?」

「ああ、そういえば見たことあるわ」

 というのもこの街の郷土史研究家がなにやら大きな発見をしたということで新聞に載ったとき、その人の研究を軽くまとめた小冊子が町中の公共機関に配られたあれだ。なぜこれを中村が鞄に常備しているのかは訊かないことにするが確かに一度か二度聞いたことがあったし、社会の授業の時にこれを読まされたような気もする。

 昔ここは四方を山に囲まれ、流通を確保できるような大きな道は一方だけにしかなかった。そこをならず者たちが押さえており、山賊行為を働き、人々は貧困に喘いでいた。

 そこへ命令を受け赴任して来た武士、坂口なんとかが盗賊を成敗しようとしたとか。しかし山賊も恐ろしく強く、何度となく戦のようになって、一年もの間決着が付かなかった。すると何の運命のいたずらか、武将と山賊の一族の娘が偶然出会い、恋に落ちた。娘は武将の説得により内側から山賊を滅ぼす手引きをした、とか。そのかいあってかその十日後、隠れ家を見つけられた山賊は焼き討ちに遭い、娘を残して皆殺しの憂き目にあったとか。

「まあ、説明臭い文体だったが、そんなところだと」

「で? なんなんだよ」

「わかんないかなー。ここ見ろ、ここ。ほら、書いてあるだろ。山賊を滅ぼした後、森に入った武将は一族を裏切った罪悪感に責め立てられて自害した娘を見つけて泣いた、とか。その娘の遺体を埋めたここらへんの地名は骸坂(むくろさか)と言うらしい、とか。まあ、信憑性(しんぴょうせい)は怪しい話だけど」

「ふうん。確かに、似てるな」

「お前の見た夢って、これの続きっぽいよな」

「……うん」

「夢想家め、ロマンチストめ。寝ながらそんな妄想膨らますなよ」

「……」

「……」

「なはははははは」

「はっはっはっはっ」

「種がわかるとあほらしいな」

 溜息をついた。

「まあ、いいじゃん、確かにロマンチックな話ではあるわな」

「そうか? 結局この女死ぬんだろ?」

「ところがだ。伝説にはもう一つあるんだ」

「なんだ?」

「それを影から目撃してしまった村人がな、いたんだよ。そしてそいつは二人がした最後の会話を聞いたんだと。『来世でも、必ずあなたの前に現れます』『必ず、必ずもう一度』ってな。まあ、その村人なんて本当にいたのかは知らないけどな」

「うっわー、カルトな話だな」

「そこでそういう感想持てるお前はすごいよ」

 そうか?

 すると中村はポケットから二枚の紙切れを取り出した。

「そこでこんなものがある」

 なんだ?

見せられる。

 それは何かしらのチケット、のようなものだった。

「なんだ?」

 よく見る。

 郷土風俗美術展~骸坂伝の正体~?

「突然、何を出している」

「その郷土史研究家というのが俺の祖父でな、こんな展示会のチケットを貰った」

「俺が、それに行くのか?」

「それなりに興味あるだろ?」

「何が嬉しくてお前と美術品なんぞ見なならんのだ」

「そういえば手結ちゃんはこういうのに興味持ってたなあ」

 ……ぴく

「まあ、頑張って誘ってみろ」

 にっこりとインテリ眼鏡は肩を叩いた。


「なに頑張るん?」

 突然の声。

 後ろに立つなといつも言っているのに。

 中村が俺の背後にいるそいつに言った。

「やあ、手結ちゃん」

「うん、中村くん用事って何?」

 俺の口が勝手に動く。

「三村」

「なんなん?」

「今度の日曜。暇か?」


 俺は何を言ってるのだろう。











【六 彼女・相談】


「ふうん、そんな夢を見るのかい」

 昼休み、相談に行ったウチになんとなくインテリっぽい中村君はそう言ってから箸を動かした。

 ずっと続くこの不安を誰かに聞いて欲しくて、ウチとまさひらの共通の友達の中村君に声をかけてみた。

 ウチとまさひらと、ずっとつるんでる面白い人。彼ならこんなつまらないことも相談できる。ウチは昼はそんなに食べないのでもう食事は終わってる。逆に今から食べようとお弁当を広げている中村君は口の中のご飯をのみこんでから、

「確かに、聞けば似てるね。その昔話に」

 ウチが思いよったことを肯定した。この町に伝わる昔話。昔のお侍さんと山賊の娘が恋に落ちた話。

「そうなんよ。それを思い出して、そんな夢見た言うんならうちもそれでいいんやけど、その夢にまさひらが出てきたんが、気になったんよ」

呆れた顔をして、中村くんが応えた。

「夢に見るほどって事じゃないの?」

 箸を動かしながら、中村くんはさらっと大胆なことを言う。。

「えぇ、そんなあ」

「でも手結ちゃん、よくもこんなマイナーな昔話覚えてたね」

 うん、そうなんよ。

「ウチね、なんでかこの話がすんごい印象に残ってん。特に、最後の二人がわかれ間際に来世で会おう、って約束する話」

「ロマンチックだね」

「でも、本当にそんな会話したんかなあ」

「……それで、どれくらいの頻度で同じ夢を見るんだい?」

「半年間ずっと」

「半年!」

「(こくり)」

「……う~~む」

 でも、相談したいことはもっと別なんよ。

「中村君。ウチ、昨日の晩の夢で、初めて来てくれる人の顔見たんよ。それまでは、顔がわからなくて、いつも見上げようとしたところで終わったのに。今日は初めてその人の顔が見えたんよ」

「半年間思い描いていた顔が坂口だったって?」

「うん」

「……う~~む」

 中村君は困ったように腕を組んで、そしてウチに顔を向けた。

「で、手結ちゃんはなんでそれで悩むわけ?」

「はえ?」

気がつけば、もう食べ終わろうとしている中村君。

「世間一般現実的な回答を言わせてもらうとね、ただの夢じゃん」

 中村君、それを言っちゃあおしまいなんよ。

「それにもし伝説とかが本当ならその二人はこの世のどこかに生まれ変わってるってことだろ?」

「え~、したらそれがウチとまさひらとか言う気なん?」

「いや冗談だよ。だってもしそうだったら君達は……」

 え~、なんなんやろう。

「まあ、いいや。他人のおのろけ話ほど反吐が出るものもないし、そろそろ話題変えようか。それに解決法なんてないしね。ぶっちゃけ不安だったから誰かにグチりたかっただけなんだろ」

 うわあ、中村君大人なんやねえ。なんだかよく見たらもうお弁当箱が空になっとった。食べるの早いわ。

「ん? あれは……」

ウチが呆れてると、、中村君は窓の外を見て何か呟いた。

そして、何かを思いついたように言ってきた。

「さて、それでは手結ちゃん?」

「ん、何?」

「今から五分したらまた来たまえ」

「なんで?」

「いいからいいから」

 無理やりに近い形で教室を追い出された。

 自分の教室に戻るには時間が短いし廊下でぼーっとしよろー。

一分。

二分。

三分。

四分。

五分。

 さあ、いってみよー。

 教室に入ると中村君はどこから入ったのかまさひらとお話していた。

「まあ、頑張って誘ってみろ」

 と、励まされよるまさひらに声をかけた。


「今度の日曜。暇か?」


 どう答えたらええんやろ。











【七 日曜日午前一時十二分】


***


携帯が鳴った。

『坂口』

「どうした? 中村。こんな夜中に何の用だこの野郎」

『お前、手結ちゃんのことどう思ってる?』

「何を訊いているおのれは」

『真面目な話だ』

「……惚れてるよ」

『今でもか?』

「ああ。でなかったらなんでこんな展開になる」

『明日、また電話する』

「おいおい、デートの結果でも気になるのか?」

『坂口!』

「……何をムキにしてる?」

『なんでもない。ただ』

「ただ?」

『ただ、お前忘れてないか? 何故手結ちゃんのことが好きなのか』

 電話を切った

 

 ***


 理由を問われると困るものがある。

 例えば、三村手結のどこがいいのか、など。

 そう言う質問にはうるせえばか、と答えることにしているが、なんとなく、自分ではわかる。

 誰も彼も俺のことをしょうへい、しょうへいと呼んでいたころまでさかのぼる。

 俺は坂口将平だ。でも多くの人はまずしょうへいと呼ぶ。というか初対面の人間はまず、将平をしょうへいと読む。

 それに慣れてしまったある日、転校してきて、初めて俺の名札を見たそいつは言った。

「へえ、名前まさひら言うん? ウチは手結、よろしくしてな」

 多分それだろう。俺の名前をまさひらとよんでくれた。

 多分、それが理由だ。そう読むと知っていなければわからないような読み方。

 それは、単なる偶然なのだろうけれども、俺は、こいつに会わなくちゃいけなかったんだと、そう思った。 

 










【八 彼女・最後の夢】


 ***


「お待ちしておりました、坂口様」

それはあの人の名。

「……ああ、てい。お前を待っていた」

それは自分の名。

「待って、いたのですよ」

「やっと、会えた」

 彼女は、前へと歩き出す。


今にも自分を殺さんとばかりに睨みつけるその男の下へ。


 ***


 またあの夢を見た。

 原っぱの中で、あの人を待つ夢。

 そして、出会う夢。

 まさひらに美術館に誘われて三日。毎晩見る夢が変わってきた。

 最初は一目顔を見た瞬間には、その顔がまさひらに似ているのではないかと疑った時には目が覚めていたのに、今では二三言の会話が出来るほどの長さ夢は続く。そうして、その顔がなんとなく観察できてきた。 

 それはまさひらよりも背は低い。その割に年はもっと取っていているような顔をしている。そして、夢の中のウチも、同じくらいの年齢らしい。

 あの夢の二人は、ウチでも、まさひらでもない、まったく別の人

の出会いだ。

 それがわかったのに、ウチには、それがまさひらに見えてしまう。

 なぜだろう。

 中村君が言ったことを引きずっているのだろうか。

 まさか、本当に生まれ変わりだとでも思っているのだろうか。

 馬鹿馬鹿しい。

 馬鹿馬鹿しい、……けど。

 ウチは不安を感じる。

 この夢は、どうして続く。

 日曜の朝だ。

 日曜日の朝だというのに、いい気分になれない。今日はせっかく

 まさひらに誘われたというのに、今日はどこにも行きたくない。

 でも、行かなくちゃ。まさひらが、待っている。


「あ~、寒い」

 隣を歩くまさひらはいつもと変わらない。うん。まさひらだ。

「そう? でも寒い時には寒い時のいいところがあるんよ、例えば、焼きいもの美味しい季節だし鍋の美味しい季節だしそうそう、タイヤキも売り出すやん」

「お前の頭には食い物のことしかないのか」

 ああ、幸せだなあ。

 これ以上何がいるってくらいウチは幸せだ。

 不安な気持ちも、この気持ちの前には気付かなくなる。

 それが、何か忘れてはいけないものからの逃避だったとしてもだ。

……って、あれ? ウチ何言よんかなあ。


 美術館の中には、そこら辺の土砂からでてきた土器やら、昔から保存されてきた大和絵やら、刀やら、その骸坂に関わるいろんなものが置いてあった。

 そう言うのをみるのが基本的に好きなウチは興味津々で歩き回る。まさひらはというと 妙に真剣な顔をして刀剣や鎧、昔ここを治めていた武士のコーナーですごく熱心に見ていた。

 まさひらってじつはそういうのが好きな人なのかな?

 なんだかんだいいながら、結構楽しんだ。

「あ~、疲れたねえ」

 ロビーのベンチに座る。

「こんなになにかをじっくり見るなんて、期末テスト以来だ」

 異常に汗ばんでるまさひら。

「大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ」

「ごめんね、なんか無理につき合わしたみたいやね」

「三村が謝るべきじゃないな。俺が誘ったんだから。それにしても意外だったな。三村がこういうのが好きだなんて」

「あ、うん。ウチもなんで好きなんかようわからんけど」

「趣味なんてそんなものだろ?」

 そうなんかなあ。

 それにしてもおかしい。なんでまさひらはこんなに汗をかいてるんやろう。

「まさひら? ほんとに大丈夫」

「大丈夫だ……いや、すまん、ほんとは少しやばい」

「じゃあ、なんか飲み物もってくるけん」


 走る。


 大丈夫だろうか。なんだか嫌な予感がする。

 何だか……


 入り口の近くに都合よく設置された自動販売機。

 しかしまさひらってどんなの飲むんかなあ。よくよく考えなくてもウチまさひらのこと全然知らんなあ。

 まあ、いいや、これから知ればいい。とりあえずウチの好きなのにしとこ。

 ボタンを押せばがたんと音がしてペットボトルのお茶が出てきた。

 持って急いで走ろうとして、何かが目に映った。

 ガラスケースの中に、何かがあった。そういえばまだ見てなかったけどロビーにも何か展示していたって聞いたなあ。

 なんやろう。

 ちらりと横目で見る。


『坂口…………将平……てい……』


 悪寒が走る。

「え?」

 立ち止まり、三歩後退。

 ガラスケースにまだ見ていない陳列物があった。まさひらが元気になったら最後にこれを見て帰ろう。

 そんなことを思った。

 刀剣が静置されて、その横の説明文には、こう書かれていた。


『武将 坂口(さかぐち)五郎佐衛門(ごろうざえもん)将平(まさひら)と盗賊 てい』

 二人の関係は恋仲と長い間信じられてきたが…………………………………………………………………………………………………………………………………。………………………………………………………………………………………、……………………………………………………………『……………』……『………………』……………………………………………………………………………………………………。…………………………………………………………………………………………………………



 ウチは、なんでここにいるのだろう











【九 彼氏・告白】



 頭の中で、今日の出来事を思い出していた。

 少し緊張して迎えた朝。


 美術館までの道のり、幸せだった。

 いかなる不安も入り込むことのできない幸せな時を過ごした。


 そして、その建物に入り、すべての幻想は打ち砕かれた。

 俺の不安は次々と具体化してゆく。

 そこに並べられた

 刀、鎧、旗。

 すべてが、夢の中にでてきた、もう一人の自分がしていたものだったから。どうしても、その道具たちに既視感を持っていたから。


 汗が流れた。

 それを不安に思った隣の娘が何かを取りに行き、一人息をついているところに、それは起きた。



「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 三村手結の声だった。


「三村!」

 思わず駆け出す。俺もまっすぐに歩けないほどに疲れていたが、それでもあの娘のことになれば、走り出せる。

 声のした方向に向かうと、彼女は、倒れ伏していた。

「三村!」

 駆け寄り抱き起こす。

 その手には自分の為に買って来てくれただろうペットボトルが握られていて、

「おい、三村、しっかりしろ! おい、おい! 手結!」



「うるさいなあ、公共の場ではもうちょい声落とそうよ」


「え?」

 三村は、何事もなかったように

「いや、お前、今叫んで、倒れて……」

「何言よんの? それよりなんでウチこういう体勢になっとん」

 言われて気が付くと大勢の客の前で抱きかかえるようにして彼女と見詰め合っている。

 まずい。

 あわててこの場から離れるために、三村を立たせる。

「立てるか?」

「え? うん」

「逃げるぞ」

「どこへ?」

「どこへってお前なあ」

 そして、目が、視線が、それを捕らえた。


 見てしまった。

 ガラスのケース。刀。

 武将と盗賊の話。


 昔話を。

 悟った。ああ、こいつこれを読んだんだ、と。



 ――夜。あれから普通に帰った三村。一体何だったんだ?

 混乱している。

 俺は坂口将平。かつてここを治めていたものの名を貰った。

 そして、また、あいつも、同じように、偶然に、悲劇のもう一人の役者、盗賊ていと同じ名を貰っていた。


 たかが偶然だ。ただの偶然だ。


 なのに、この嫌な気分は何なんだ。

 ……明日、中村にでも聞いてもらうか。あいつはこの昔話について、何かを知っているようだった。俺は、それを知る必要がある気がする。

時計を見ると、午後十一時三十分。後三十分で今日も終わる。しかしそれを待たなくても寝てしまえば今日は終わる。

 布団に飛び込む。今日は一体どんな夢を見るのか。











【十 日曜日午後十一時五十七分】


***


 携帯を開いて、アドレスページのボタンを押す。

 少し緊張して指先が震えるけれど、正確にその名前を選び出す。

『まさひら 090‐××××‐○○○○』 あった。

 画面と向かいあって呼吸を二つ。ボタンを押した。

 呼び出し音が少しの間続いて、眠たそうな彼の声。

『もしもし、こんな遅くにどうした?』

「    」

 うまく、口にできない。 

『もしもし? 何にもないなら悪いけど寝かせてくれ。流石に疲れた。お前だって早く寝ろよ、なあ……。三村』

「   」

 言えない。言いたくない。でも

『おい、三村? お前、三村手結だろ?』

 息を吸った。

『どうした? 何か言えよ、なあ』

「坂口様」

 受話器の向こうで、何かが凍りついたのがわかる。

「あのときの場所で、お待ちしております」

 電話を切る。


 これでいい。これでいいんだ。











【十一 彼氏・走る】


 理由を問われると困るものがある。

 例えば、私、坂口将平が秋月の夜。なぜ外を走っているのかと言われれば、単にこういうしかないからだ。


 思い出した、と。


 九百年前。私は死んだ。私の名は坂口五郎佐衛門将平。かつてこの地を治めていたもの。

 そして、盗賊に殺された者。

 森の開けた先の野原に、よく二人で来たこの原に、待っているはずの彼女を見つけたその先を思い出したのだ。

 夢ではなかった。

 ただすこしずつ、記憶を取り戻していたのだ。

 だから私は走る。

 向かうべき場所はわからない。けれど、体はどうやらわかっているらしい。何もしなくても、こうして走っているだけできっとあの娘が目の前に現れることになるはずだ。その娘が誰なのかは、俺は知っている。

 早く、早く会わなければ

 木々の間、闇の透き間を通り抜け、いつしか林の抜けた先。

 いつかあいつと遊んだ原っぱが目の前に広がり、その中に、いつものように、あいつは、


 三村手結は、昼間のままの姿で、この場所にいた。


 かつての広大な森もいまや自然公園として保護されるような脆弱なものになってしまったが、それでもこうして『私達』がいたころの面影を残してくれている。

「お待ちしておりました、坂口様」

「久しぶりだな。てい」

「ええ、実に九百年。あなた様にお会いできるのを心待ちにしておりました。この体も、やっと今日、本来の魂に気付いてくれて、あなた様をここにお呼びできたのです」

「私もだ。今日、やっと、お前に会えたよ」

 私は家から持ってきたものを取り出した。

 布にくるんで、持ってきた。

 刃物と言えば、いまやこれくらいしかない。

 包丁を、構える。

 手結は言った。

「さあ、始めましょう、あの時の続きを」

 私は応えた。

「ああ、もう一度」


 私達が殺しあった夜は、再び始まった。











【十二 彼女・終わり】

 

 五年前の秋、転校先の学校で、私はまさひらと出会った。

 坂口将平。

 まちがいなく、ウチにはさかぐちまさひらと読めた。もう、それはそう読むと知っていた。

 彼のことをずっと昔から知っているような気がした。

 好きになって好きになって、でも、それを伝えることはいけない気がしていた。まさひらも、きっとウチのことを好きだったろうけれど、決してそれ以上踏み込もうとはしなかった。

 きっと、まさひらもわかっていたんだと思う。

 私達が愛し合っていることを思い出すとき。それはウチとまさひらが殺し合う宿命を告げる瞬間だったから。

 

――私がまだ、ただの「てい」だった頃、坂口様と私は出遭った。

 私達はすぐに惹かれあい、恋に落ちた。

 そしてそれは禁じられたもの。

 私は盗賊で、あの方は武士だった。

 いつかは敵同士になるとわかっていても、私には諦めることは無理だった。

 理由なんてない。ただ、ただ、惹かれていった。

 坂口様は、私に盗賊を抜けるように勧めてきた。盗賊をやめ、自分の妻になってくれと、いつも熱心に懇願されてきた。その申し出は何にも変えられない珠玉であり、仲間を裏切るという十字架でもある。

 心は揺らいだ。

 しかし、想いは決まっていた。

 私は武将側の間者として山賊の活動を洩らしていた。

 頭領の娘である私を疑うものはいなかった。

 そして、あの夜は来る。

 坂口様は私に今夜山賊のねぐらを襲う、と話した。

 だから、そっと離れていて欲しいと。

 私はそれを受け入れ、二つ、願った。

 それでも仲間だから、できるだけ殺さないで欲しい。と。

 せめて、家族だけでも、見逃してあげてください。と。

 あの方は、わかったと言った。

 ――そして山賊は皆殺しにされた。

 泣き叫びながら私は村へ乗り込んだ。

 目に付くものを殺して殺して殺し尽くした。

 坂口様には、家族がいた。殺して殺して殺し尽くした。

 火をつけた。燃やして燃やして燃やし尽くした。

 裏切られた私は裏切って裏切って裏切り尽くした。


 そして、私と坂口様だけが知るあの場所で待っていた。

 逢瀬を繰り返した、林の先の原。

 私の仲間を皆殺しにして、私に家族を殺された坂口様は、今にも私を殺さんばかりの勢いで、私の前に現れた。だから、私達は殺しあって、そして私は殺された。

「坂口様、あの時の言葉、覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、もちろんだ。私はお前に殺された恨みを絶対に忘れない。お前をこの手でくびり殺すまでな」

「おかしなことをおっしゃいますね。わたしこそあなた様に言ったはずです。あなた様をこの手で仕留めるその日まで、この殺された恨みは晴らしませんと」

「……くいちがってないか?」

「ええ、でもしかたありません。もはや、我々に残るは殺意のみ。それだけが、我々の心を縛るもの」

「確かに」

「うふふ」

「ははは」

「うふふふふふ」

「はははははは」

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

「はははははははははははははははははははははははははははははははは」

 

 それから先の記憶はない。











【十三 寒く、懐かしい喜びの】


 俺は恨んでいる。

 村を襲った盗賊を。

 俺は恨んでいる。

 村を守れなかった侍を。

 俺は恨んでいる。

 心の奥から湧き上がる憎悪を。


 いつか村が焼き討ちされた夜。

 家族や友が、みんな死んだ。死んだ。

 そして森に逃げ込んだ俺が見た、一つの光景。

 一人の侍と、一人の山賊が殺しあう情景。一人は狂気にあてられて、一人は涙を流しながら、同じ夜に血を流す。

 俺は恨んでいる。

 

 俺の手には、鎌が握られていた。

 そして、二人を見た。

 戦って血まみれの二人を見れば、簡単に思えた。

 


 死ぬ間際、女は言った。男に殺されたと思い込む女は言った。

「この恨み、忘れませぬ。いつしかあなた様の前に、もう一度……」

 最後まで言う前に喉笛を掻っ切った。

 

 死ぬ寸前、男は言った。女に殺されたと思い込む男は言った。

「この恨み、忘れまい。必ずや、必ずや、今一度……」

 最後まで言う前に、脳天を刺した。


 俺も言った。この恨み、忘れるものか。

 お前たちのせいで死んだ仲間の恨み。

 お前たちが蘇ると言うのなら。どこまでも憑いて逝ってやる。

 どこまでもどこまでも、お前たちがめぐり合うたびに殺してやる。




「そういえば、あの時もこうして、白く荒い息を吐いていたな」

 俺は、中村と言う名の単なる男だが、その記憶だけは、鮮明に覚えている。 

 小さな林の先にある、この原っぱに来るのは初めてだが、きっと昔来たことがあるのだろう。

 今のように、鎌を握って。

「なあ、坂口、手結ちゃん」

 赤く染まった二人を見下ろしてから、そして俺は空を見上げた。

 

 綺麗な月があった。


 この月を、前にもどこかで見たことがある。




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[良い点] 予想を裏切るラスト! これは、設定の独り勝ちですね! [一言] 面白かったです! よくある、転生恋愛ものかと思っておりましたら、やられました! 手結ちゃんの、のほほんとした雰囲気にだまさ…
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