第二章 2
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少女が水から上がって着た服は、俺と同様にかなりカジュアルだった。黒地に水色のラインが入った、スポーツ用の半ズボンに、上は白のタンクトップだ。足には水色にピンクのマークが入ったスポーツスニーカーを履いている。見るからに運動部系女子の格好だ。俺はさっきの気まずさから会話を切り出せずに居たのだが、元の焚き火のところまで二人で戻って来て、地面に座ると少女の方から口を開いた。
「ねぇ、君、名前は?」
「え、かじ・・・」
俺はあわてて口を塞いだ。少女が「ニシシシッ」とわざとらしく悪戯に笑う。
「MMORPG初めてだね?」
「・・・ゲームそのものがほぼ未経験だよ」
見事に爆笑された。さすがに恥ずかしくなって目を逸らす。少女はひとしきり笑うと、バイク乗りなどがする指先のない手袋をした右手を俺に差し出して来た。
「あたしはルーシア。よろしくね」
俺はその手を取って、
「俺はイクト。よろしく、ルーシア」
ルーシアは頭の後ろで手を組むと、
「へぇ、イクト君か〜。良い名前だね」
「君こそ」
「ど〜も」とルーシアが笑った。俺も思わず笑ってしまった。
「ところで、ルーシアが俺を助けてくれたのか?」
俺がきくとルーシアは軽く頷きつつ、
「まぁね、でも君なんでこんなところに居たの?」
それを聞いて俺は思い出した。俺は、自分が選択したクラス『龍王の司書』の名前をゴードン/寺井先輩に言った途端にここに飛ばされたのだ。壮絶なノイズを残して。
「なぁ、ルーシア」
「ん?」
「ちょっと俺の言う事聞いてて」
ルーシアは一瞬驚いた顔をしたが、正座をすると真剣な眼差しで俺を見た。「どうぞ」ということらしい。俺は出来るだけ声を小さくして、
「・・・『龍王の司書』・・・」
しばらくの沈黙。その後、
「『龍王の司書』?なに?本の題名?」
「!?」
俺は思わず仰け反った。
「・・・俺のクラスなんだけど・・・普通に、聞き取れた?」
「うん。なんで?」
俺は頭を抱えた。なぜだ。寺井先輩、ゴードンには聞き取れなかったのに、なぜルーシアには平然と聞き取れるんだろう。きょとんとしているルーシアに声をかけようとして顔を上げ、
ルーシアがただ事ではない目で横を見ている事に気づいた。
直視された訳ではないのに、その殺気に俺は一瞬軽い目眩を覚えた。
「ル、ルーシア?」
「・・・くっ!」
ルーシアは短く歯を噛み締めると、鋭い目のまま、
「ごめんっ!」
短く言うと片足で俺を蹴り飛ばした。少女とは思えない威力の蹴りで吹っ飛んだ俺は、そのまま洞窟の壁に思いっきり背中からぶつかった。
「・・・くはっ!」
肺の空気がすべて吐き出され、乾いた声が漏れる。
直後、今の今まで俺が居た場所に、形のない衝撃がクレーターを作った。
「・・・ッ!?」
喉が一気に干上がる。ルーシアが蹴ってくれていなかったら、今頃はあの得体の知れない力でぺしゃんこになっていたのか。
これが、この世界での戦い。
これが、『NOT FOUND ONLINE』。