第9話 BGMがおかしい。ボス戦で「ほのぼの曲」が流れている
「……詰んだ」
放送開始30分前。
俺たちは絶望の淵に立たされていた。
俺のコンソール画面には、無慈悲な赤い警告ウィンドウが表示されている。
【著作権侵害の申し立て】
【対象:カノンが演奏した全楽曲】
【ペナルティ:楽曲の使用禁止、およびアーカイブの収益化停止】
「おいカノン……! お前、今まで弾いてた曲、オリジナルじゃなかったのかよ!」
「わ、悪かったよぉ! 異世界の曲ならバレないと思って、前世で聞いたアニメソングとか適当にアレンジしてたんだよぉ!」
カノンが土下座して泣いている。
こいつ、吟遊詩人のくせに盗作常習犯だったのか。
異世界転生者あるある「現代知識チート」の悪い例だ。
「どうすんのよアルト! もうすぐ放送開始よ!?
今回のボスは『首なし騎士』よ!? シリアスな強敵よ!?」
エリスが悲鳴を上げる。
BGMなし(無音)でボス戦? 盛り上がるわけがない。
気まずい沈黙が流れるだけの放送事故になる。
「……探せ! ライブラリの中に『著作権フリー(ロイヤリティフリー)』の曲が残ってるはずだ!」
俺は必死に検索をかけた。
有料のアセットは高い。無料で使える曲は……。
「あった! 『フリー素材集:ほのぼの日常編』!」
……嫌な予感がするタイトルだ。
だが、贅沢は言っていられない。
俺は震える指で『ダウンロード』ボタンを押した。
――【ON AIR】。
放送が始まった。
場所は古城の大広間。雷鳴が轟く中、漆黒の鎧を纏った『首なし騎士』が姿を現す。
手には生首、腰には魔剣。
問答無用の殺戮マシーンだ。
「カノン! 曲だ! フリー素材を流せ!」
「お、おう! トラック1『昼下がりの仔猫』!」
カノンがリュートを弾く。
スピーカーから流れたのは――
*ポワワ~ン♪ ポッポッポ……♪*
リコーダーと木琴が奏でる、気の抜けたメロディ。
Eテレの幼児番組で流れていそうな、究極の脱力系BGMだ。
『!?』
『選曲ミスwww』
『緊迫感ゼロで草』
『NHKかな?』
コメント欄が困惑している。
だが、戦闘は待ってくれない。
首なし騎士が魔剣を振り上げる。
「グオオオオオ!」
必殺の一撃。レオンが盾で受け止める。
ガキィィィン!!
火花が散り、レオンが吹き飛ばされる。
*ポワワ~ン♪(のどかなリコーダー)*
「くっ……! 強い……!」
「レオン君! 回復します!」
シルヴィアが駆け寄り、回復魔法をかける。
首なし騎士が追撃を仕掛ける。壁が破壊され、瓦礫が降り注ぐ。
まさに死闘。
しかし、耳に入ってくるのは「仔猫のお散歩」をイメージしたBGM。
『逆に怖いwww』
『なにこのサイコパス演出』
『狂気を感じる』
『ホラー映画で明るい曲流すやつじゃん』
――意外な反応だった。
「凄惨な映像」×「ほのぼの曲」。
このミスマッチが、逆に首なし騎士の不気味さを引き立てていたのだ。
「いける……! これなら『演出』として通る!」
俺は確信した。
だが、カノンだけは納得していなかった。
「……嫌だ」
「あ?」
「嫌だ! こんなの俺の音楽じゃねえ!!」
カノンが突然、演奏を止めた。
BGMが止まり、戦場に静寂が訪れる。
「カノン!? 何してんだ、続けろ!」
「ふざけんな! 俺はロックがやりてぇんだよ!
アンチを黙らせるような、魂の叫びをぶつけたいんだよ!
なんでリコーダーなんか吹かなきゃなんねぇんだ!」
「お前がパクるからだろうが!!」
俺は胸ぐらを掴みかかった。
だが、カノンの目はマジだった。
「……怖かったんだよ。
俺のオリジナル曲なんて……誰も聞いてくれないと思って……。
だから有名な曲に逃げてた……。
でも、もう嫌だ! 借り物の音楽で戦うのはごめんだ!」
カノンがリュートを構え直す。
その指先から、青白い火花が迸る。
「聴けェ! これが俺の……正真正銘のオリジナル!
新曲『断罪のノイズ』だァァァ!!」
ジャギィィィィン!!
空間が歪むほどの爆音が轟いた。
調律などされていない。コード進行も滅茶苦茶。
それは音楽というより、ただの「騒音」だった。
だが――熱量だけは凄まじい。
**【システム判定:オリジナル楽曲を確認】**
**【著作権チェック:クリア】**
**【特殊効果:音響攻撃発動】**
「グガアアアア!?」
首なし騎士が耳を押さえて苦しみ出した。
物理的な音圧が、鎧にヒビを入れている。
『うるせえwww』
『耳壊れる』
『だがそれがいい』
『魂を感じる』
コメントの勢いが加速する。
綺麗な音楽じゃない。でも、この泥臭い戦場には合っている。
「レオン! 今だ! 音の波に乗れ!」
「う、うん! うるさいけど……力が湧いてくる!」
レオンが剣を構える。
カノンのシャウトに合わせて、剣が赤く発光する。
「ハウリング・ブレイク!!」
レオンの一撃と、カノンの音波が重なる。
衝撃波が首なし騎士を貫通し、背後の壁ごと吹き飛ばした。
***
――【CLEAR】。
戦闘終了。
カノンはリュートを掲げたまま、燃え尽きていた。
「へっ……どうだ……俺の新曲は……」
「……最悪だったよ。耳鳴りが止まない」
俺は苦笑いした。
「でも、悪くないノイズだった。
少なくとも、借り物の名曲よりはずっとな」
「……へへっ、サンキューな」
カノンがニカっと笑う。
こうして、音響担当の著作権問題は(強引に)解決した。
これからは彼のオリジナル曲(騒音)が、この番組のスタンダードになるだろう。
俺たちは勝利の余韻に浸りながら、村への帰路についた。
だが、俺は忘れていた。
アニメには「日常回」という名の、嵐の前の静けさが必要だということを。
空に、次回の予告テロップが流れる。
これは視聴者に見えている「表向き」のタイトルだ。
【次回 第9話:安らぎの休日 ―嵐の前の静寂―】
「お、次は本当の日常回か? 温泉とか?」
「アルト、下を見て」
エリスが指差した先。
俺にしか見えない管理者ウィンドウに、恐ろしいグラフが表示されていた。
こっちが「本当のミッション」だ。
【次回 第9話:日常編:デッドライン上の綱渡り】
【警告:中だるみ検知。視聴率低下のリスク大】
【特記事項:少しでも退屈させたら即打ち切り】
「……マジかよ。
派手なバトルの後は、視聴者が飽きやすい……。
つまり、次の日常回は『一番打ち切りに近い回』ってことか!?」
休む暇などない。
何気ない会話、何気ない食事。
その全てを「面白く」演出しなければ、即座に死が待っている。
「……地獄の日常パートが始まるぞ」




