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NOT FOUND ONLINE  作者: salfare
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第一章 6


 不思議な感覚だった。まるで、首筋に向かって体のすべてが圧縮されて行くような感覚。

 最初に起こった変化は手足が全く動かなくなった事だ。それから次に全身が麻痺したように一切の感覚が消え、臭いが消え、音が消え、光が消え、重力が消えた。ほんの一瞬の間の出来事だったが、俺にはそれがスローモーションのようにゆっくりとした物に感じられた。

 この一瞬、俺は人生で初めて完全な『無』を経験した。その一瞬の時間は俺に取って鳥肌が立つほどに心地よく清々しかった。

 永遠にも感じられた一瞬の『無』が去ると、最初に訪れたのは重力の感覚だった。重力が自分の下、足の方にある事がわかる。次に伝わって来たのは足の裏の感覚。そこから少しずつ、体の下から順に感覚が復帰し、終いに目に光が飛び込んだ。急に訪れた光に、思わず手で顔を覆う。ゆっくりと目が光に慣れ、目を開けてみると、そこは不思議な空間だった。黒い筒のような空間に要るようだ。筒は直径が5メートルほどで、適当に広い。その側面には縦一直線に伸びる緑色の直線が大量に描かれ、淡い光点がその上を常に上下している。筒の上や下の端は見えず、無限に近い距離まで延長されている。俺はその中で、目に見えない床の上、耳が痛いほどの静寂の中に立っている状態だった。

 ふと、自分の体を見る。触った感じ顔は現実のそれと同じだ、どうやって再現したのかは謎だが。体の方は、体格はラフながら再現されていた。服などは着ていないが、なんとなく全体がのっぺりとしていて恥ずかしいような気はしない。無論ちん、お行儀よく生殖器と言おう、は再現されていない。しかし仮想世界でも俺は身長の悩みからは解放されないらしい。

 不意に、電話の着信音のような音が響き、俺は肩を振るわせる。目の前の何もない空間に紫色の半透明なパソコンのウィンドウのような物が表示される。そこには英語で『CALL FROM GORDON』とあり、その下にそれぞれ赤と青のボタンに『ACCEPT』と『DECLINE』とか枯れたボタンが表示されている。ゴードンという人物からの通話に出るか否かを問う物だ。ゴードンって誰だよ、と思いつつ『ACCEPT』を押す。小気味良い効果音とともに通話が繋がった。頭の中に直接声が聞こえる。

『よかった、繋がったね』

聞こえた声は先ほどまでいた(体はまだそこにあるのだが)教室にいた寺井先輩だ。

「先輩?」

『あぁ。この世界での僕の名前はゴードンだから、そこは心得てね』

「はい、ゴードン先輩」

ちょっと言いにくいが良いだろう。

『で、梶原君は今キャラ設定の空間にいるね?』

「はい、多分そこです」

『右手を水平に振ってみ』

言われた通りに右手で空を薙ぐ。すると何もなかった空間から不意に紫色のウィンドウが飛び出した。『右手を下ろすと消えるから』という寺井先輩改めゴードンの助言に従い、腕はあげたままにしておく。

『そこで名前と初期段階のジョブ、クラスを選択できる。容姿は後で変更できる髪や眼の色以外は自動設定だけどね。設定が終わったら腕を下ろして確定すれば良い』

「はい」

俺はゴードンの指示通り、名前の欄に『Ikuto』と入力し、読み方を『イクト』と設定する。ジョブ選択に入り、一瞬迷う。魔法、という現実に存在しない物を扱うメイジに興味があるのだが、どう使えば良いのかはわからないし、

『後で変更も利くから、心配しないで選んじゃえば良いよ』

「あ、はい」

こちらの沈黙に気づいたのか、ゴードンが再び助言をする。お言葉に甘えてメイジを選択すると、そこから次のメニューへと移る。火属性の魔法を主として使用する炎魔導士、回復でパーティをサポートする白魔導士、使い(スレイヴモンスター)を呼び出し使役する召喚師など、いくつかのメイジの名が表示される。説明を読みながら下までいくと、俺はそこに面白い物を見つけた。他と違って赤い文字で書かれた名前と説明はこうだ。


龍の右腕の能力と魔導図書館の閲覧権限を駆使して戦う、『龍王の司書(ドラゴンズ・ライブラリアン)』。


そして俺は興味本位でそれを選択した。単にかっこよさそうだったからだ。そこまで設定し終え、腕を下ろすとウィンドウが閉じた。『Welcome to Lagrange(ラグランジュへようこそ)』というメッセージが大きく表示される。

『オッケー。じゃあ首都ラグランシエリの中央広場の時計台で待ってるから。探してね』

「はい」

『ところで、』

黒い筒の空間に亀裂が入る。一筋の光が差し込む。

『クラスはなんにしたの?』

「えっと、メイジの『龍王の司書』です」

そう言った瞬間、

『痛っ!』

予想外の返答がだった。

「ゴ、ゴードン?どうしたんですか!?」1

『・・・な、なんだ、今のノイズ』

「え?」

ノイズ?雑音?なぜだ。俺にはそんなもの聞こえなかった。俺を焦らせるように、筒の亀裂はゆっくりと広がり、光が増す。

『クラスの名前を言った瞬間だけ、ものすごいノイズが・・・』

その言葉と同時、俺は何かに気づいた。この現象の正体に気づいた。


「『龍王の司書』」という言葉が、もみ消された。


ふと、クラス選択画面での情景が目に浮かぶ。赤い字で描かれた、他とは見るからに違う名前。俺は、なぜその不自然さに気づかなかったんだ。

「ゴード、ッ!」

ン、を言えなかった。

 空間に空いた光がいっそう強まり、俺を包む。次の瞬間、人生で最大の頭痛に見回れ、俺の意識は闇に落ちた。


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