第8話 ダンジョンで泣いているサキュバスを拾いました
「……解雇してください」
放送開始10分前。
薄暗いダンジョンの片隅で、シルヴィアが体育座りで泣いていた。
カメラはまだ回っていない。
「私と一緒にいると、みんな不幸になるんです……。
さっきだって、レオンさんが宝箱を開けたらミミックだったし……
エリスさんが歩いてたら、天井からタライが落ちてきたし……
全部、私の『運気吸収』のせいです……!」
「ほんとよ! おかげでタンコブができたわ!」
エリスがプンプンと怒りながら、タンコブを冷やしている。
彼女は総監督でありヒロインだ。顔に傷がついたら番組に関わる。
「もう嫌です……。誰かを不幸にするくらいなら、一生このダンジョンで絵を描いて暮らします……」
めそめそと泣くシルヴィア。
その姿は儚げで美しいが、このままでは番組の進行に支障が出る。
「……バカ野郎」
「えっ……?」
「解雇? するわけないだろ。
お前、自分がどれだけ『貴重な人材』か分かってないのか?」
俺はコンソールを開き、シルヴィアのステータス画面をエリスと彼女に見せた。
【運気吸収】
【効果:接触した「オス(男性)」のLUC(幸運値)を根こそぎ奪う】
「いいかシルヴィア。
お前はこれを『呪い』だと思ってるかもしれないが、業界用語で言えば『最強のデバフ(弱体化スキル)』だ。
防御力無視で相手を『大凶』に叩き落とすなんて、チート級の性能だぞ」
「で、でも……味方の男の人を不幸にしちゃいます……」
「なら、味方に触らなきゃいい。
そして――敵に触ればいいんだ」
俺はダンジョンの奥を指差した。
そこには、今回のボスである巨大な魔物が鎮座していた。
**【強運の黄金竜♂】**
全身が金貨で出来たような、趣味の悪いドラゴンだ。
性別マークもしっかり『オス』になっている。
「あいつは『運』だけで生きているモンスターだ。
まともに戦えば、こっちの攻撃は全部クリティカルミス(ファンブル)になる。
だからこそ、お前の出番だ」
「私が……あいつに触るんですか?」
「そうだ。エリス、こいつの衣装を変えるぞ」
俺はエリスに耳打ちした。
エリスの目がキラリと光る。
「なるほどね! そういう『あざとい演出』なら任せて!
シルヴィア、放送開始までに着替えるわよ!」
「えっ、ええっ!?」
***
――【ON AIR】。
軽快なBGMと共に、配信が始まった。
画面には、黄金竜と対峙するパーティの姿。
「みんなー! 見てるー!?
今日はこの『強運の黄金竜』をボコボコにして、金運をアップさせちゃうわよ!」
エリスがカメラ目線で元気に叫ぶ。
さすが総監督、切り替えが早い。
『うぽつ』
『ドラゴン金ピカで草』
『またレオン震えてる』
コメントが流れ始める。
黄金竜が余裕しゃくしゃくで口を開いた。
「グハハハ! 愚かな人間どもよ!
俺様の強運の前では、いかなる攻撃も当たらん!」
レオンが剣を振るが、天井から滴り落ちた水滴が目に入り、盛大に空振りする。
カノンが音波攻撃を放つが、風向きが急に変わって自分に跳ね返ってくる。
『運ゲーすぎんだろw』
『クソ運営』
『これどうやって勝つの?』
コメント欄が「無理ゲー」の空気になった瞬間。
エリスが指を鳴らした。
「今よ! シルヴィアちゃん、行ってらっしゃい!」
パーティの後ろから、シルヴィアが走り出した。
その衣装に、視聴者がどよめく。
ボロボロの服……いわゆる『捕らわれの姫君』風のあざとい衣装だ。
「う、ううう……! ごめんなさぁぁぁい!」
シルヴィアは泣きながら、ドラゴンの懐に飛び込んだ。
そして――お約束通り、何もないところで派手に転んだ。
「きゃっ!?」
彼女の体が宙を舞う。
スカートが翻り、物理演算を無視した奇跡的な角度で、純白の下着がドラゴンの視界いっぱいに広がる。
「むほっ!? ラッキー!!」
ドラゴン(オス)が鼻の下を伸ばした。
目の前に飛び込んできた美少女と、眼福なパンチラ。
ドラゴンは思っただろう。「俺はついてる」と。
だが、その瞬間。
シルヴィアの柔らかな手が、ドラゴンの鼻先に「ぺちっ」と接触した。
**【システムログ:LUC吸収……成功】**
**【ドラゴンのLUC:999 → -500(大凶)】**
「……え?」
ドラゴンの顔色がサッと青ざめる。
直後、天井の鍾乳石が音もなく折れた。
ズドォォォォン!!
「ギャベッ!?」
ドラゴンの脳天に岩が直撃。
よろめいたドラゴンが、床に落ちていたバナナの皮(※カノンがさっき食べたやつ)を踏む。
ツルッ!
「アブッ!?」
滑って転倒。
その拍子に自分の尻尾を噛んでしまい、悶絶してのたうち回る。
さらに、転がった勢いで壁に激突し、壁が崩落して生き埋めになる。
『ピタゴラスイッチwww』
『運気吸われた瞬間これかよ』
『不運すぎるw』
『ある意味最強の攻撃だわ』
『ハニトラからの即死コンボ』
コメント欄が爆笑の渦に包まれる。
そう、これが『運気吸収』の真価。
相手を「ラッキースケベ」で油断させ、その代償として破滅的な不運を押し付ける。
名付けて――**『幸福な死』**。
「とどめよレオン! 今のあいつは『歩く死亡フラグ』よ! 何をやっても死ぬわ!」
「わ、分かった! ええい!」
レオンが適当に石ころを投げた。
カツン。
石がドラゴンの眉間に当たる。
「グ……ガ……嘘、だろ……石ころ一つで……クリティカル……」
ドラゴンは白目を剥き、光の粒子となって消滅した。
あっけない幕切れだった。
***
――【CLEAR】。
放送終了後。
シルヴィアはまだ呆然としていた。
「わ、私が……ドラゴンを倒した……?」
「ええ、大活躍だったわよシルヴィア!」
エリスがシルヴィアに抱きつく。
「あなたのその『不幸体質』は、敵にとっては悪夢だけど、番組にとっては最高の『スパイス』よ!
これからもガンガン不運をバラ撒いてちょうだい!」
「アルトさん……」
シルヴィアが涙を拭い、俺を見る。
俺は彼女の頭をポンと撫でた(※一応、木の枝を使って)。
「お前の『呪い』も、使いようによっては『エンタメ』になるってことだ。
……ま、俺たちには触るなよ?」
「はいっ! 私、不幸の女神として頑張ります!」
「いや、女神はちょっと不吉だから『疫病神』くらいにしとけ」
(第8話 ラスト修正版)
***
こうして、シルヴィアのトラウマ問題は解決した。
俺たちのパーティに「敵の運を吸い取る」という、凶悪なギミックが追加された瞬間だった。
だが、安息は長くは続かない。
空に次の放送予告テロップが流れる。
視聴者に見えている「表向き」のタイトルだ。
【次回 第8話:戦場のラプソディ ―音のない叫び―】
「お、次は音楽回か? カノン、お前の出番だな」
俺がカノンの方を向くと、彼は真っ青な顔で冷や汗を流していた。
ガタガタと震えながら、リュートを抱きしめている。
「あ、あのよぉアルト……。
俺が今まで使ってた曲……全部『無断使用』だったかもしんねぇ……」
「……は?」
「さっき運営から警告が来たんだ……。
『著作権侵害の疑いあり。次回の楽曲使用を制限します』って……」
俺の脳裏に、動画削除・垢バンの恐怖がよぎった。
楽曲使用制限。つまり、まともな曲が使えない。
俺には見えた。
カッコいい表題の裏にある、次回の『本当のタイトル(地獄)』が。
『BGMがおかしい。ボス戦で「ほのぼの曲」が流れている』
「……嘘だろ。シリアスな戦闘シーンで、フリー素材の『のんきな曲』しか流せないってことか……?」
絶望する俺の耳に、カノンのリュートから間の抜けた音が響いた。




